神通力
Nやんから聞いた話です。
「いやはや、世の中には凄い人が居るもんだ」
そう、至極当たり前の事を言うNやんに首をかしげて言葉の意味を説明してもらった。
「いやな、この間凄い娘を見かけてな? 意図的に雲を割ってたんだわ」
その言葉の意味が解らず数秒停止する私。
「うん、全然分からないからちゃんと説明して?」
先を促すと言うか、説明の催促をした。
北風の吹く喫茶店のテラス席でNやんは視線を上げて語りだした。
仕事の昼休憩。
近所のコンビニに足を延ばして昼食を買う前に、喫煙所で煙草に火を付けた。
冬の薄曇り。
灰色の雲が太陽に薄っすらヴェールを掛けている。
煙草を一本吸い切った所で周囲が明るくなったのに気が付き顔を上げると、雲の一部が切れ太陽が顔を覗かせた。
グレーの空を眺めるよりは気分が良い、そんな事を考えながら買い物を終えて二本目の煙草に火を付ける。
数分数十分の間に複数回太陽だけが顔を見せては隠れる、を繰り返していた。
微かな違和感。
“こんな短時間に何度も太陽の部分だけ雲が途切れる物か?”と。
煙草を消して、瞼を閉じる。
意識を集中して呼吸を整える。
両の掌を合わせて不可視の力場を作る。
短く息を吐いて力場を自身が包まれる程度に広げた。
極々薄い、ゴム風船の様な珠。
完全な我流だし、説明は出来るが再現性も無い固有のいわゆる“結界”みたいなモノだ。
本来は害意有るモノの遮断の為に使う物だが、今回は力有るモノを感知する為のセンサーみたいな物として使っている。
音も無く、柔らかく何かに押された気がした。
圧の方向を見ると隣接した公園の方向。
それなりに距離が有るのに、こちらの結界に圧が届くと言うのだから生中な事じゃない。
邪気の類も無いし、妖の気配も無い。
何となく察する処は有るが確証も無いので見に行ってみる事にした。
黒いフェンスに囲まれた公園が視界に入る。
園内に木々が点在し、その間にベンチがいくつか。
そのベンチの一つに人影が有った。
グレーのダウンコートに黒いロングブーツ。
気だるげで投げやり的に脚を投げ出して、左手をかざして指で何かをしていた。
指先の動きから間を置いて再び太陽が顔を覗かせる。
ここで確信した。
神通力の持ち主だと。
他に人気は無いとはいえ、物凄い不用心さに溜息が漏れる。
懸念するのは、質の悪い新興宗教のご神体にされたり等したら目も当てられない。
その不用意さを指摘した方が良い、そう思った。
歩み寄り、その間に考えるがどう声を掛けるか悩んでしまう。
どう考えても不審者だ。
“異常な集団に目を付けられるから、神通力を市街地で使うな”と、ド・ストレートに言うのか?
そんな逡巡が歩調を遅らせる。
鈍い歩みの中、ベンチに座る若い女性と目が合った。
不審そうな、警戒が籠った瞳。
思わず足を止めて言葉を探した。
探したがやはり言葉は見つからなかった。
そして、言葉の代わりに右手の人差し指で上を、空を、具体的には雲を指した。
俺の仕草と意図を理解したのだろうか。
その女性は驚愕に目を見開いて慌ててベンチから立ち上がる。
そして、即座に体を翻して脱兎のごとく走り去った。
見事な反応に一呼吸置いて笑ってしまった。
そう、それが正しい反応だ、と。
俺の様な極小の異能とは違う。
扱いを間違えれば悲劇を招く、そんな種類のモノだ。
もっとも、怖がらせてしまったのだけは申し訳なくは思うのだが……。
「って事が有ってな?」
「なんか漫画の世界だよね~」
「まあ、ファンタジーなのは認めるよ」
そう微苦笑しながらNやんは首を縦に振った。
ビル群の中の喫茶店で、昔話の様な話を聞く。
そのギャップが可笑しかった。




