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婚約破棄したばかりなのに


 婚約破棄は王城の一室であっという間に終わった。

 城から屋敷に戻って、全身から力が抜けた。先ほど行われた婚約破棄の手続きを思い出す。


 婚約破棄の手続きという通り、やることはわたしが署名するだけだ。他の調整や賠償の問題はすでにお父さまによって終わっていた。


 自分の尻尾を抱き込むと、そのまま顔を埋めた。大きな尻尾は柔らかくて気持ちいい。疲れた心をじんわりと癒した。


『尻尾の良さがわかるだろう』

「本当。すごく癒されるわ」


 素直に認めれば、聖獣様が固まった。不安そうにわたしの顔を覗き込む。


『そんなにショックだったのか』

「そうね、ルシアン様がわたしを少しも見なかったことがショックだったわ」


 これで最後になってしまうのだから、ルシアン様と話すことができるだろうと少し期待していた。ところがルシアン様とは一言も会話を交わすこともなく、視線も合うことなく終わった。

 ルシアン様は居心地の悪い空間で無表情に一点を見つめ座っていた。一言も言い訳をしなかった。

 署名が終わった後、謝罪を口にしたのはゴードン伯爵で、ルシアン様は深々と頭を下げ続けていた。


『言い訳する男よりはいいと思うが』

「そうだけど」


 この婚約破棄の書類に署名後、ルシアン様はゴードン伯爵家から縁を切られる。

 今後、王都の騎士団から辺境の砦へ移動することが決まった。一般兵として辺境の国防に当たるそうだ。辺境の砦は常に人手不足のため、騎士をしていた彼が送られることになった。


 貴族ではなくなったが、辺境の一般兵は王都よりも給与が高いので、食べていけなくなることはない。それはゴードン伯爵からの温情なのかもしれない。

 ルシアン様のとった行動は辺境であっても早いうちに知れ渡るだろう。誰も知り合いのいない辺境であっても、その生活が辛いことは想像できる。貴族であったルシアン様が選んだ道はとても険しく厳しい道だった。


 レオナ様は18歳の誕生日を迎えると同時に、平民になる予定だったようだ。もともとはマッコード伯爵の血は引いておらず、亡くなった後妻の連れ子だそうだ。ゴードン伯爵と同じく、マッコード伯爵も責任を取って、当主の入れ替わりが行われる。


 レオナ様が元々平民になる予定であるのなら、あの行動も分かる。貴族でいる必要がないからだ。

 二人とも貴族の生活から平民の暮らしになる。苦労も多いかもしれないが、覚悟して愛を取った二人には障害にもならないのかもしれない。


 彼とわたしの縁はこれで終わりだ。

 覚悟もしていたにもかかわらず、ずっと胸が苦しい。


『今は難しいかもしれないが、次を考えろ』


 次、と言われて憂鬱になる。貴族の娘の使い道は政略結婚で、家の利益をもたらすことだ。そのための教育をされているのだから、一つの政略による婚約が駄目になればすぐに次が舞い込んでくる。たとえ両親に愛されているとしても、貴族である限り結婚は自由にならない。


「できれば、次の婚約まで時間が欲しいわ」

『それは無理だろう。次の相手は私がちゃんと見極めてやる。お前を幸せにするのが私の使命だからな』

「使命って大げさな。ルシアン様に愛されたいから奇跡を願ったのよ? ダメになったのだからここまでじゃないの?」


 意地の悪いことを言っていると自覚はあったが、言葉は勝手に零れた。聖獣様の尻尾が少しだけ下を向いた。耳もややぺたりと寝ている。


『……クローディアが幸せになるまでが願いの範囲だ』

「そう」


 じっと赤い瞳で見つめられたまま断言されて、視線を逸らした。八つ当たりした自分が凄く嫌になった。



******



 新しい婚約者との顔合わせのため、王城に呼ばれた。婚約破棄して10日目のことだ。


 ルシアン様の時と同じく、王家の都合による相手が選ばれたようだ。誰と一緒になっても政略であることは変わらないので、できる限りいい関係を築ける人がいいなと思う。

 それでも次の婚約が早過ぎると思うのはわたしが子供過ぎるのだろうか。


「クローディア、もう少ししゃきっとしなさい」


 移動中の馬車の中でやや不貞腐れ気味に黙っていれば、お母さまに注意される。


「わかっています」

「まったくわかっていませんよ。貴女は侯爵家の娘なのです。俯かず、笑顔を浮かべ、背筋を伸ばして、堂々としなさい」

「……」


 お母さまの言葉が痛い。婚約者が不義理をして婚約破棄になることは珍しいことでもない。だから、自分にやましいことがないのなら、堂々としているのが正しい。

 毎日、聖獣様に気持ちを吐き出しているから整理されつつある。でも完全じゃない。


 自分の尻尾が消えているので、膝にいる聖獣様の尻尾を気ままに触って心を落ち着かせた。絶え間なく尻尾の毛を弄っていれば、とうとう尻尾が取り上げられた。


『尻尾が剥げそうだ。家に帰ってから自分の尻尾でやれ』

「今すぐ触って癒されたいの」


 そんなどうでもいい会話をしているうちに、王城に到着した。

 馬車から降りて案内されたのは、ごく限られた者しか立ち入れない王城の奥にある庭だった。

 まずは新しい婚約者との顔合わせだ。


 わたしは聖獣様を小さな鞄の中に入れ、お母さまの後ろを歩いた。お父さまはすでに王城の勤め先にいるので、時間になったらやってくるのだろう。


「王妃様、お招きいただきありがとうございます」


 たどり着いた先には、華やかな青色のドレスを着た王妃様がいた。いつも美しい装いをしているが、今日はそれ以上だった。


「よく来たわね。さあ、どうぞ」


 さらに奥のテーブルの用意された場に進む。そこにはすでに待っている人がいた。彼は立ち上がると、私と目を合わせてにこりとほほ笑む。そうして微笑むと、とても優しい感じになった。

 わたしは目を丸くした。


「アルフレッド様、どうしてここに?」


 わたしの疑問には答えず、アルフレッド様はまずはお母さまに向き合い挨拶をする。それからわたしにも。


「お久しぶりでございます。ウィンストン侯爵夫人。それからクローディア嬢も元気そうで安心しました」

『やっぱり相手はお前だったか』


 ぴょんと聖獣様がわたしの鞄から飛び出した。何も気にせずわたしの頭に乗る。折角きれいに結ってもらったのに聖獣様のゆらゆら揺れる尻尾がわたしの髪を乱した。


『先日貰った菓子は美味かった』

「お口に合いましたか。隣国から送ってきた珍しい菓子ですが、気に入ったのであればまた取り寄せましょう」

『うむ』


 偉そうに頷いているが、どういうことなのか。


 問いただす前に、王妃様が先に口を開いた。


「まあまあ、そのお方が聖獣様なのね? 初めまして。歓迎いたしますわ」


 王妃様がきらきらと目を輝かせて聖獣様を見つめた。その尊敬の眼差しを受けて、聖獣様が機嫌よくくるりと一回転して下に降りた。


 現れたのは大きくなった聖獣様。これこそ、初代国王と共に描かれていた聖獣の姿だ。

 その存在感はとても神々しい。普段の姿とは大違いだ。


「王妃様、紹介します。聖獣様です」

『うむ、これからもよろしく頼む』


 聖獣様が上機嫌で頷けば、王妃様は満面の笑みを浮かべた。


「聖獣様にお会いできる機会が巡ってくるなんて、とても幸せだわ」

『そうか』


 王妃様は興奮気味に建国の時の話を持ちだしてきた。聖獣様も嬉しいようで、聞かれるまま答えている。その様子をしばらく眺めていたが、程よく会話が途切れた時にアルフレッド様が声を掛けた。


「妃殿下、聖獣様とお話がしたい様子。クローディア嬢と庭を見てきてもいいでしょうか?」

「そうだったわね。ええ、よろしくね」


 王妃様はわたしに手招きをした。扇で口元を隠しながら、小さな声で囁く。


「嫌なことをされたら、突き飛ばしてもいいから」

「え?」

「いいわね」


 よくわからないけど、念を押されて送り出された。


 理解できず首を捻りながら、エスコートしてくれるアルフレッド様についていく。劇場に行った時にエスコートしてもらったが、彼の歩き方はわたしに合わせているので一緒に歩くのは苦にならない。


「話は聞いている?」

「何も聞いてはいませんけど……この場にいるということは、アルフレッド様がわたしの次の婚約者ですよね」

「そうだ」


 彼は楽し気に頷く。わたしは眉根を寄せた。


「アルフレッド様には他国に婚約者がいますよね?」

「いないよ。婚約者がいるというのは下心を持った他国の貴族が勝手に流した噂だね」


 噂、と聞いて目を瞬いた。


「え?」

「私は国外で過ごすことが多いから、一度も婚約はしていないんだ」

「そうでしたか」


 納得したように頷くと、アルフレッド様は立ち止まった。わたしと向き合うと、両手を握られた。


「色々あってこの婚約もすぐに受け入れられないだろう。だが、君とならいい関係が築けると思っている」

「アルフレッド様」


 耳が生えたり、尻尾が生えたりして、気にしてこなかったが、実はアルフレッド様にはかなりみっともないところばかり見せていた。そんなわたしなのに引き受けてくれるというのだから、他の人と婚約するよりはよほどいい。聖獣様を知る一人だからわたしの相手に選ばれたのかもしれない。


「婚約期間は1年と決められているから、時間も限られている。その間、私も君を知っていきたいし、君にも私を知ってもらいたい」


 真剣に見つめられて、不意に恥ずかしくなった。自分のことばかりで、次の婚約者になる人の気持ちを考えていなかった。婚約者が知らない人というのは、わたしだけではないのだ。彼の誠実な態度に、ちゃんと応えないといけない。


「あの、わたしも、アルフレッド様を知っていきたいです」


 取って付けたような言葉だったが何とか答えた。彼は目を細め満足そうに頷いた。



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