迷惑
Nやんから聞いた話です。
「Nやんって幽霊に厳しいよね」
「幽霊だから厳しい訳では無いんだがな……」
不本意そうに呟くのが可笑しくて笑ってしまう。
本当は知っている。
Nやんがキツイ対応をする時には、理由がある時だと。
仙台は東京よりも当然のごとく寒い。
冬は苦手では無いが、それでも東京に居た頃よりも沁みる。
沁みるのは寒さだけでは無いが。
そんな夜には湯にゆっくり浸かるのは格別だ。
額や頬を伝う物を拭ってると突然、強い音を立てて明かりが消えた。
今の音はブレーカーが落ちた音で、停電とは違うのがはっきりしている。
体を一度拭いて、微かなアンモニア臭を感じながらブレーカーを上げに行き、再び風呂に浸かる。
そして数分で再度ブレーカーが落ちる。
害意は無い。
これは悪意だ。
悪戯心と言うよりも迷惑を承知での挑発行動。
相手にするだけ無駄だと、反応するだけ相手の思う壺だと承知している。
眉間に皺を寄せて再度ブレーカーを上げに行く。
明かりが戻ってもう一度風呂に向かい、湯船に足を入れようとした所でまたブレーカーが落ちた。
怒りに歯ぎしりをする。
これを後何度繰り返せば良い?
際限の無い挑発を相手にする苛立ちを想像して溜息と言うには荒い吐息を吐く。
また体を拭いてブレーカーを上げに行くのも面倒だし、何度も繰り返されるのも面倒だ。
諦めて湯船に浸かる事にする。
怒りでこめかみに血管が浮きそうな位には頭に来ているが、ヤツの思惑通りに動くのは業腹だ。
二度ほど微かにアンモニア臭がしたが、浴室では特に悪戯はされなかった。
風呂から上がり、部屋着に着替えてからブレーカーを上げに行く。
強いアンモニア臭が漂っている事から、その付近に居るのだろう事は判る。
左手を伸ばしてブレーカーを上げると部屋が明るくなる。
その瞬間に半透明の手が伸びてきてブレーカーを下げられる。
バチンッ。
それはブレーカーが落ちる音で、俺の血管や堪忍袋の緒が切れる音では無い筈だが思考するよりも前に体が動いた。
上げたままの左手で霊の手を払い、振り返ってその顔面を掴み、握り込む。
不思議な光景だ。
人の形をしているのに、頭部だけが俺の左手の中に納まって藻掻いている。
右手でブレーカーを上げるとキッチンまで引き摺って行き、真言を唱える。
三度繰り返しその場を烏枢沙摩明王の領域に造り替える。
コンロの火を点けて力を流し込む。
一時しか効果は無いが、疑似的な迦楼羅炎を創り左手に握り込んだ霊を火にかざす。
特に可燃性の物は無いのにコンロの火が一瞬立ち上がり直ぐに納まる。
邪気を焼き払う炎は直接的な意味では霊は焼かない。
それでも身の内に住まわせた邪気が焼かれる為に苦痛が在るのかも知れない。
コンロの火の上で身悶えあがく姿は滑稽だった。
邪気払いは一瞬で済んでいるのだが、気が収まるまでそのまま火の上で踊っていてもらう事にする。
ジリジリと腕の怪我焼けて痛みと不快な臭いに眉をひそめた。
小さく溜息を吐いて、火を止める。
邪気が削がれ、存在感も薄くなった霊を玄関に放り投げた。
開いて掌で拳を作り全力で力を籠める。
表情は読み取れなかったが、俺の怒りや気迫、もしくは明王に力を借りれる事、どれかは分からないが怯えた様子で玄関ドアをすり抜けて霊は退去した。
一連の不快な出来事に気炎を吐いて、冷蔵庫で冷やした缶を取り出して一気に呷った。
Nやんみたいに、正面から霊を殴れる人間は少ない。
故に、霊はどこまでも厚かましく太々しい行動に出る事が有る。
「ああ言うのは不愉快だ」
思い出して、怒気をはらんだ声を私に上げられても困る。
いや、思い出させたのは私だったか、そう思って一杯奢る事にして矛を収めてもらう事にした。




