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山の怪異

 これはNやんから聞いた話です。


 もう十年は昔の話。

 夏場、お盆前に休暇を取る事にし、当時付き合っていた女性と某県の貸別荘に三泊四日で夏休みを取る事に成った。

 東京から車を走らせて避暑地・別荘地に到着。

 景気の悪さとお盆前と言う事も有って人も少なく閑散としていた。

 元々避暑地だから人混みとは無縁で、逆にのびのびと過ごせた。

 一泊目は何事も無く、管理釣堀で釣りをして釣った魚でBBQを楽しんだ。


 異変は二泊目に起こった。

 日中、夏の太陽に照らされた山が妙に気に掛かる。

 山全体ではなく、山の一点に視線が吸い寄せられる感覚が在った。

 その一点ってのがどうも一定しない。

 数分置きに移動する。

 その違和感の正体が分からず、話題にして彼女を不安がらせる意味も無いので口にはしなかった。

 避暑地の涼しさとは別に、妙に肌寒い感覚が付きまとい、正直に言えば不快だった。


 夜、夕食を食べて終えてベランダで一人煙草を吸っていると全身に鳥肌が立った。

 辺りを見回しても不審な物は無く、特に動物の気配も感じられない。

 それでもナニかがこちらを見ている確信が有った。


 煙草を消して部屋に戻ろうとガラス戸に手を掛けると中から悲鳴が聞こえた。

「キャー!」

 慌てて中に入り、寝室に駆け上がると彼女がカーテンの半端に空いた窓を凝視して座り込んでいる。

 窓の外を見ると、そこには皺だらけの、異様に大きい顔が部屋の中を覗き込んでいた。

 頭部は明らかに人間のソレを一回りは大きくした大きさで、肩幅も当然かなりある。

 ゴリラ並みのサイズだが、その手と指と爪はむしろチンパンジーの様な引っ掻き切り裂く為の物に見える。

 全身が総毛立ち、その異様なモノが人のことわり埒外らちがいの物だと直感的に分かった。

 連想したのは狒々(ひひ)、山の神だったり山の妖獣だったり、様々に語られるアレだ。

 大猿、狒々(ひひ)、猩々(しょうじょう)、色々言われるがどんな昔話でも決して人と相いれない妖怪として語られるモノ。

 三流未満の自分には手に余る存在だ。

 彼女を引きずる様にして部屋から出ると手荷物だけ持って車に乗り込んだ。

 別荘にまだ荷物が残っていたし、鍵を掛ける余裕も無かったが仕方が無いと諦めた。


 四駆の安定感の有る足を頼りに一目散に山を下りた。

 コーナーを越える度に山から遠ざかるのに、先程の猩々(しょうじょう)の気配が遠退かない。

 ハンドルを握りながら対処法を考えるがこのまま逃げられる気がしない。

 彼女に携帯で「大きい神と書いた神様を祭ってる神社を調べてくれ」と頼み、少しでも遠くにと車を走らせる。

 彼女が調べた神社をナビに入力して、最短距離で神社へと逃げた。

「電話番号が分かるなら掛けてくれ」

「分かった……駄目、繋がらない」

「掛け続けてくれ、神主さんが居ないとまずいんだ」

「分かった……」

 それから数分数十分掛け続けていたと思う。

「あ、出た! 繋がったよ!」

「変わってくれ、あ、もしもし夜分遅くに申し訳ありません〇〇神社の方ですね、私はNと申します。猩々(しょうじょう)に遭遇しました。目を付けられてしまいました。お力添え頂きたい」

「それは……、分かりました今お車ですね、待機しております、どの位で来られますか?」

「えっと、多分一時間程で着けると思います」

「では急いで鳥居を潜ってください、安全はそれまで保証出来ません」

「分かりました、ありがとうございます、助かります」

 彼女に携帯を返して彼女もお礼を言って電話を切った。

「多分、○○神社にさえ到着すれば大丈夫だから」

 そこからは法定速度ギリギリで急いで道を走り続けた。


 山道を下る間、車の車体を何かが擦るジャッ、ジャッと言う音がする。

 操作もしていないのにサイドミラーが畳まれる。

 リアウィンドウを何かが叩く音もする。

 信号に捕まらない時間が有ると少しだけ距離が取れるが、信号で止まる度に恐怖で心臓が痛く成る。

 窓越しに猩々(しょうじょう)が覗きこんで来たらと思うと涙が出そうだ。

 目的地まで後数kmと言う辺りでソレの気配が距離を置いた気がした。

 さっきまで真後ろや斜め後ろに居た、そんな気配がビリビリとしていたのに。

 今は俺達を警戒する様に間を取っている感じがする。

 電話をして一時間近く、ようやく目的地に到着し周囲を警戒して神社の駐車場に車を乗り入れる。

 出来るだけ鳥居の近くに停めて、彼女を抱える様にして運転席のドアから2人で降りた。

 全速力で走り、神社の鳥居の下をくぐって、2人して震える足を抱える様に座り込んだ。


「お待ちしておりました」

 突然懐中電灯の光に晒され驚くとそこには壮年の神主さんが居た。

「助……かった……」

 安堵の溜息を吐いて涙腺が緩む思いだ。

 隣では啜り泣く彼女が巫女さんに背中を擦られている。

 俺は彼女が見た物、俺が視た物を説明した。

 狒々が猿の類なら、狼をまつった神社に助けを求めるしかないと思った事を告げた。

「それは正しい判断をされましたね。確かに大猿なら狼を嫌います、ただ……」

「ただ?」

「猩々(しょうじょう)となると分社では手に負えなかったかも知れません。こちらでは主神としてお祀りしているので本当に賢明だったと思いますよ」

 そのまま一晩、神主さんの御宅に身を寄せさせてもらい、翌朝東京に俺達は戻った。

 置いたままの荷物は貸別荘の管理会社に連絡をして送って貰う事にした。


 もしかしたら酔っていたんじゃないか? と思われるかも知れないが、あの時一滴も飲んでいないんだ。

 それと、人間の顔を二回りは大きくした皺だらけの顔って有り得ると思うか?

 今でも思うよ、「ああ、こいつは山で人を浚う(さらう)し喰うな」って。

 日本って国は、神話や言い伝えが現代と地続きに成ってる。

 山の悪い神が嫌う物を身に付けた方が良いのかも知れない。

 Nやんは畏れを籠めて呟いた。

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