魂と使役
Nやんから聞いた話です。
「Nやん、式神の事で教えて欲しいんだけど」
「ん? 式神の?」
「うん、Nやんが前に話してくれた外法ば――」
「待て! それ以上言うな」
時折、式神の話に強烈な拒絶反応を示すNやんに話を聞いてみようとして遮られた。
「お前、命知らずにも程が有る。第一、俺が話して聞かせたのは何が危険で、何が関わるべきじゃないかを判断出来るように、なんだぞ?」
「ごめんなさい……」
「はぁ~、秘匿する情報以外、ザクっと説明してやる……」
大きな溜息を漏らしてからNやんは口を開いた。
K達三人を伴ってドライブの最中、唐突にKが不思議な事を言い出した。
「Nやん、今何か言った?」
「いや? 何も言ってないぞ?」
そう言うと首をかしげて怪訝な顔をする。
「あ、やっぱりだ……、Nやん声が聞こえる」
「ん? 俺には聞こえないが、誰の声だ?」
「分からない、でも誰かが呼んでる気がする」
見鬼の才も低ければ、耳は壊滅的な俺には分からない話だ。
とは言え、否定する理由や根拠も無い。
「それはお前にとって善いモノか? 悪いモノか?」
「っと、どうだろう? でも気持ち悪くは成らないから悪くはないと思う」
それからしばらく車を走らせているとKが声を上げる。
「Nやん、この近くから声がする」
その言葉に、車を減速させて周囲を見回すが特に気に成る物は見当たらない。
ただ、こいつが言うならそんな事も有るだろうと妙に確信しているのも事実だ。
そして何かが有るなら五分十分で片が付くとも思えない。
近くに見えるコインパーキングに車を停めて車外に出る。
Kが辺りを見回しながら何かを探し、何かを辿っている。
それを、声を掛けずに見守っているとKは歩き出して商店街と言うか寂れた繁華街に向かって歩き出した。
しばらくの間、グルグルと周囲を歩いていると途中からKの足が迷いを無くした様な、確信に満ちた物に変わった。
そして一軒の店の前で立ち止まった。
それは骨董品屋と言うには雑多で、リサイクルショップと言うには薄暗い物だった。
ただ、Kの隣に立って店を見るとその店から漂う雰囲気に身震いする物が有った。
雰囲気に戸惑っているとKは何の迷いもなく、と言うよりは誘われる様に店内に入っていった。
眉をひそめながらも後を追って店内に続く。
店内は古びた雑貨や家具が所狭しと陳列されていた。
統一性が有る様な無い様な、ザックリと区分されている、と言った体で。
先を歩くKが時折キョロキョロと首を巡らせては、何かに誘われて店の奥に踏み入っていく。
店舗は外観のイメージとは逆にかなり広く、家具が姿隠しに成っている為迷路の様でも有る。
そんな中、啓介を追って歩いていると小さく声が聞こえた様な気がした。
声の出どころを探ると左脇の奥まった所からの様だ。
しかしKはそことは違う方向に向かっている。
一瞬躊躇ったが、自分に向かっての声の様な、自分にしか聞こえていない声を無視する事が出来ずに一度そちらに向かった。
背の高い箪笥の向こうに部屋が有り、その中を見て息を呑んだ。
全身の毛穴が開き、冷や汗が滲む。
寺の本堂に有るべき仏像がそこには在った。
「マジか……、マジか……、声がしたって事は……魂抜きしてない仏像かよ……」
それは正規の手順を踏んでいない仏像が骨董品として売られている、と言う事だ。
その恐ろしさ、悍ましさ、何よりも愚かしさに眩暈がする。
震える手で携帯を取り出して、お世話に成っている寺の住職に電話をして状況を説明する。
「はい、恐らく魂抜きはされてません。はい、厨子も有りません。はい、お願いします」
魂抜きのやり方など知らないし、ここで店主に“怪奇現象が起きる前に云々”など言えるはずも無い。
ここは本職にお願いと言う名の丸投げするしか無い。
俺に出来るのは心経を唱える事だけだった。
後ろめたさと怖ろしさに、足早にその場を離れてKを探しに店の奥に向かう。
店の奥を見て回ると何かを手に取って佇むKとそれを見守るふたりの友人の姿が見えた。
手に持っているのは何だろう?
何を考えこんでいるのだろう?
「Nやん、Kが真っすぐここに来て、アレを手に取ってから動かないんだけど……」
「あれ、何やってるんです?」
二人が口々に言い募るがそんな事、俺に解るはずが無い。
「さて、少し様子を見よう」
Kは懐かしむ様にソレを撫でている。
近づいて手元を見てみるとかなり古い棒の様なモノだった。
見てみると一部に柄が施された物で、何度か目にした事が有る物だった。
「あれは小柄――いや、笄か」
笄とは日本刀、打ち刀の鍔の所に仕込む小道具で、髷の手入れに使われた物だ。
謎なのは、Kが笄を懐かしんでいる事だ。
昔剣術を習っていた俺は例外として、現代人で触れた事が有るのが一体どれだけ居るだろう? と考えると不思議を通り越して不気味でも有る。
ただ、微かにKとその笄から硫黄の臭いがしている気がする。
つまり、オカルト関連なのは判る。
暫く沈黙していたKが何かに納得した様に口を開く。
「Nやん、俺を呼んでたの――こいつみたいです」
モノに呼ばれる、その意味を考えながらその意図を探る。
「呼ばれたか、ならソレはお前のなんだ?」
「分かりません、でも何か“揃った”そんな気がするんです、でもまだ足りない様な……」
揃った? まだ足りない?
笄が手元に来て揃い、それでもまだ足りない。
基本、笄は小柄と目抜きが一揃いとして扱われる。
そして物によっては頭と縁で何と言ったか、フルセットだったはずだ。
それ等とKが“揃った”と言う事はK自身との関係性が気に成る。
「ちょっと見せて貰っても良いか?」
そう言うと一瞬躊躇った後に笄を手渡される。
見ると蒔絵で美しく描かれた柄とクリーム色の棒で見るからに価値ある代物だと分かる。
眼鏡を外して肉眼で観察してみるとやはり妙な気配がする。
馴染みの無い気配に困惑する。
霊に近いが人間の念や想いが染みついた、と言う感じでも無い。
若干の呪いの気配は有るが、呪物の様な怖さも無い。
これだけ古い小道具なら付喪神の線が濃厚か?
もっとも、付喪神なんて見た事も無いから確証も無い。
更に言えば、付喪神ならKとの繋がりが見えてこない。
前世が付喪神の持ち主だった? とか考えてみるが、そもそもKと言う男の不思議な存在感が引っかかった。
臨戦態勢に成ると人間味が無いと言うか、空気が凍ったのかと思う位冷たい金属を連想させる男だった。
付喪神とは、長年大切に使われ意志が芽生えた物、と聞いた事が有る。
人間同様に、付喪神が魂持つ者ならば、もしかしたら輪廻も有りうるのだろうか?
目の前の古風なイケメンはもしかしたら、そう思うと少し面白い。
「Nやん、あの……お金貸してください」
冴えた刃の様な弟分が途端に情けない顔をしてお願いされた。
眉を曲げて値札を見ると中々な値段の札がぶら下がっている。
俺は思わず大きく溜息をついた。
「お前、俺の所で当分バイトな?」
翌日から彼をこき使う事が決定した瞬間である。
結局、Kの残りの縁は今日の所は見つからなかった。
残りは後日、と言うか当分先で有ってほしいと思わないでも無い。
そんな事を考えながら車を走らせて居るととあるアニメのモデルに成った土地に差し掛かる。
「ここも怪談とかオカルト話が多い土地だよな」
緑溢れる丘を遠目に見ながら呟くと周囲から声が上がる。
「ちょっと休憩しない? 外の空気吸いたいし」
「了解、停めれる所探すわ」
提案に従って車を寄せれる場所を探した。
何かに呼ばれてる様な、何か気に成る感覚を覚えた所に車を寄せる。
車を降りて背筋を伸ばすとボキボキと関節が鳴った。
意外と疲れが溜まっていたらしい。
さて、妙な感覚の出処が気に成って神経を集中させた。
パワースポットとかそんな感覚に近い物を感じる。
他の三人も何かを感じ取ったのか、俺の後を付いてくる。
「Nやん、この先に何が?」
Kが疑問を口にした。
「分からん。ただ、妙に気に成る」
そう言いながら少し歩くと黒いフェンスの向こうに八王子城址が見えてくる。
そこで視界に入ってきたのは若い三人の男が竹刀、いや木刀で素振りをやっている姿だった。
「ん?」
こんな夜に、こんな所で何をやってるのだろうか?
「剣道着……じゃないか、なんか時代劇みたいな……」
龍が囁く様に呟いた。
「でも、あれ幽霊……かな?」
Kが同じモノを視て疑義を唱える。
確かに、Kの言う通り幽霊と言うには性質が違う様な気がする。
そこに思念と言うか、想念と言うか、人の意思が感じられないのだ。
「あれは、多分場の記憶、かな。この城が覚えている映像が投射されてると言うか」
時折、幽霊とは別の常人には視認出来ない人の形をした、そして同じ行動を繰り返す存在が有る。
ソレ等は一定条件下で常に同じ行動を行うが、人間の魂等が無い、曰くしがたいモノだった。
なんと表現すれば良いだろう?
霧にプロジェクターで映像を投射している様な感じと言えば伝わるだろうか?
半透明で、生気も無く、ただただ映し出されるナニか。
「まあ、これだけ力が有る場所だし、有るのかも知れないな」
確かに不思議な光景を目にしたが、俺達が招かれたのは別な気がする。
確証はないが確信が有る。
俺もしくは誰かと縁が有るのはコレでは無い、と。
「ちょっと見てくるから、お前ら車見ててくれるか? 電話くれたらすぐ戻るから」
そう言い残して淡い主張する方向に向かって歩いていく。
林と言うか森、いやそもそも山か。
フェンスが途切れた所から木々の間に分け入っていく。
害意は感じない。
悪意は無い。
興味? 好奇心?
そんな感じの視線と言うのか、存在感を感じる。
街灯の明かりから外れた月明りの中、その存在感の気配が近い所まで土を踏みしめて進んでいると木の根か何かに足を取られて前のめりに転倒した。
顔を庇って手を地面に突いた。
「危ねぇ~」
そう思わず独り言を呟くと土と落ち葉に付いていた左手に何か触る物が有った。
毛むくじゃらな何か。
毛虫かムカデか?と思わず手を振って払うが指の間を縫って手首を上ってくる。
右手で追い払うが、そのナニかは掌をすり抜けた。
触れようとしても触れれない、でも左腕に絡みついている細長いナニか。
その異常事態に驚いて来た道を急いで戻った。
数分か、十数分か走って、漸く街灯の下に出て左腕を見る。
腕に絡みついているけれど、何と言うかムカデとか蜂の様な危機感を感じさせないソレを明かりの下で見る。
「なんだ? これ……」
左腕に巻き付く細長いモノを視て、驚いて声も出ない。
色は、白より少し柔らかい乳白色。
人差し指位の太さの、毛むくじゃら。
何か動物の尻尾か何かかと思ってしまう長さ。
そんな得体の知れないナニかが左腕を二周、巻き付いている。
少なくとも俺はこんな生き物を知らない。
いや、そもそも触れないコイツは生き物でも無い。
意味が分からずに混乱が極まった。
こちらから物理干渉が出来ないのに、コイツは俺の腕に物理的に干渉している。
毛皮の感触が肌に感じられる。
「意味が分からん……。ってか、コイツどっちが頭でどっちが尻尾なんだ?」
理解を振り切った状況で動揺よりも困惑の方が強く出ているらしく、そのまま足を止めて観察して考え込んでしまう。
よくよく観察してみると顔らしき物も有り、目を細めて注視すると狐顔と言うか、少し尖った形状をしている。
猫や狸のそれとは違う様に見える。
「で、結局お前は何なんだよ……」
特に危険は無さそうなのだが、違和感と異質過ぎるそれに恐れは感じてしまう。
とは言え、いくら腕を振っても、手で払おうとしても離れないソレは結局のところ溜息交じりに諦めるしか無いらしい。
何度目かの溜息の後にトボトボと歩いて車に戻った。
「Nやん、ソレなんですか?」
「なんなんだろうな? 俺にも分らん」
助手席のKが左腕のソレを凝視して声を上げる。
「「え? 何々?」」
後部座席の二人には見えていないのか、話に混ぜろと主張してくる。
「さっき一人で森に入ったら腕にコイツが絡みついてきて、しかも離れようとしないんだわ……」
「「「え? なにそれ怖い」」」
うん、お前等仲良いのな、とシンクロ率に苦笑する。
「正直俺も怖い。なんで腕に絡みついて来れるのに、俺の手は通り抜けるのかがまず分らん」
そう言うと三人共驚きの声を上げる。
いくら考えても分からない現象事象に困惑しながらも思考する事を止める事にした。
これは帰ってから調べるしかない、と開き直りつつ。
「それで、結局ソレの正体って分かったの?」
「ああ、まあ多分としか言えないけどな」
ここまでの話を聞いて謎が謎のまま放置されているので聞いてみた。
「多分、管狐と言われる妖獣かな。とは言え、俺の周りにも管狐を使役する人が居なかったから確証は無いんだけどな」
「管狐って前に言ってたなんだっけ、飯縄とは違うの?」
「ああ、飯縄は正確には動物霊、この場合は狐の霊を飯縄権現の呪法で使役する一種の式神なんだ。で、管狐ってのは、霊は霊なんだがどうも猫又とか妖狐に類する妖獣なんだと思う。まあ、証拠を提示出来ないから俺の証言しか無い訳なんだが」
断言しない辺りがNやんらしい。
不安を呷って金銭を要求したりしない。
胡散臭い霊能者とか霊媒師と違う所だ。
「管狐って私にも見えないのかな?」
でも、もし視えるなら見てみたいとも思う辺り、私も十分にオカルトマニアだと思う。
「あ、悪い。うちの管狐は手元に居ないんだ。出張中でね」
「出張中って何?」
そのおかしな言い回しに思わず笑いながら訊ねる。
「俺の大切な人達を守ってくれって、そっちに行かせてるから」
なんでこの人は自分の身を守る為にそばに置いとかないのか疑問に思ったが、それ以上の事は笑って流されてしまった。
そして、自分の為に使わない辺りがこの人らしい、とも。
「それで飯縄ってどう使う物なの?」
「ああ、あちらは“代々契約を継承する事を条件に一族の繁栄を約束する”そんな式神だな。誰かを害する呪法としてはそもそも使えないし、幸運や幸福を招く事に特化した感じ」
「それなら飯縄の持ち主の一族って大金持ちなの?」
「大金持ちの定義は有るだろうけど、比較的富裕層な一家だとは思うな。ただ、分家にまでその恩恵が有るか? と問われると微妙だからその分親族間での怨嗟は有りそうだがな? 後、きちんと継承しないと数年で没落と言うか一族郎党死滅するってデメリットが有るって聞いたな」
そう言って“怖い怖い“と首をすくめた。
「なんか極端だね、それも」
「動物霊を式神にするってそう言う事だし、な?」
「Nやんもそうなの?」
何となく目の前のお節介も同じ末路に成るのかと気に成って聞いてみた。
「あ~、どうかな? 多分俺の場合はそう言う制約は無いな。そもそも使役なんてしてないし。単純にあいつに気に入られて、対価を支払ってお願い事を聞いてもらってるだけだし、継承とか無いし。俺が死んだらまた自由に野山を散歩して、気に入った人間を見つけたら縁を結ぶんじゃないか? 多分。頭押さえつけて使役するってそう言うデメリットと言うか、リスクが有るのさ」
なんだろう、視えない私には分からない法則とか理が有って、あちら側への漠然とした恐怖を感じた。
一時はあちら側に踏み込もうとしてたのをNやんが止め続けた理由が少し見えた気がする。
砂糖もミルクも居れた珈琲が苦くて仕方がないのはぬるく成っただけじゃない気がした。
2020年、僕の掴み処のない怪談にお付き合いくださった皆様に感謝の一年と成りました。
これからも楽しく書いていきますので、皆さん頑張ってお付き合いください。
ありがとうございました。
良いお年を。




