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霊道

 Nやんから聞いたお話。


「Nやん、怪談とかネットで霊道って良く聞くんだけど、実際の所どうなの?」

「どう、とは?」

 時折話に聞く霊道について、Nやんに話を聞いてみる事にする。

 営業時間が短くなったバーの奥まった席で私はNやんから語られるお話に耳を傾けた。


「両親の寝室の角辺りに幽霊って言うか、人影が頻繁に通る様になったらしい。最初は母親が見える様になって、続いて父親が。今じゃ家族全員が見える様になって、その部屋が怖くて近づけないんだと。何か分かるか?」

 友人の友達の家で起こる怪奇現象がどう廻ってか俺の所に相談として舞い込んで来た。

 状況を聞く限り、家の一角に霊道が重なって、環境に馴染む様に家族全員が視える様になってしまったのだろう。

 話を聞く限り、不気味で怖い思いはするだろうが、それ以上の事は起こってない様に感じられる。

 とは言っても、霊道を通る霊の全てが無害かと問われると、絶対は無い訳で。

 面倒では有るが何度も頼まれ、その相談に乗る事に成った。

 

 友人の友達の家、に案内され特に意味も無くその一軒家を観察する。

 何の変哲も無い一軒家。

 家相なんて分からないし、今までも霊道と言う物を視覚的に認識した事も無い。

 見た限りでは特に情報は得られなかった。

 チャイムを鳴らすとドアが開かれる。

人影は中年には届かない青年位か。

友人の年下の友達、と言った所だろうか。

「前に話した、専門家を呼んだ」

「専門家じゃないし、仕事にもしてない」

 友人の紹介に即座に否定の声を上げる。

 オカルトを仕事とするつもりは欠片も無いのだから。

 そんな俺の言葉を不審に思って友人の顔を見た。

「大丈夫だ、仕事にしてないだけで頼りに成る」

相談事を潰しかねない俺の言葉を否定はしないが、保証の言葉を口にした。

少しだけ迷い悩んだ様だが、気を取り直して件の部屋に通される。


 何の変哲も無い寝室。

 ただ、一角には家具も荷物も置かれていない、空白のスペースが目に留まる。

 家人の“ここには近づきたくない!”と言う強い意志を感じられた。

 空白のスペースの前に腰掛けて、観察に入る。

 家人に特に憑りつかれている人も居ないので、異変が起きるまでは暇だ。

 霊道と言うが、霊が通過する頻度も不明だ。

 割と時間が掛かるかも知れないと考えて、その場に腰掛ける。

「あの……分かるんですか?」

「分かりますよ? ああ、違う。オカルトな話じゃなく、このスペースに誰も近付きたくないって意図が分かるだけです」

 コールドリーディング等に使われる様な客観情報では有るが、そんな詐欺師まがいな事をするつもりも無い。

 問題が無ければそれで良いのだし、問題が有れば対処するだけだ。

 俺自身が対処出来ないレベルならそれこそ専門家に丸投げすれば良い。

 金銭を受け取らないのだから、文句を言われる筋合いも無い。

 そんな事を考えながら、その空いたスペースを見続ける。

 

 三十分かそれ位が経過しただろうか。

 部屋の空気が粘つく様な重たさに変わった所で壁から顔が、体がはみ出て、スーっと流れる等に移動して壁に消えていった。

 数秒の余韻を残して空気が通常の物に戻る。

「害意は無い、か……」

 冷静に独り言ちるが、周囲の空気は固まっていた。

「なんでお前冷静なんだよ……」

 友人の言葉の意図を拾って返答する。

「敵意害意を向けられてなければ、そもそも危険は無いだろ? 不気味で怖いとは思うが」

 そう答えるが同意は得られなかったらしい。

「兎に角、ここを霊が通過するのは確認取れた訳ですが、これ以上家の中に入られるのも気分の良い事では無いでしょうし」

 この家の人間が原因で起こっているとも考えにくい。

 そもそも、霊道と言う謎現象に理由を、それも俺に求められても困る。

 御仏でも神でも無い俺に出来る事は限られている。

「あの……、どうしたら良いのでしょうか?」

 週末と言う事も有って、家族全員が揃って、全員で解決を望んでいるのが表情からも分かる。

「まず、俺は僧侶でも神職でも無いので祈祷の類はしません。そもそも祈祷でどうにかなるかも知りません。ただ、いわゆる霊道をずらす事は出来ます」

 言葉の前半で曇り、後半で期待が浮かんだ。

「あの、それはどうやって……?」

 霊能者では無いと言ったら失望し、解決策が有ると言えば希望を持つ。

 忙しい人達だ、と思うのは冷たいだろう。

 それだけ追い詰められている、と言う事だ。

「石灯篭を設置します。この壁の向こうは庭ですよね?」

 外観を観察した時に把握したザックリとした間取りから問うた。

「えっと、はい、庭です」

「この家に入り込む霊は、実際は一方から来て一方へと消えていきます。つまり動線が決まっていると言う事です。庭に石灯篭を二本設置して動線を誘導する事で家の中を通る事は防げます。残念ながら庭を通る人影は減りませんけど」

 そう言うと複雑そうな顔をするのは家主の父親だろう壮年の男性。

「あの、来なくする事は出来ませんか? 庭を通られるのも落ち着きませんし……」

「少なくとも俺には無理です。“家の中に霊が現れる、どうにかして欲しい”そう言うお話でしたし」

 そう言うと庭への案内を頼んだ。

 

 住宅地の一軒家の庭。

 霊道が重なる部屋の外側に二ヶ所、石を置いて目印にする。

「こことそこ、二ヶ所に石灯篭を購入して設置してください。霊の通り道をして迂回させられます。向こうは向こうで分かりやすい道に見えると思うので。俺に出来るのはここまでです」

「え? 購入ですか?」

「ええ、自分の目で見てご自身で購入してください」

 家長の男性の表情には不満の色が浮かんでいる。

 お金が掛かる事に納得がいかないのだろう。

 ある意味で当然だ。

 お祓いだろうが祈祷だろうが、目の前で納得するだけの儀式も無いのだ。

 とは言って、出来もしない事をさも出来ますと似非儀式をするのは詐欺でしかない。

 そもそも、今回もだがオカルトの相談で金銭を要求した事は無い。

 職業にするつもりも無い。

 ただ、逆に何も求めない人間の言葉を信じられるか? と問われると難しいのも理解は出来る。

 まあ、対価を求めても目に見えない物の効果に納得出来ない人間も居るのだから難しい。

 そんな難しい事に付き合う筋合いも無いと思っている。

 土地を購入し、家を建てた。

 気が付けば幽霊が自分の家を出入りする。

 本当に理不尽な事だと思う。

 ただ、そんな理不尽に根元まで同調する事は俺には出来ない。

 紫煙を吐きながらそんな事を考えて家路についた。


 後日、石灯篭を買うか買わないかを悩み家族会議を行い、暫く見合わせていたが霊道を通る幽霊の数が増えたと感じて慌てて購入し設置したらしい。

「本当に、人間って面倒くせぇ……」

 煙草のフィルターを噛み締めながら、Nやんは深く溜息を吐きながら呟いた。

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