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困ったように、笑って  作者: ゆずこ
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こいにこいするお嬢様


 人生って本当にわからないものね。ユリア・カルトは鏡の前で、ほぅ…とため息をついた。



 生まれて15年。特に不自由なく過ごしてきた。生まれた時から父はいなかかったが、優しい母と二人、寄り添いながら平民として暮らしてきたのだ。そんな穏やかな日々がガラリと変わったのは、ある雨の日。自宅に貴族様が来たのだ。カルト男爵。正直名乗られて初めて知った名であるが、男爵はユリアに自分が父親である。と告げた。

 よく聞く話だ。貴族様が外に愛人を作り、そこで生まれた子どものことを知り、養子縁組をした…まさにそんな話が自分に振ってくるとは思わなかった。


 男爵は最近になって奥様と娘さんをはやり病で亡くされたそうだ。失意のもとにユリアの存在を知り、一年かけて淑女教育を施し、16を迎えるこの年に、国立学院の高等部へと入学させてくれたのだ。

ユリアの母は貴族の世界は自分に合わないので、平民として生活し続けるが、男爵様が生活の援助をしてくださるという。なんて優しい世界なんだろうか。


 自分が男爵様に返せるものは一体なんだろうか。学業に勤しみ、立派な成績を収めて男爵様のお仕事の手伝いができるように…考えても正解がわからない。今ならなんだってできそう!ユリアの毎日はとても充実していた。

 

 平民だった頃とは色々なことが違う。貴族令嬢という肩書だけでこんなにも可能性が広がるのか。もちろん爵位の差はあるし、礼儀を損なわないことが一番大切なのは理解している。だけど、周りの女の子も男の子も礼儀正しくて優しくて、夢心地だった。ユリアが少し気さくに話語りすると、それが相手には新鮮だったりして、場が盛り上がるし、より話題の中心になれた。それが一番楽しい。


 入学してから少しばかり経った頃、移動教室にて廊下を歩いている時に学友がこっそり耳打ちしてきた。




「ユリアさん、あちらからリリーナ様がいらっしゃるわ」

「まあ!」



 まあ!とは言った手前、一瞬リリーナ様がどちらの貴族令嬢かすぐに浮かばなかったが、この学園でリリーナ様といえば一人しかない。このゼクス王国の第一王女、リリアンヌ様のことだ。

 リリーナは在学中ではあるが校則に乗っ取って、学生のうちは貴族階級は気にしない、最低限の秩序さえ乱さなければ自由にしてもらいたい、と話していたことが記憶に新しい。


輝くようなブロンドに、透き通る碧の瞳。ああ、この方がこの国を統治して行くのだろう…最近まで庶民だったからこそ、身に染みる思いであった。


 

 リリーナも移動教室だろうか、学友と談笑しながら廊下を歩いている。生まれながらの淑女とは、ただそこに存在するだけでも神々しい…呆けたままリリーナを見送り、ついつい教科書が手から滑り落ちる。

 バサリと音がして、ユリアは慌てて腰をかがめた。が、先に誰かが拾ってくれたようで、スッとさしだれた。



「どうぞ」

「ありがとうございます」


 ご親切に、と顔を上げた瞬間、頭の中で何かがパチンとはじけたような錯覚を覚えた。

深い蒼の瞳が印象的な、この方は誰?震えそうになる手をなんとか抑え込み、ユリアは教科書を受け取った。その蒼の瞳の主は、優雅に一例してリリーナの後ろへと戻って行った。



「やだ!ユリアさんったら!キキ様に教科書を手渡ししていただくなんて、羨ましい限りですわ」

「あの方がキキ様ですの?」

「あら?直接お見掛けするのは初めて?キキ様はリリーナ様の専属の騎士でもありますのよ。ご学友としてもよいパートナーになっていらっしゃるわ。本当にお二人があのように並ばれる姿をお見掛けできるだけで、一日幸せに過ごせそう…」

「そう、騎士さま…」




 学友の言葉半分に、ユリアは遠ざかるキキをしばらく見送った。そして予鈴が鳴って慌てたのは言うまでもない。


 それからというもの、ユリアはことあるごとにキキの姿を探すようになった。ただ教科書を拾ってくれた、それだけなのだが、自分の運命の王子さまではないか、そう信じていた。

 

 自分に声をかけてくれる異性の学友は多い。きっと自分が庶民出身で珍しい存在であるのも理由の一つだろうが、それは願ったり叶ったりだ。良くしてくれる男爵様のために、良い嫁ぎ先を探すことも必要なのでは、と考えていたところだったからだ。


 そうだ、キキ様はどちらの方なのかしら…男爵様はご存知かしら。もしも決まったお相手がいないのであれば…そう考えて、ユリアは頬が赤くなるのを感じた。





+++





「あーーーーっ。今週も頑張ったわ!」



 リリーナの淑女の仮面は見事に外れている。

 ここは高等部からさほど離れていないゼクス王国の王城である。国内から生徒が集う学院であり、寮生活を送っている生徒が大半だが、自宅から通いの生徒がいたり、週末は自宅へ帰るといった生徒が大半だった。リリーもまた、週末には城内の居住区へと帰って来ているのだ。



「リリーナ様、はしたないですよ」


 そんな光景を見慣れたリリーナの侍女であるルナが、脱ぎ散らかった制服のジャケットを拾い、丁寧に畳んで片づけてくれた。リリーナはもうベッドから起き上がるのも面倒になっている。今日の王女様は終了したのだ。




「ルナ、この週末の予定はなに?」

「明日は学院にて新入生歓迎会として夜会があります。翌日は…」


 どこどこ貴族の夜会に呼ばれている、と後半はぐだぐだで聞き流すことにした。そうか、明日は学院の夜会が…しかも週末はずっとこの淑女の仮面を張り付けていなければならないのか、とリリーナは深いため息をつく。

 するとルナが来客を告げる侍従に反応した。



「リリーナ様、キキ様ですがいかがしますか」

「通してちょうだい」


 リリーナは、がばっと顔を上げて制服のシャツの上にストールを羽織った。そして待ち人を出迎える。



「ごめん、リリーナ。休んでいただろ」

「キキ!いいの。丁度お茶にしようとしていたの。」


 リリーナはまだ制服姿のキキの胸に飛び込み、ぐりぐり…と頭を押し付けた。いつの間にか頭2つ分も大きくなったキキは、どんどんたくましくなっていく。そんな成長にリリーナは嬉しく思うのだ。

 キキはリリーナの婚約者で専属騎士でもあるので、在学中は城内に居住を構えていた。もちろん、公にはまだ婚約のことは発表していないので、部屋は離れている。


 ルナはいつまでもしがみついたままのリリーナを半ば強引に引きはがし、紅茶の準備を始めたのだった。



「ねえ、以前キキが学院の裏庭でわたしに話してくれたこと覚えてる?カルト男爵令嬢の…」

「ああ、もちろん覚えているけど」

「やっぱり、わたしの心配は的中したと思わなくって?」

「あー…」


 じろり、とキキを見つめる。でも別にキキはやましいことはしていないので、記憶を辿ることにした。


「最近、僕の周りに出没することが多いように感じる。たくさんの友人と一緒に話しかけてきたりさ。でも別に害がないから何もするつもりはないよ。何なんだろうか。珍しいのかな。学生なのに騎士をしている僕が」

「そんなのただの口実じゃない。カルト男爵令嬢に気に入られたんじゃなくって?いつだか教科書を拾って差し上げたんでしょう?まるで王子様みたいだったって話題になっていたわ」

「王子様って…」

「あながち間違いでもなくなるわ」

「リリーナ」


 

 ぐいぐい話を進めるリリーナに、キキは困ったように名前を呼ぶ。リリーナは、ハッとした。違う。こんな本当に困った顔をさせたい訳ではないのだ。


 見事な嫉妬である。噂に聞くカルト男爵令嬢は、誰とでも分け隔てなく楽しそうに接している。一部では庶民上りが、と噂されていることもリリーナだって知っているが、それを上回るように、カルト男爵令嬢の人柄の良さが勝っているのだ。


 もちろん、自分だって貴族社会にとらわれすぎずにしてはいるが、どうしても立場というものがあり、自分が意識していなくても周りが一歩引いてしまう部分はある。

結局そこで、自分は一人なのだと実感してしまうのだった。

 

 でも、キキがいたから、そう思うだけでリリーナは芯を強く持てた。だから、彼を失うのが怖い。

そこを一番恐れているのだ。


 しばしの沈黙のなか、キキは紅茶を一口飲んだ。そして、静かに席を立ちあがる。一連の動作を見ていたリリーナが、すがるような瞳でキキを見ると、キキは困った顔ではなく、ふんわりと笑った。



「リリーナ、明日の歓迎会は僕にエスコートさせてくれるんだろう。今日はその確認なんだ」

「もちろん、キキじゃないと嫌よ」


 絶対に嫌…そう絞り出すような声に、キキは目を細めた。



「手のかかる王女様だね」



 リリーナの髪をひとすくいし、指で撫でる。

ルナが気を利かせて下がったのを確認してから、リリーナへと口づけを送った。


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