堤防とノック
Nやんの子供の頃の話。
小学生の頃の話。
父親が漁師の家系で、夏に成ると俺や兄を連れて夜釣りに出掛ける事が有った。
中学生の兄は父親と一緒にテトラに乗って、灯台の灯りの下で釣りを楽しみ、
まだ幼い俺は足の長さが足りず、危険だとテトラには行かせてもらえず不貞腐れて車の中で待っていた。
車の中で車載TVで夏の怪談を見て楽しく震えていた。
番組も終わり、特に面白い物も無くTVを消し学校の宿題の事を思い出して暗澹たる想いに成っていると、突然車をノックされた。
コン、と。
音は俺の左側、助手席のドアを叩いた気がして外を見てみるが誰も居ない。
兄が悪戯をしているのか? と思い首を傾げていると今度は真後ろ、トランクが二回ノックされた。
ドアを開けて外に出て車を一周回ってみるが兄は居ない。
真っ暗で、100m程先に灯台が有るだけ、不気味に思い車に乗り込んで鍵を掛ける。
数分が経過しただろうか?コンコンコンと今度は三度、俺が座る運転席のドアがノックされた。
驚いて外を見るが誰も居ない。
不気味さに身を強張らせているとボンネットがコンコンコンコン、四度ノックされる。
でも、ボンネットの前には誰も居ない。
そして5回、助手席がノックされ、トランクが6回、運転席が7回と順々に、そしてノックが増えていく。
見えない誰かが車をグルグルと回りながら、ノックしていく異常事態にパニックになる。
何周したのだろう?ノックの音が途切れる事無く成り続け、誰かが車の周りをノックし続けている。
もう、車全体を囲まれて、叩かれてる。
音で潰されそうに成る。
震え、身を小さくして顔を伏せていた所で唐突に音が止んだ。
「また始まったらどうしよう? 誰がこんな事をしているの?」そう考えながら恐る恐る顔を上げると、正面の窓ガラスに2秒か3秒掛けて手形が浮かび上がる。
手首側から指先に掛けてゆっくりと、ベ~ト~と言う感じで。
余りのおぞましさに悲鳴を上げ、ハンドルを突き飛ばす様に身を遠ざけ様としたらクラクションが鳴り響いた。
震え続けて手が離せない、ノックの音と掌とクラクションの音で失神しかけていると運転席の窓をまたノックされた。
悲鳴を上げてそちらを見ると驚いた父親が鍵か掛かったドアを開けれずにノックを繰り返していた。
震える手でロックを開けて父親に抱きつき大号泣。
要領を得ない俺の話を聞いて兄を連れて慌てて家に帰った。
兄は釣りを中断させられて不満そうに俺をなじり、父親は困った様に俺を寝かしつけた。
その堤防で何か事故の話は聞かないので原因も不明だが、夜、海、お盆、心霊番組を見ていた為に招いた事だと理解している。
しかし、霊の手形が出来ていく過程を見た人はあまり居ないと思う。
助ける事が出来るはずの無い子供に向けた純然たる悪意に怒りを覚え、以来俺は悪意を向けてくる霊に少しだけ攻撃的に成った一件で有る。
Nやん、少しじゃないと思うよ?
「霊の顔の所にわざわざ的を置いて、電子ダーツじゃなく、針の付いた本物のダーツを笑顔で投げ続ける人」は居ないと思う。
しかも「目玉♪」とか言いながら顔目掛けて投げる人は少しじゃないよ?