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新しい婚約者


 アルフレッド様はとにかくマメな人だった。


 婚約者となった後、毎日のように花束が届き、二日に一度は手紙が来る。

 長い手紙ではなく、短めの手紙だ。一つ聞かれて、それに応えて、わたしも質問を返す。書きやすいので負担が少ない。


 手紙の返事を書き終わってしばらくすると、部屋の扉を叩く音がした。入室の許可を出せば、ひょこっと顔をのぞかせたのはスティーブだ。当分、忙しくて屋敷には戻ってこられないと聞いていたので、驚いてしまう。


「スティーブ」

「姉上、意外と元気そう」


 どうやら心配して無理に帰ってきてくれたようだ。婚約破棄した後、お兄さまも何かと声を掛けてくるし、次の婚約が決まった時も心配そうだった。


「いつまでも引きずっていても仕方がないから」


 笑みを浮かべてそう言えば、彼はどう受け取っていいのか、わからないのか少し困ったような顔をした。スティーブはいつになく真剣なまなざしでわたしを見つめる。その視線が居心地悪くて、身じろいだ。無言でしばらくお互いを見ていたが、一つ息を吐くと彼はにかっと明るく笑う。


「姉上が元気なら、いいか」

「まだ気持ちは整理ついていないけど、前ほどざわつきはないわね」

「次の婚約者と仲良くできそう?」

「ええ。とてもいい人よ」


 心からそう伝えれば、スティーブはほっとしたような顔をした。


「よかった。それだけが心配だったんだ」

「色々ありがとう」


 どうやらわたしが思っていた以上に、家族に沢山の心配をかけていたようだ。家族の温かさをしみじみと感じながら、スティーブと色々な話をした。



******


 婚約して10日経った今日、アルフレッド様が花束を持って訪れた。花束も豪華なものではなく、2、3種類の花を少しだけ束ねた小さいものだ。にこにこと笑顔で差し出されて、その花を受け取った。

 これからお互いに距離を縮めていこうとしているせいなのか、わたしのことを真剣に考えてくれていることが素直に嬉しい。


「アルフレッド様、ありがとうございます」

「今日は耳と尻尾がないんだね」


 少し残念そうに彼は呟く。その言葉についつい笑ってしまう。


「そんなに触りたかったのですか?」

「耳がね。とても触り心地がよさそうで」


 本当にそう思っているのか、じっとわたしの頭の上に視線が固定されている。


『お前に触らせたくないから、消している』


 聖獣様がふわりと宙に浮くと、ぺしっとアルフレッド様の頭を尻尾で叩いた。あまりいたくはないだろうが、彼は苦笑いだ。


「いつになったら許可が出ますか?」

『そんな許可、出すか!』

「許可が欲しいですねぇ。ところで、耳も尻尾もないのでしたら、これから外に出かけても?」

『ちゃんとエスコートしろよ』

「ありがとうございます」


 聖獣様がいくら許可しても、触られると気持ちが悪いので触らせるつもりはない。

 一言言っておいた方がいいのだろうかと悩んでいるうちに、話が終わった。

 彼にお礼を言われて、聖獣様はふいっと消えた。どうやら一緒に来ないようだ。


「気を使わせたかな」

「……許可されても触らせませんよ」

「それは残念だ。聖獣様にどうにかならないか聞いてみよう」


 本当に触りたいようだ。もうこれ以上言うのはやめようと、ため息だけついた。


「それでお出かけするの?」

「もちろん。お手をどうぞ」


 手を差し出されて、そっと自分の手を置いた。



******


 街に出かければ、人々が行きかい、賑わっている。わたしたちのように男女二人で歩いている人や、女子同士で楽し気に語らってる人たちもいる。久しぶりの街の喧騒に、こちらも楽しくなってくる。


「どこに行こうか?」

「アルフレッド様はどこに行きたいですか?」


 何も考えていないわけではないだろうと、問い返す。期待に満ちた目で見つめれば、苦笑された。


「行きたいところは決めてあると言いたいところだけど、残念ながら決めていないんだ」

「意外です。てっきり決めているものかと」


 マメな彼のことだから、事前に決めていたと思っていたので目を丸くした。アルフレッド様は肩をすくめる。


「ほとんど国外に出ているから、実は王都にはあまり詳しくないんだ」

「では今日はわたしの好きな場所を案内させてください」


 わたしは賑やかな商業施設よりも、ゆっくりできる庭園のある店を選んだ。ここから歩いていける距離に、お茶がいただける庭園があるのだ。友人たちとおしゃべりをするときによく使っている店だ。お茶も美味しいが、菓子も美味しいので女子に人気がある。

 婚約者であっても、今まで接点がなかったからお互いにあまり知らない。少しでも話をして、彼のことを知りたかった。


 二人で並んで歩いた。アルフレッド様は当然のようにわたしの手を取った。


「いいのですか?」

「婚約者だから問題ない」


 婚約したけれど、まだ正式なお披露目はしていないので少し目立ってしまうのではと思ったのだ。特にわたしの方がルシアン様とのことがあったので、公になる前に変な噂になってアルフレッド様は困らないだろうかと心配になった。


「自国だからかな、王都はやはり安心するね。国外の方が過ごす時間が多いのに、不思議な気分だ」

「アルフレッド様はずっと国外で暮らしているのですか?」

「そうだね。父上は交渉が終わればすぐに帰るけど、オーガスト殿下が仕事をたっぷり送ってくるからね。調べ物をしていると、長く滞在することになる」


 アルフレッド様の父親が外交官なので、その補佐として仕事をしている。外交官であっても、国外に何年も暮らすわけではないのだが、どうやらオーガスト様にこき使われているようだ。あれもこれもと指示を出す様子が目に見えるようだ。


「オーガスト殿下はついでに隣の国に行けとか簡単に指示を出してくるから、なかなか帰ってこられないんだ」

「……結婚後はどうなりますか?」


 当たり前のように王都で暮らすことを考えていたが、今の話を聞く限り、他国に出たままになるのではないかと想像した。


「心配しなくても結婚後は王都に暮らすよ。ただ、君にも国外を知っていてほしいから、数年は私と一緒に国交のある国を回ることになると思う」


 国外に出ることなど、貴族令嬢や婦人ではあまりない。もちろんまったくないわけではないが、わたしの周りにはいなかった。


「それでは他国の習慣も学んでおいた方がよさそうですね」

「あまり無理はしなくても大丈夫だ。外交員として出かけても、夜会などに招待されるのは本当に少ないから。失礼にならなければ細かいところは気にしないよ」

「そうでしょうか」


 男の人の大丈夫は女の人にとって大丈夫ということが少ない。社交については特にそうだ。他国の方だからと言いながら、陰で嗤うのが女性だ。

 お母さまに他国の習慣について詳しい人を手配してもらおうと心に記す。


「そう深刻にならなくても、君ならきちんとできるよ」

「何の根拠もありませんが」


 わたしの心配を余計なもののように言われた気がして、ムッとする。アルフレッド様は握っていた手を少し強めに引いた。


「ほら、そろそろ目的地じゃないか?」


 そう言われて辺りを見回せば、あと少しの所に目的の庭園が見えていた。なんとなく誤魔化された気がしたが、今日はそれ以上は言わないことにした。


 結婚するまで1年。

 どのくらいまで彼のことを知ることができるかわからないが、少なくとも仮面夫婦にはならなくて済みそうだと気持ちは楽になっていた。





 婚約してあっという間に半年。

 その間に可能な限り、会って話をした。一緒に夜会にも出席し、正式に婚約者として社交界で認知される。王家によって決められたものだから、オーガスト様とイザベル様からも祝福を頂いた。


「今度は幸せになってね。何かあったら力になるから」


 イザベル様はそう言いながら、ぎゅっと抱きついた。ルシアン様の時によほど心配させてしまったようだ。わたしもそっと抱きしめ返す。


「ありがとうございます。その時は頼りにします」

「できれば早めにね? 色々やることはあるから」


 女同士の会話を聞いていた、オーガスト様とアルフレッド様は苦笑いだ。


 アルフレッド様と会えない時は、他国の習慣について勉強した。今までは迎える方だったのが、赴くことが多くなるため習うことが多くなった。他国の建国については聖獣様から裏話を聞きながら、覚えていく。


 とにかく忙しい半年だ。

 あれもこれもと足らないところがどんどん出てくる。


 前は騎士の妻で、子爵夫人としての振舞いでよかった。今回は外交員の妻であり、いずれは伯爵夫人となっていくため、お母さまの指導も熱が入ってくる。


 積み重なる課題に、どれだけ自分が甘ったれであったかを知った。改めて学びなおせば、わたしのルシアン様への対応は上位貴族の娘としては落第点だ。

 自分自身を振り返り、落ち込み、時々聖獣様に慰められながら、一つ一つ直していく。すぐにできるわけではないが、失敗は少ない方がいい。


 アルフレッド様は我が家の熱の入った指導の様子を見て、心配そうに無理しなくてもいいと言う。

 でも、身を守るための知識はいくらあっても邪魔にならないのは身をもって知った。大変だけど充実した楽しい日々を過ごした。


 この半年、王都で仕事をしていた彼もオーガスト様から隣国へ行けと命令された。彼の仕事が現外交員の父親の補佐なので、そのうちそんなことになるだろうと思っていた。一緒にいられた半年が特別なのだ。


「できれば、クローディアも一緒に来てほしいんだ」

「わたしも、ですか?」

「実際に経験した方がよくわかるだろう? 大丈夫、クローディアは素敵な淑女だよ」


 まだ学び途中でも大丈夫だろうかと不安に思っていたが、それはいつになっても一緒だ。結婚前に不足しているところを知るのは良いのかもしれない。


 気合を入れるわたしを優しく抱きしめると、アルフレッド様は軽くキスをした。


「向こうで待っている」


 そう言って彼は先に旅立った。

 


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