無茶
右近さんが苦笑とも呆れとも取れる顔で話してくれたお話。
身内の恥を晒す様だが、父の内縁の妻を名乗る女性が現れた。
肺癌で急変したと連絡があり、急いで病院に駆け付けた所でそんな自己紹介をされた。
両親は離婚していたし、咎める種類の話では無いと思った。
と言うよりも、それどころでは無かった、が正直な気持ちだったと思う。
葬儀も終わり、納骨の日取りを話し合っている間に、父の遺骨を持ってその女性は姿を消した。
その事実に気が付いた所で必死になって探したが難航した。
数週間掛かってようやく見つけ出し、父の遺骨を返してもらう様に説得した。
晴天の、かなり広い霊園、納骨の日の当日。
ギリギリに父の遺骨は届けられた。
届けられたが、その女性の使いと言う人物経由だったのが癇に障った。
触ったが、一点の違和感に怖気が起きた。
父の骨壺に黒い糸の様に細い霧が巻き付いている様に見えた。
そして、どこからともなく男性の呻き声が聞こえる気がする。
俺の兄貴は霊感は無いのだが、オーラの様な物は見える質で。
兄も骨壺を凝視していた。
「何か変だ」
「ああ、でも……開けれないぞ?」
マナーの類として分からないし知らないが、骨壺を開けて中身を確かめる事は躊躇われた。
しかも、霊園の係の人の前では絶対に開けられないと思った。
どうした物か、と悩んでいると係の人に言われた。
「一度、ご家族の方の骨壺を移動して、収める場所を作りますね」
との事だった。
地下の納骨堂とは言え、広さには当然限りがある。
一度祖父の骨壺を出して空間の整理をする事に成った。
俺達は焦った。
納骨してしまったら二度と中身を確認出来ない。
でも、開ける猶予も無い。
そんな迷いの中で作業を眺めていると、肩を叩かれた。
そして微かな、本当に小さな声で「大丈夫だぁ」と北海道訛りの声が聞こえた。
祖父の声だったと思う。
直後、地下からブチッ! ガシャン! と強い何かが砕ける音がした。
「すいません! どうしよう? こんな……」
係の人が青褪めた顔で俺達を見た。
手に持ったロープが力無く垂れているのが分かった。
手繰り寄せたロープの先が千切れていた。
いやいや、無いだろ。
ナイロンのロープが解けるでもなく、千切れるとか無い。
そして、砕けて散乱したのはその、祖父の骨壺だった。
係の人が慌てて替えの骨壺を用意します、と言い残して居なくなった。
これで周りの目を気にせずに父の骨壺を開けられる時間が出来た。
出来たのだが……、流石にこれは無いと思った。
ツッコミ所が沢山有り過ぎて苦笑いしか出来ない。
とは言え、時間は永遠では無いので父の骨壺を開ける事にする。
両手で捻って蓋を開けた。
直後に硫黄とメタンの臭いが骨壺から溢れた。
顔を顰めて骨壺の中に視線を向けると頭蓋の上に指輪が置いてあった。
おぞましい。
火葬して、骨壺に収めた時にはそんな物は無かった。
つまり、あの女が骨壺を開けて、そして死した父を縛る様に指輪を収めたらしい。
その指輪を摘まみ上げて、霊園内の公衆トイレに向かって指輪を投げ捨てた。
黒い糸の様な物も一緒に散り散りに霧散した。
男性の呻き声も止んだ。
亡き父を縛る呪詛を断ち切れたのが解った。
何と言うか、もう溜息しか出ない。
骨壺の蓋を閉めて数分した所で係の人が戻ってきて、祖父の遺骨も収め直し、父の骨壺も納骨された。
片付いた、は片付いた。
しかし、あの千切れたロープの事を考えると頭が痛い。
明らかに祖父の声と意図だった。
時折、物理干渉力を持った霊は居る。
しかし、ナイロン製のロープを引き千切るのは簡単な事では無い。
扉を開け閉めするとか、物を落とすとかとは次元が違う力を要する事ぐらい簡単に想像がつく。
現に、祖父の存在感が物凄く希薄に成った。
生前の祖父と父は余り仲が良く無かった。
無かったが、こういう時に手を貸してしまう気質の人だった。
相手が折り合いの悪い義理の息子で有っても。
そんな祖父を尊敬するが、もう少し違った方法は無かったか? と問いたい。
義理の息子の苦境を助ける為に、自分の骨壺を砕いて時間稼ぎするってどうなんだろう? と心の底から思う。
「なんか……、右近さんのお爺ちゃんって話だよね」
目の前に座り、ブラック珈琲を苦そうに啜る右近さんの身内らしい話だと。
そう思うと確かに呆れとか困惑とかが入り混じった苦笑に成ってしまった。




