寂しい神様
Nやんから聞いた話です。
「そう言えば、Nやんってあまり他の人の話ってしないよね?」
「そりゃ、別段怪談を集めてる訳でも無いしな、誰かに「怖い話何か無い?」とか聞かないし……。あ、でも有るには有るな」
基本的に自分の身の回りに起きた怪奇譚を聞かせてくれるNやんからは珍しい。
「どんな話?」
Nやんが面白いと思う話に興味が湧いた。
「久しぶり、今時間大丈夫かい?」
本当に久しぶりに聞く親友の声に寝ぼけた頭がスッキリする。
「ああ、大丈夫。どうした?」
「うん、色々と面白い事が有って、まあ情報共有?」
相変わらず脈絡無く、唐突におかしな話を持ち込んでくる奴だ、と思いながら先を促した。
「あのさあ、飽咋之宇斯能神って知ってる?」
「いや、聞いた事無い神様だな。何の神様だ?」
その神の名を聞いて、電話口から“寂しい“と言う感覚が伝わって来た。
首をかしげて続く言葉を待つ。
「まあ、ザックリと言うと黄泉の国から帰って来た伊邪那岐命が禊をする際に身に着けた衣服装飾品を脱いだ時に生まれた神様」
古事記の初期段階に登場する神様だ、と言う事は分かったが、名前からはその権能が掴めない。
「えっと、その飽咋之宇斯能神って何を司る神様な訳?」
「穢れ」
「ん? 穢れ? 神道の神様だよな?」
「そう、珍しいだろ? 基本的に穢れを嫌う日本の神様の中でも、例外的に穢れを喰う神様なんだ」
通話をしながら検索してみると主祭神として祀っている神社の少なさに驚く。
「ああ、出てきた。愛知で祀られてる位しかヒットしないな」
穢れを嫌う神との相性の悪さからか、何か寂し気な気配がする。
「そうなんだよ、少し前に修行で山に籠っている時に見かけて、それがなんとも寂しそうでさ。手を合わせたら着いて来ちゃってさ……」
電話の向こうの親友の言葉を聞き間違ったか? と聞き返してみる。
「着いて来たって聞こえたんだが?」
「そうそう、今私の家に居る」
どうしよう、この友人の言っている事が全然分からない。
神様ってそうポンポン着いて来るもんじゃ無いだろう、と思ったが数日置きに脛に爪を立ててくる女神様の事も有る。
余り深く考えても仕方がない気もして来た。
「つまり、寂れに寂れたお社に居た神様が、手を合わせてくれたお前さんに感激して家まで着いて来た、と?」
「そう言う事に成るかな」
取り合えず、神様を連れ帰ると言うパワーワードにとても頭痛が痛い。
「また奇妙な縁を結んだもんだな、ってかお前さん真言宗の阿闍梨だよな?」
「そうだよ、もう少ししたら神職の勉強もしようと思ってるけど」
我が親友ながら、その行動力と行動原理が掴めない。
面白いから良いのだけれど。
「なんだか、お前さんを忌み地って言われる所に連れ回したら邪気払いに成りそうだな」
「そうなんだよ、って事でNやんも一緒にどう?」
僧侶に成ると言い出した時も笑ったが、今回も笑わせてくれる。
「なんだかな、昔お前さんにゴースト〇イーパーに成らないかって誘われたのを思い出すよ」
「はは、懐かしいな、覚えてたか」
「まあ、アレよりも現実的なんじゃないか? それなら俺も噛めると思うが」
忌み地、穢れが溜まり神様が去った土地。
正直、忌み地と言う言葉は好きでは無かった。
神の居ない月を“神無月”と言う。
日本中の神様が出雲大社に集まる期間の事を指す。
ならば、神が去った土地は違う言葉の方が良い様に思う。
「飽咋之宇斯能神に穢れを喰ってもらって、忌み地を神無地にして、再度神様を招けたら、土地は復活するかも知れんな……」
「そう、それ! どうかな?」
「良いんじゃないか? 日本人として、俺達に出来る事だと思う」
大げさに言うと、土地の再生。
何とも話が大きくなり過ぎている気もするが、気が付き、思い付いた人間の責任って奴かも知れない。
無頼漢二人のお役目としては面白いのかも知れない。
そう素直に思った。
「Nやん、霊媒師に成るの? あれだけ嫌がってたのに?」
意外と言うか、似合わないと言うか、少し釈然としない様な、でも確かにNやんみたいな人にしか出来ない事なのかもとも思う。
「別に、誰かから金を取る訳じゃないし、霊媒師とは違うだろ。それに、こんなの根無し草の無頼にしか出来ないだろうさ」
そう言って迷い無くNやんは笑った。
覚悟を決めた、カラッとした笑顔で。




