白くて大きな耳と尻尾を持つ生き物?
ため息をついた。
スティーブに屋敷にある図書室から運んでもらった文献を広げたまま、テーブルの上に置く。
『奇跡の種』について何かわからないかと、あらゆる文献を漁っていた。外に出ることができないわたしにとってはいい暇つぶしだ。何もすることもなく部屋に籠っていたら、色々な想像で精神的に参ってしまう。
この耳と尻尾ができてから、一週間。
スティーブの言う通り、ルシアン様の希望でこの耳と尻尾がついたというのなら、見てもらいたかった。でも自分から訪問することができないから、病気になって外に出られないことを手紙に書いた。
病気になって、と伝えれば見舞いに来てくれると思っていた。その時にこの耳と尻尾を見せれば、彼は正常に戻るのではないかと期待した。
だけど、返ってきたのは、わたしの体を労わる儀礼的な言葉と花束だけ。
手紙の最後にはしばらく忙しいから見舞いに行けないと書かれていた。忙しいと言いながらも、観劇は彼女と一緒に出掛けている。知りたくもないのに、色々な人が憐れみながら情報を持ってくる。
わかっていた。
わかっていたけど、どこか期待していた。
わたしって本当に馬鹿だ。自分は違うと思っていたが、恋愛脳らしい。少しでも彼を思えば、涙が勝手に出てくる。本当に情けない。流石侯爵家の娘だ何だと言われながらも、こんなにも心が弱い。
今だって現実に押しつぶされて、胸が苦しい。
「ふ、……っふ」
涙がどんどん溢れてくる。まだ読めていない本に涙が吸い込まれた。
『どこがいいんだ、あんなクソ野郎』
ああ、どこからか幻聴が聞こえる。悲しすぎて、嘆きすぎておかしくなってきたのかも。
『婚約者を蔑ろにして、他の女の機嫌を取っている野郎など必要なかろう』
「……」
わたしは幻聴の聞こえる方へと首を捻った。誰かがいるのかと思いながら、きょろきょろするが、部屋にはわたし一人だけ。侍女も部屋の外で控えているから、完全に一人だ。
「もしかしたらわたしの心の声?」
『心の声じゃないな。私の声だな』
「えっ?!」
ぎょっとして声のする方を見回す。そして、見つけた。
テーブルの上にちんまりとして座っている白い生き物。
小さな生き物は光輝くほど真っ白で4本足に、大きなたれ耳、体と同じぐらい大きな尻尾。
犬に似た何か。犬にしては種類はわからない。
『ようやく気がついたようだな。なかなか気がつかないから、つい声をかけてしまったではないか』
「えーと?」
恐る恐るテーブルの上にいる小さな小さな白い生き物の方へ手を伸ばした。ちょんとその白い生き物をつっつけば、こらえきれなかったのか、体をぐらりと揺らす。どうやら力が強かったようだ。
『何をする! 折角お前の望みを叶えてやろうと出てきてやったのに。失礼だぞ!』
「あの、もしかして奇跡の種の?」
テーブルの上がよく見えるように床に膝をつき、小さな生き物の目線に合わせる。白い生き物の赤い瞳がとても印象的だ。
『お前がめそめそ泣くから、とっておきのアイテムをつけてやったのだ』
偉そうに顎をつんと上げる。
「あの、これ、もう取ってほしいんですけど。邪魔なの」
『はあ?! この神聖な耳と尻尾が邪魔だと? ふざけているのか?!』
乱暴な言葉で怒鳴られて、体がびくりと竦んだ。小さな生き物の勢いに飲まれて、ぐすぐすと涙が出てくる。
『めそめそするな。泣く女は面倒で嫌われるぞ』
「嫌われたから泣いているんです!」
むっとして反論すれば、白い生き物はせせら笑った。
『やはり面倒な性格をしていたんじゃないか。男はな、胸と尻と自分をよいしょするかしないかで相手を選ぶんだ。これは古今東西変わらぬ理だ』
「……納得できない」
『その生意気な感じも男にはがっかり要素だな』
白い生き物の言い分はとても聞いていられない。傷心のわたしには受け入れがたい。
わたしはため息をつくと立ち上がった。テーブルの上に座っているそれを無造作に摘まむ。ふわふわした毛は意外と柔らかく、温かい。
『もうちょっと優しく扱え』
「そろそろ帰ってもらってもいいですか?」
『私に帰れと言っているのか?』
言い方も偉そうで、いちいち癇に障る。もう捨ててもいいかと思い始めた時、扉がノックされた。
「はい」
返事をすれば、侍女が入ってくる。侍女はわたしが摘まんでいる白い生き物を見て目を丸くした。
「お嬢さま、手に持っているそれは何ですか?」
「なんだかわからないけど、部屋にいたの」
「捨ててきましょうか?」
『やめろ!』
淡々と進むわたしと侍女の会話に白い生き物は憤った。大暴れするが、わたしが首を摘まんでいるので自由にならない。足をバタバタする姿は少し可愛かった。
笑ってしまいそうになるのを無理やり押し殺し、暴れるそれを手のひらに転がす。手のひらでも握ってしまえば潰れてしまいそうだ。
「ふふ、小さい」
小さく笑ってやんわりと握りしめれば、白い生き物はぴたりと動きを止めた。
『握りつぶすなよ』
ぷるぷると耳を震わせて白い生き物が怒鳴った。わたしは突然怖がり出したそれを見て少し意地悪な気持ちになる。口の端をわずかに持ち上げた。
「どうしようかしら? 小さいからついうっかり? してしまうかもね」
『な、な、何たる性悪女……』
愕然として呟くから、思わず力を入れて握りしめた。大人しくなったのを見届けてから、侍女の方へと顔を上げた。
「それより何か用があったのではないのかしら?」
「ああ、そうでした。王太子様の代理の方がお見舞いにいらしています。お嬢さまにお会いしたいという事なのですが……どうなさいます?」
「誰が来たの?」
王太子の代理と言っても側近は数名いる。全員と親しいわけではないので、この姿を見られるのは躊躇われた。思わず耳が後ろにぺたりとなった。一番親しい人が来てくれたらいいなと望みの薄い期待をしながら、名前を聞く。
「スペンサー様です」
「え、スペンサー様?」
やはりあまり親しくない側近を送ってきたらしい。公平に判断するようにとの意図があるのだろう。わたしはため息をついた。
「お断りしますか?」
「オーガスト様に知らせたのは王妃様でしょう? それを断ることはできないわ」
お母さまは王妃様に報告すると言っていたので、オーガスト様には直接伝えていないはずだ。王妃様の判断でオーガスト様に情報が回ったのだろう。王妃様の手足として使う気なのかもしれない。
「それでは、少し整えましょう」
侍女は手早くわたしのドレスを整え、耳と尻尾にブラシをかける。先ほどから動いていたので、少し乱れていたようだ。
毎日手入れをしてくれてるので、彼女の手は辛うじて受け入れられた。彼女は最小限しか触らないようにしてくれる。この素晴らしい毛並みを触ろうとワキワキさせる侍女もいるので、最近は彼女ばかりにお願いしていた。
「整いました」
覚悟を決めると、手のひらで弄んでいた白い動物をスカートのポケットに突っ込んだ。
わたしは侯爵家の娘。
どんな姿をしていても、前を見るようにと幼いころから教育されている。
背筋を伸ばして、応接室の方へと向かった。




