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困ったように、笑って  作者: ゆずこ
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こまったえがおの騎士さま

ふんわりご都合主義ですので、あたたかい目でご覧ください。



「キキ、あなたのことは私が絶対に守るわ。あなたも私を守って!!ほら!眉毛が下がっているし、背中をしっかり伸ばしなさいよ!」

「いたい…でも、うん。ありがとうございます、リリーナ…」



+++


 随分懐かしい夢を見たものだ、とリリーナはゆるゆると瞼をあける。

カーテンの下からうっすら光が見えているので、日が昇っていることには間違いない。侍女が起こしに来ないので、まだ起床時間ではないのだろう。もそもそ、と大きなベッドから体をおろし、リリーナはグッと伸びをした。

 衣擦れの音が聞こえたようで、控室から侍女がやってくる。リリーナが幼い頃からついてくれている侍女だ。彼女の手にかかれば身支度なんてあっという間に、完璧に仕上がってしまう。


「リリーナ様、本日も素晴らしいです」

「ありがとうルナ。今日から高等部も始まるし、心機一転頑張るわ」


 豊かなブロンドをゆったりと編み込まれた、かわいらしい碧眼の少女、それがリリーナである。この国の第一王女であり、次期女王だ。両親の良いところをしっかりと受け継ぎ、才色兼備であり、淑女の手本。弱きを助け悪を…見つけたらまずは報告、学業に関しても手を抜かないという、国民の手本のような姿であった。まあ、そう思ってくれるなら万々歳である、とリリーナはほくそ笑むのだが。ずっと淑女であり続けるのも、正直大変なのだ。程よくまじめに、時々不真面目にをモットーに、リリーナは過ごしていた。

 

リリーナが在籍している国立の学院(幼等部から大学部まである)の生徒も、リリーナを尊敬し、目標としていた。在学中は貴族階級の垣根は無しとなっているが、高等部になると社交界に出ることもあるので生徒の自主性に任せているところもあった。もちろん行き過ぎた差別は教職員が目を光らせているし、なによりもリリーナがそこまで階級に固執していないことを誰もが知っていた。



+++




 学校の寮は一つの建物でエントランスで男女の部屋が分かれている。非常口はあれど、メインで開放されている階段からしか階上へ行き来できず、各階で管理人が目を光らせていた。

 メインホールへ来ると、リリーナはぱっと目を輝かせた。でも誰にも悟られてはいない。輝かせるのも一瞬だ。その一瞬の輝きの相手はリリーナの視線よりも早くリリーナに気づき、すぐに歩み寄った。


 チョコレートにクリームを入れたような、やわらかなブラウンがふわりと揺れる。流れるような所作でリリーナの左手をとった。



「おはようございます。リリーナ」

「ごきげんよう。キキ。変わりはなくて?」


 キキと呼ばれた少年…といってもリリーナと同じく御年16になるのだが…は、リリーナの質問にふわりと笑って答えた。リリーナも満足したようで、侍女を下がらせ代わりにキキを従えて歩き出した。


「キキ、今日の入学式では貴方が祝辞を述べる予定だったと聞いたわ。なぜ断ったの?」

「僕は、学生としてもだけど、ここへはリリーナの騎士として来ていることもあるし…人の大勢いる場所で君から離れたくはないんだ」

「まあ、有り難いお言葉だわ」


 むふ…と、一瞬考えてリリーナはキキを振り返った。


「とりあえず、新学期はわくわくするわね。新しい出会いもあるわ。学ぶこともね」


 リリーナはキョロ、とあたりを見渡し、人通りが少なくなったことを確認して、キキだけに見えるように満面の笑みで、楽しみね!とほころばせた。

 キキは困ったような笑顔を返し、同意する。リリーナはその困った笑顔が大好きだった。


困らせた理由は大体わかる。淑女のようにが大前提で、残りの少しは、自分以外の人にそんな笑顔を見せないでほしい、といった独占欲、であろう。

 キキは騎士でもあるが、リリーナの婚約者でもあった。


+++




 リリーナとキキの出会いは10年も前にさかのぼる。お互いの両親が懇意にしていた縁もあり、二人は引き合わされた。今と変わらず5歳のリリーナはもう王族としての威厳たっぷりで、茶会でも堂々としたたたずまいであった。

 一方キキは、年上の圧の強い姉に囲まれ育っていたので、女の子に対して萎縮してしまう傾向があった。兄もいるが、兄は傍観者を決め込んでいる。一番下の宿命でもあるのか。

 もちろん当時のリリーナとて萎縮してしまう相手であった。


 何度お茶…という理由で遊びに来ても、キキはリリーナの後ろを歩き、眉毛は下がり、視線も下を向いていた。そういう性格なのだろう。リリーナは特になにも正すようなことは言わなかった。

リリーナは自分の立場を理解していたし、今までの友人たちもリリーナが王族であるからを様々なことを遠慮し、顔色を窺い、優先されてきたのを知っている。

だがキキは違った。そのラインにすら立っていないのだ。無理強いしてもお互いにメリットはないので、お互い好きに過ごしていた。


 二人が10歳のとき、いつもと同じようにキキがリリーナのもとへやってきた。いつもと同じようにリリーナが一方的な会話をして、キキが頷く…そんなやりとりの後に、リリーナは庭へ行こうと誘った。庭の奥の東屋に、綺麗な薔薇が咲いたので、キキの母上に差し上げたらどうか、という提案だった。

 リリーナは突拍子もないことは言うが、無茶は言わない。自分の立場をわきまえているから無謀な事は絶対にしない。それを知っていたので、話に盛り上がる両親に声をかけ、侍従を一人連れて東屋へ向かった。

そこには綺麗な白い薔薇がたくさん咲いていた。侍従は摘み取れるように庭師に声をかけに行く。


 リリーナは庭師が丁寧に手入れをしているのよ!と、まるで自分のことのように話すので、キキは思わず笑ってしまった。やば、と思ったのもつかの間、リリーナは唖然とした顔でキキを見つめ、一瞬にして詰め寄る。



「なによ!あなたそうやって笑えるんじゃない!いつも困った顔してるから、どうしたものかと悩んでいたのよ」


 キキの眼前に、碧の瞳がキラキラと迫る。長いまつげをこの距離で確認できてしまうほどだ。

なんだか少し恥ずかしくなって、またうつむいてしまうが、そこはリリーナが阻止した。


「キキ、あなたの瞳ってとてもきれいね。夜空の色だわ」


 初めてこんなにも視線が合ったと言わんばかりに、リリーナの指がキキのふんわりとしたブラウンに触れそうになった時だった。グルルル…と突如聞きなれない喉を鳴らす獰猛な声。思わずキキはリリーナを背後にかばい辺りを見渡すと、茂みの中から野良犬が現れたのだ。酷く空腹なのだろうか。ガリガリで目が充血していて息が上がっている。このままだと人を襲いかねない…リリーナだけでも遠ざけたい。先ほどの従僕はまだだろうか、と一瞬の間にキキは考えた。

背中をぎゅうと掴む感触に思わず振り向くと、真っ青になったリリーナ。


「わたし、さすがにああいう犬には耐性なくって…」

「あったら困るよ。絶対に僕から離れないで」


 コクコク頷くのが振動で伝わる。大声を出して大人を呼ぶのも案だが、犬を逆なでしてしまう危険性がある。まずは従僕か庭師が来るのを待つしかない、とキキは考えた。だが、犬はジリジリと近づいてくる。リリーナに危険があったら、そう思うと気持ちが焦り、キキは足元にあった小石をいくつか掴み、犬めがけて投げつけた。犬に直接当たりはしないものの、犬は慌てて元来た茂みの奥へ逃げ込み、草の音が遠くなった。



「「はあああああああ~~~~~」」



 二人はついついその場にへたり込んでしまった。キキはどっと脂汗が出て、喉が一気にカラカラになった。だが、がばっとリリーナへ振り向き震えていたであろう手を取った。


「お怪我は」

「ないわ」

「よかった…」

 

 安堵の息を漏らすと、リリーナがキキの手を握り返す。


「とても、頼もしかったわ。キキ」

「あなたが…僕に勇気をくれたんだ。ありがとう、リリーナ」


 リリーナ、始めて呼ばれたそれに、リリーナはカァっと頬に熱が集まるのがわかった。リリーナが言いあぐねていると、へにゃりといつものような困った笑顔になるキキ。リリーナのこころが、ぎゅうとなる。なんだこの感覚は。



「キキ、あなたのことは私が絶対に守るわ。あなたも私を守って!!ほら!眉毛が下がっているし、背中をしっかり伸ばしなさいよ!」


 ぺしぺしとキキの背中をたたいてみる。


「いたい…でも、うん。ありがとうございます、リリーナ」


 二人のなかに、確かなものが芽生えたすぐ後に、従僕と庭師が戻る。ほんの5分ほどの出来事だが、二人にとってはとても長い長い時間だった。




+++


 それから2年後の、二人が12歳になる頃に、キキはリリーナの専属騎士になるため騎士団に登城したのだった。

 キキは野良犬の一件から自分を見直し、両親に頼んで騎士団に入る前から個別に訓練を受けていた。お陰様で騎士団に入るころには人並みの剣術の心得があったのだった。

 翌年13歳になり中等部にあがるのをきっかけに、キキも一緒に入学することになった。もちろん、生徒として、リリーナの騎士として。婚約者であることは、高等部へ進学する頃まで伏せておくことになっている。まだまだ未熟なキキである。偏見や差別の対象に晒されないよう、予防線だ。


幼等部から在学しているリリーナに専属騎士がついたことも話題になったが、相手の容姿も、リリーナと並んで引けを取らないということもあってか周囲の目はリリーナとキキに釘づけだった。二人は婚約しているのではないか、だが王女の相手ともなればもっと権力のあるお相手の方が…と様々な憶測が浮かんだが、二人は決して学内の他の男女のように甘い雰囲気を出すことはなかった。あくまでも姫と騎士、もしくは学友。という関係で人前に出ている。人のうわさも七十五日。周囲は少しずつ興味が薄れ、新しい話題へ興味を移していくのだった。





「ああ、疲れたわ」

「経済の授業は難しい…」

「復習しないといけない科目が多くて、寝不足になりそう」


どさ、と綺麗に刈られた芝の上に転がった。淑女たるもの…と気を張りつめては疲れるので、リリーナとキキで探し当てた、誰にも見られない場所。リリーナの隣で、キキがバサリと制服の上着を脱いで、ぐいーっとリリーナを引き起こす。少しの隙間に自分のジャケットを差し込んだ。



「ちょっと、キキのジャケットが汚れるわよ」

「いいよ。泥がつくわけでもないし」

「…ありがと」



そよそよと心地よい風が頬を撫でた。ぼんやりした貴重なお昼の時間が、ゆっくり過ぎていく。ふと、キキが口を開いた。



「リリーナ、ちょっとよくない噂を聞いたんだけど」

「いやだわ、わたしの?」

「違うよ。今年高等部から入学してきた、カルト男爵令嬢は知ってる?」

「誰にでも分け隔てなく笑顔で接してる方かしら?赤毛の可愛らしい方よね」

「そうそう。令嬢は元庶民で、男爵が外で産ませた子らしい。ここへきて家に呼び戻して、高等部から入学したみたいだよ」

「よくある話じゃない。どうせ、貴族階級とか細かいことを知らないから、階級が上のご子息たちに贔屓にしてもらったりして、その婚約者に疎まれるとか、そういう話でしょう」


学友の間で流行っている小説を思い浮かべた。そこで真実の愛に気づいたり、修道院へ送られたり、結果は様々である。実際にこの貴族界の中でもよくある話なので、今更である。



「リリーナに火の粉が跳ばなければいいか、と思うけど」

「それはあなたもよ、キキ」



むくり、と起き上がってリリーナはキキのジャケットについた少しの芝を払った。座るキキの前に膝立ちになり、ふわりとジャケットを頭にかける。


リリーナはキキの顔を覗き込み、お互いの前髪が触れ合う距離になった。夜色の瞳がゆらゆら揺れている。リリーナはキキが困っているのを確認して胸が高鳴る。

彼が困る時は、自分のことを考えている証拠なのだ。リリーナは、キキにの瞳に自分が映っているのを確認して、唇を落とした。


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