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隣国へ



 ようやく隣国についた。

 王都の屋敷から出発して3週間。領地へ戻る時も1週間はかかるので、大したことはないと思っていたがとんでもない。3倍の距離は本当に辛かった。ゆっくりと進んでもらえたが、馬車移動はクッションをたくさん積んでいても振動が腰に来る。


「早く到着しないかしら」

『そんなにあの男に会いたいか?』


 クッションに埋もれるように横たわっているのは聖獣様。

 流石に国外に出るため、耳と尻尾は完全に取ってくれた。その代わりに、腕の内側に小さな痣ができた。これが初代国王様が耳と尻尾を持たなかった秘密らしい。

 ぎゅっと強く肉球が押されて少し痛みがあったが、すごく簡単だった。あれほど取ってほしいと願っていたが、最近は自分の尻尾を抱きしめてクッションのように使っていたので、なくなると寂しい。


「会いたいとかではなくて、馬車移動が思っていた以上に辛いの」

『クッションが沢山あるからそうでもないと思うが』


 毎日、きちんとしたそれなりの宿に泊まっていたので普通の人たちよりも快適な旅ではある。だが、一日の大半を馬車で過ごすのは退屈だし、体も痛い。

 くわっとあくびをしながら、聖獣様は丸くなる。


「聖獣様、最近よく寝ますね」

『やることがないんだ。仕方がないだろう』

「わたしは寝るのも飽きました」


 少しは私の相手をしてくれてもいいと思うのだが、話しているうちに聖獣様はまた眠ってしまった。少し揺らしてみたが起きる気配はない。仕方がなく、先ほどまで読んでいた本を開いた。この旅でかなりの量の本を消費した。


 そんな単調な毎日も終わりを迎えた。


「そろそろ到着します」


 御者に声を掛けられて、馬車の窓から外を見た。見慣れない小さめの屋敷が見えてくる。ポーチには複数の人が立って待っていた。

 馬車が止まり、扉が開いた。


「クローディア、会いたかった。道中は大丈夫だったかい?」


 扉から顔をのぞかせたのはアルフレッド様だった。先に出発していたため、2カ月ぶりだ。彼の顔を見たら嬉しくなる。差し出された手を取れば、馬車から降ろされた。


「わたしも会いたかったです。順調だったけど、3週間の旅がこれほど辛いものだとは思わなかったわ」

「初めてだからだよ。慣れれば、旅も楽しいものだ」


 本当かなと疑いつつも、そうなったら嬉しいなとも思う。これからは沢山移動していくのだろうから、慣れて楽しめた方がいい。


「さて、中を案内しよう。案内するほど大きな屋敷ではないけどね」


 アルフレッド様はそう言いながら、中へと入っていった。

 屋敷は確かに部屋数が少なめであったが、心地の良い空間だった。置いてある調度品はどっしりとした質の良い硬質の印象を受ける物が多いが、飾ってある花瓶や絵画は柔らかな色を使っている。そのバランスがとても素晴らしくて、思わずため息を漏らした。


「クローディアに用意した部屋はこっちだ」

「まあ!」


 わたしのために用意された部屋はクリーム色の優しい壁紙が使われ、大きな窓には落ち着いた明るめの緑のカーテンがかかっていた。今は薄いレースのカーテンが引いてあり、光が沢山差し込んでいる。


 長椅子やテーブルがあり、奥には寝室につながる扉がある。もう一つ、反対側にも扉が有って首を傾げた。衣裳部屋は寝室と繋がっているためこちらの扉がどこにつながっているのか、わからなかった。


「あちらは?」

「私の部屋だよ」

「ええ?」


 初めは驚いたが、次第に恥ずかしくなってくる。ようするにここは夫婦の私室なのだ。


「心配しなくても、結婚するまではちゃんと我慢する。でも、ここでは婚約者というよりは妻としての振る舞いをしてほしい」

「何が違うの?」


 違いが判らずぽかんとしてしまう。アルフレッド様は少しだけ困った様子になった。


「婚約する時にも言ったと思うけど、この国に私の婚約者がいるようなことを噂で聞いたことがあるだろう?」

「ええ、そうですね。わたしも婚約していると思っていました」

「その面倒な貴族がやっぱり面倒でね。正式に婚約したからと何度説明しても理解できないので、ほうってある」


 ちゃんと納得させてください。


 引きつった顔になれば、アルフレッド様は笑った。


「言葉が理解できなくとも婚約者を連れて歩けば、嫌でも納得するだろう」

「そうかしら?」


 その気になっていたのが親の方ではなくて、令嬢の方だったら面倒な気がした。


「そもそも他国の令嬢と結婚することがあり得ないんだが、何度説明しても分かってもらえない」

「どうしてあり得ないのですか?」


 意味が分からなくて首を傾げる。アルフレッド様は驚いたように瞬いた。


「ああ、そうか。あまりこういうことは知られていないのか」


 そう呟いてから、納得したように頷いた。


「説明するから座って」


 言われるまま座ると、部屋の隅に控えていた年配の侍女がお茶を淹れる。彼女と目を合わせると、挨拶した。侍女はにこにことほほ笑んで挨拶を返してくれる。


「簡単に言えば、我が国の外交員は国内の貴族との結婚しか認められていない」

「初めて聞きました」

「そうだろうね。知る必要もないことだ」

「でも、それを伝えたら普通は理解できるのでは? 相手の方も貴族でしょう?」


 各国で細かな決まりは異なるとはいえ、国王の命令は絶対であることは国に関係ない。よほどの理由があれば、王命を断ることはできるだろうが、そのためにはそれなりの理由が必要だ。実際の婚約に至らないということは、よほどの理由が存在しないのだ。


「そう思うのだが、まったく理解できていない。滞在中に会うことになるだろうから、私の言っていることがすぐにわかると思うよ」


 アルフレッド様もお手上げの状態ってどうなんだろう。


 不安に思いつつも、まだ何もなかったのですぐに忘れてしまった。



******


 のんびりとした時間を過ごしてきた。オーガスト様もわたしの予定に合わせてくれたのか、アルフレッド様に10日の休みを与えていた。もちろんその前に沢山の仕事があったようだが、何とかこなしたと笑顔だ。


「今日はどこに連れて行ってくれるの?」


 毎日のように王都を案内されて、今日の場所に期待する。自国よりもこちらの国の王都の方が詳しいと言っていたほど、穴場をよく知っていた。外の国の人間では知らないようなところも、案内されてとても充実していた。


「聖獣様は?」

「眠っているわ。ここしばらくずっと眠っているのよね」

「具合が悪いのか?」


 心配そうに聞いてくる。わたしもそれは心配していた。いつもは元気に色々としているのに、この国に来てから寝ている方が多いのだ。


『心配いらない。お前たちのイチャイチャで胸焼けしているだけだ』

「あら」


 話を聞いていたのか、聖獣様が出てきた。嫌そうな顔をしている。


「イチャイチャだなんて、婚約者なら普通でしょう」


 平然と言ってのけるアルフレッド様に恥ずかしくなる。どうやらここしばらく一緒にいたのと、初めての国外で気分が高揚していたようだ。注意していないと、何かをやらかしそうだ。


『土産を忘れずにな』


 出かけるわたしたちに一言だけ残して、聖獣様はいなくなった。なんだかこの国に来てから、聖獣様の様子が異なるので、いつまでも消えた場所を見ていた。


「では行こうか」

「え、ええ」


 考えても仕方がないと、帰ってきたら聞いてみようと決めて彼の手を取った。


 街も毎日のように歩いていたので、慣れてきた。街並みも店の雰囲気も、祖国と同じようで異なる。その不思議な感覚がなんだかわからないが、目新しい物でなくても楽しめてしまうのは雰囲気もあるのかもしれない。


「フレディ様!」


 アルフレッド様と腕を組み、歩いていると、突然声を掛けられた。その声を聞いたとたんに、アルフレッド様が一瞬顔を歪めた。


 不思議に思って声のする方を見れば、知らない女性が息を切らして立っていた。どうやらアルフレッド様を呼んだのはこの女性らしい。愛称で呼んでいるが、それを不快に思っているのは彼の表情にはっきりと表れていた。


「オコナー嬢、勝手に愛称で呼ぶのはやめてほしい。不愉快だ」

「いいじゃないですか。わたしのこともジーンと呼んでいいですから」


 あまりにも礼儀のない言い方に、思わずアルフレッド様を見てしまう。彼はイライラを誤魔化すように、大きく息を吐いた。


「礼儀のない人間と付き合いはしない主義だ。失礼する」

「え、あ! ちょっと待ってください」


 アルフレッド様の行く手を阻むように彼女は動いた。そしてにこやかにわたしに向かって勝手に自己紹介を始める。


「初めまして。ジェーン・オコナーです。父は子爵ですが、わたしも仕事をしているのでこんな感じですみません。わたしがこの国で一番フレディ様と親しくしていて、実は結婚するのかなと思っていたんです。本当につい最近まで婚約したんじゃないかって噂されていたんですよ」

「……そうですか」


 徹底的に叩き込まれた礼儀作法をぶっ飛ばして反論したくなるほどの挨拶だった。初対面の上に、婚約者であるわたしに聞かせる話でもない。何の工夫もなくさらっと言われて、怒ればいいのか、皮肉ればいいのか、咄嗟に決めることができなかった。


 彼女はにこにこしたまま、じろじろとわたしを見ている。その好意的ではない視線に淑女の笑みが崩れそうだ。これが彼の言っていた片付けられなかったことだとすぐにわかった。恨めしそうに彼の方を見れば、肩をすくめられた。


「まったく人の話を聞かないからね。ここで反応を返すと、彼女のペースに持っていかれる。だから逃げるぞ」


 アルフレッド様は簡単な説明をして強く手を引いた。わたしを抱えるようにして、走り出した。その後をついてくるが、気にすることなく目的地へと進む。突然走り出して、足がもつれそうになりながら彼についていく。

 靴は街歩きができるようにと踵が低く安定感のあるものであったが、走ることを滅多にしないので非常に辛い。アルフレッド様にしたら早歩きぐらいの速さなのだろうが、わたしには少し厳しい速度だった。


「劇場はボックス席を取っているから、そこまで我慢して」

「わかったわ」


 小さく囁かれれば、なんだか楽しくなってきた。別に悪いことをしているわけではなく、二人の時間に割り込んできた彼女に非がある。

 髪が乱れるのも気にせず、ドレスの裾を翻し、淑女ではありえないほどの速さで進む。すれ違う人たちが驚いたようにわたしたちを見るが、それがまた何故か楽しい。


「あ! ちょっと!」


 ジェーンが声を張り上げるが、止まるつもりもなく二人で劇場まで走った。劇場に入る頃にはすっかり息が上がり、額に汗が少し滲んだ。


「髪が乱れてしまったね」

「ええ。だって、アルフレッド様が走るから……」

「それ以外の方法が見つからなくて」


 二人で顔を合わせれば、笑いがこみあげてきた。少しの間二人で発作を起こしたように笑っていたが、落ち着いてくれば息も整う。


「本当にごめん。あれだけが解消できなかった」

「噂になるほど、ということはそのように望まれている方が多いのですか?」

「ちょっと違うな。彼女が残念な女性だということで噂になっているんだよ。誰も私と結婚するとは思っていない」


 それを聞いて、少しだけほっとした。事実上の婚約者として周囲が見ていたら、突然婚約者を連れてきたアルフレッド様が不誠実に見えてしまう。


「こちらの国の王族の方々と貴族はわかってくれている。オーガスト殿下からも抗議の手紙が出されているからね」

「事情は分かりました」

「じゃあ、中に入ろうか」


 予約していた席へと二人で入って行った。楽しみにしていた劇であったが、走ったことで疲れてしまって眠くて仕方がなかった。




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