白い手
Nやんから聞いた話です。
「Nやん、こうNやんが逃げたくなる様な幽霊話とかって無いの?」
「そりゃ、四流なんだし手に負えない事も有るさ。なら俺が身震いして逃げ出した話をするかね……」
身内が入院した。
見舞いと着替えを届けに病院に向かい、車を地下駐車場に進める。
コンクリートで固められた地下には多くの車が駐車されており、左右を確認しながら徐行で進むと一番奥に空きスペースを発見した。
その一角はこの場で最も奥まって、最も暗い所だった。
光も僅かにしか届かないそこは影よりも暗い、そんな恐怖心を呼び起こさせた。
「面倒臭ぇ……」
一言ぼやいてから車を方向転換させて駐車する。
停車し、エンジンを切って顔を上げると眼前に一つの鉄扉がポツンと在った。
「これってボイラー室って訳でも無いか……、なんだ?」
その金属特有の光沢に違和感を覚える。
頭の中に視界とは別の映像が一瞬浮かぶ。
「白?」
所々に白い模様が浮かんできた。
模様は徐々に大きくなり、白いモミジの様な模様が強く浮かび上がってくる。
モミジが膨らみ、そして盛り上がる。
心臓と胃が締め上げられる様な感覚と、怖気に見舞われる。
息を呑んでる内にも次々に脳裏に浮かび上がる映像。
白いモミジは次々に大きくなっていく。
「あれは……手か?」
モミジの様な模様だと思っていたのは人間の掌だった。
白い。
純白と言うには悍ましい白い手が一つ二つ。
合計五つの掌はどんどんと大きくなり、伸びる。
手首、肘、そして肩口まで。
こちらに向かってソレが蠢く様に指先を動かしている。
招く様に、誘う様に、そして引きずり込む為に。
全身に鳥肌が立つ。
俺の内側が拒絶する。
声も出ない。
あれは駄目だ。
見ていたくない、と。
逃げ出したいのに、視線も外せずに硬直していると一台の車が飛び込んでくる。
黒い、特殊な形状の車が。
霊柩車。
白い手と霊柩車が同じ視界に映り込んだ事で理解する。
“ああ、ここ霊安室だ”と。
黒いスーツの所謂“葬儀屋さん”が霊安室のドアに手を伸ばすと白い手がそちらに反応して角度を変える。
鉄の重たいドアが開けられ、奥が見える。
幸い、手は誰にも触れなかった様だった。
吐き気を堪えながら急いで車を降りて病院内に入った。
心臓が早鐘を打つ。
胃が締め付けられる。
手で口を押えながら我慢しながらも思わず言葉が零れる。
「屍蝋の白……」
「って事が有ってな」
「うわぁ……」
Nやんが胃の辺りを抑えながら言葉を切って、私も言葉が出てこない。
「生理的に受け付けない真っ白って有るんだな……。まあ実際の屍蝋は真っ白って訳じゃないらしいけどな?」
Nやん、その知識は要らない。
「それで、その手は何だったの?」
「さあ? 知らないし知りたくない。関わりたくないとしか。あ、でも、その病院今でもやってるぞ?」
「うん、それは知りたくないかなぁ~」
珍しく正体不明で落ちも無い怖い話に私まで吐き気に襲われてしまった。




