強奪者
Nやんから聞いた話です。
「ねえねえ、Nやん。最近、Nやんが言う“迷惑な幽霊”の話って有る?」
某珈琲店でスチームミルクを覚ましながら飲んでいるNやんに問いかけた。
「ん? ん~、有るには有るが、そう面白い話じゃないぞ?」
「良いじゃん、聞かせてよ」
Nやんは頭の中で話を纏めているのか、思い出そうとしているのか、考え込んでから口を開いた。
神社に立ち寄り、それから修行時代に通い続けたお寺に十年ぶりに顔を出し、その帰り道。
灰色のビルと目に五月蠅い照明の繁華街を通って駅に向かっていると唐突の悪臭にたじろいだ。
繁華街特有のソレではない、オカルト関係のソレ。
そして、その悪臭がいつもより強いと感じた。
もしかしたら厄介な強さの霊かも知れない。
そんな事が脳裏に横切ると思わず胸ポケットに仕舞った新しいお守りに手を触れていた。
神経を高ぶらせてどこに居るか、気配を探る。
真隣! と認識した瞬間にお守りに手を当てていた右手首を掴まれた。
強烈な寒気に身震いをする。
掴まれた所から熱が奪われていく様な感覚。
体を強張らせて対応が遅れる。
もう一本の手が胸ポケットに伸びてくるのが分かる。
“触るな!”そう強く想いその手を払い除けた。
眼前には人間大の黒い靄の様な物から腕が生えている、そんな異形。
男女の区別のつかないやせ細った腕。
目当ては祈りを込めた、神様の息吹を込めてもらった“お守り”なのは判った。
そして、救いを求めている霊なのも解る。
が、おいそれとくれてやれる代物では無い。
自身が救われる為なら他者から奪っても良いと考えている輩に優しくしてやるほど優しくも甘くも無い自覚が有る。
力を込めた左手でそいつの顔を掴み、握り潰して裏路地に引きずり込む。
「お前みたいな奴が一番嫌いなんだ」
寺帰りなのに、老僧からは“もう少し大らかに成れないものかねぇ”と言われていたのに。
それでも俺は手を貸したいと思える人と思えない人の一線が有る。
こいつは後者だった。
人気も無く、アスファルトの黒とビルの灰色が辺りを一層寒々しく感じる。
頭部を握り込まれた霊は両腕を暴れさせて逃げようとする。
逃がしてやるつもりは欠片も無いのでそのまま浄化と言うよりも排除に移る。
「………………ソワカ」
真言を三度繰り返して縁深い御仏の怖い面を呼び出す。
黒い靄が薄れて人型が見える様に成った所で次の行動に出る。
「久しぶりの供物だ。食い散らかせ、急急如律令」
特に音がする訳でも無い。
特に声が聞こえるでも無い。
それでもバグンバグンと喰い千切られていく音が聞こえる様だ。
絶叫が聞こえる様でも有る。
「誰かの幸せを祈るお守りに手を出そうとした報いだ」
そう吐き捨てると改めて駅に向かい、電車に乗って家に帰った。
「あ~、瞬間湯沸かし器の逆鱗に触れた訳だね、その幽霊は」
比較的温厚と言うか、面倒見の良い方のNやんの苛烈な面を久々に見て溜息が漏れる。
「世の中には触れちゃいけない物が有るって話だな」
そう言い切るNやんの髭は牛乳の泡で白くなっていた。




