表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/54

てーん、てーん、てーん、てーん。

「Nやん、なにか怖い話ない?」

「ん~? そうだね、俺が今以上に未熟だった頃の話でもしようか」

 オカルトマニアのNやんに怖い話をせがんで、また今日も一つ話を聞いた。


 急なトラブルに駆り出されて、仕事を終えたのは夜中一時を回った頃だった。

 気鬱な仕事を振り払う様に車を走らせて自宅へ向かって走らせている時、急にトイレに行きたくなった。

 職場で済ませておけばよかった、と思いつつ近くの公衆トイレの有る公園に車を横付けして用を足した。


 手を洗っていると耳にてーん、てーんとボール、それも幼児用の特に柔らかいゴムボールが弾む様な音が飛び込んできた。

「こんな深夜に子供?」

 ネグレクト、と言う言葉が頭に浮かび顔を顰めてトイレを出た。

 左右に首を巡らせて音の出処を探すと直ぐに小さな人影がボール遊びをしているのが視界に映る。

 いくら日本が、欧州ほど児童誘拐が多くないとは言っても、大問題には変わりがない。

 取り敢えず声を掛けて、警察に通報するかと思いその小さな人影の所まで歩いていき声を掛けた。


「君、こんな時間に一人かい?」

「僕、今遊んでうの」

 それは見て分かる。

 分かるが、一人で夜中の公園で遊んでいる事が問題なのだ。

「そっか、お父さんかお母さんは?」

「僕、今遊んでうの」

 会話が成立しない。

 まだ本当に小さい、小学校にも入っていない位の年頃だろうか。

「そうだね、遊んでるんだね。お父さんかお母さんはどこに居るか分かるかい?」

「僕、今遊んでうの」

 小さな子供だ。

 見た感じ四歳か五歳と言った所……、なによりも向こう側が透けた体は生者では無いのが如実に表れている。

 参った、一番面倒なパターンだったか、と眉をひそめた。


 教えを受けた老僧に何度も言われた事では有るが、正直目の前の子供の霊が哀れだった。

 霊に同情すれば付け込まれるか、すがられる、と教わった。

 事実そうだろうとは思うけれど、夜中の公園でボール遊びを続ける子供は見ていて辛いものが有る。

「僕、今遊んでうの」

 同じ言葉を繰り返す子供の霊にまともな思考能力が有る様には見えなかった。

 意思の疎通は不可能、そして俺には救済の不可能。

 やるせない気持ちに成りながら見殺すしかない、そう決めて口を開く。

「小父さんもう行くね、またね」

 そう一声掛けて公園を離れて車に乗り込んだ。


 溜息を吐いて自宅へ向けて車を走らせる。

 高速道路に乗って暫く走った所で車内に突然音が響いた。

 てーん、てーん。

 ゴムボールの跳ねる音。

 ボールが跳ねる音と一緒に運転席のシートが後ろ方から叩かれた様に何度も揺れる。

「僕、今遊んでうの」

 公園から10kmは離れてるはずなのに、移動してる車に突然現れた事に驚愕する。

 拙い、予想以上に力が強い霊だった。

 普通、霊は物理的な力は無いか、微力だ。

 それがシートを揺らせる程度には干渉力を持っていると言う事は、もう悪霊と同じレベルだと言う事だ。

 事故死などで人を引き込む力を持った悪意ある霊を悪霊と称するが、この子供の霊も同じだけの事が出来る。

 ここで俺を事故死させたら、そのけがれたごうで手が付けられない悪霊に堕ちるだろう事は簡単に想像がつく。

まずい、切り抜けないと……」

 PAパーキングエリアまでの数キロ、冷や汗をかきながら慎重に運転を続けた。

 ハンドルを掴まれたら最後、俺は殺されるのだから。


 PAに車を停めて、ダッシュボードにしまっておいたお清めされた生米を手に車外に出てお祓いを行う。

 我ながら節操が無いと思うが、仕方が無い。

 ポケットからジッポライターを取り出して火を点けて指に挟みながら印を結び浄霊を行った。

 明王の炎を一時借り受けて、子供の霊の淀んだ穢れを焼く。

 三流の俺では完全には焼き切れないが、それは諦めるしかない。

 覚えた顔をする子供の霊に鈍りそうになる自分を叱咤して浄霊を終わらせる。

 法力の無い俺は時間を掛けても大した成果は上げられない。

 その場しのぎ、一割ほど干渉力を削るのが限界だった。

 後部のドアを開けると不貞腐れた顔をして子供の霊は姿を消した。

 その場に留まる事無く、元の場所か自分に縁のある場所に戻ったのだと思う。

 大きく溜息を吐いてその場にしゃがみ込んでしまう。

「本当に、子供の霊って厄介だわ……」


「なんで厄介なの?」

「ああ、子供の霊って浄霊が出来ない事が多いんだよ」

「出来ないの? って言うか浄霊? 除霊じゃなくて?」

「うん、例えるとね。迷子の子供に『知らない道を通って一人で親が居るか分からない所に行け』って促して素直に歩き出せると思う?」

「あぁ~、それは無理だね」

「うん、だから神様か祖霊を呼び出して連れて行ってもらうしか実は手が無いんだけど、そんな高位なじゅつわざが使える超一流の霊能力者なんてごく一握りでね……」

「Nやんにも無理なんだ」

「無理だね、俺は修行を重ねても三流に届くか微妙だから。俺ランクに出来るのは俺が死んだ時に一緒に連れて行くって形なんだけど、穢れを帯びてると天に届かないって言われてるね」

「そういう時はどうするの?」

「宗教宗派に依って違うとは思うけど、穢れを焼き清めてからって感じだろうね」

「なんか色々ややこしそう」

「ややこしいと思うよ? 俺は天国なんて見た事ないから分からないけど仏教と神道で死後の世界が同じとは限らないし、ユダヤ教キリスト教の神の身許と同じだとは思えないし……」

「それで浄霊と除霊の違いは?」

「除霊は幽霊にその場に居る事を許さない排除行為、浄霊は霊の穢れを焼き清める洗浄行為、って感じ」

「あ、そんな違いが有るんだ~」

「まあ、俺元キリスト教徒なんだけどね?」

「おいっ」


 Nやんの無秩序、無軌道な行動は面白い反面、時折頭が痛くなる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ