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力ある土地

 Nやんから聞いた話です。


「Nやん、幽霊の出ない場所って有るの?」

 Nやんの話を聞く限り、幽霊は実際には珍しいモノではなくて、それを感知・認識出来るかの方が大きいのでは? と思った。

「さて、幽霊が出ない場所ってそもそも有るのか? とは思うぞ? 俺自身この世全ての幽霊が見える訳じゃないがさ。人間は多過ぎる。そしてそんな人間が全て幽霊になってたら地球は霊長の星じゃなくて。霊験の星に成ってるんじゃないか? とな」

 巧い事言った、と言う風に笑うNやんだが大して巧くも無い。

 しかし、Nやんの話で時折出る死後の世界を考えると少しだけ納得もする。

 神道では黄泉の国に、仏教では輪廻の輪。

 そこに至れない一部が幽霊として残るのかも知れない。

「なんで幽霊になるのかな?」

「さて、それは本当にそれぞれ、だろうさ。未練や執着、無自覚、混乱、色々だろうな。理不尽な死に衝撃を受けて、救われる道に踏み出せない霊は同情する」

 珍しくNやんが幽霊に同情的な言葉を吐いた。

「なんだ? 俺だって非業の死や理不尽な死に苦しむ人にまできつくは当たらないぞ?」

 心外だ、と言わんばかりに顔を顰めて珈琲を啜っている。

「話に戻るが、幽霊が出ない場所ってのはほぼ無いぞ? 幽霊が居心地悪いと感じる場所も有るには在るが、それは神域だったり特殊例だな。ああ、でも……」

 言葉の途中で何かを思い出したのか、言葉を止めて話を再開した。


「Nやん、気が付いてる?」

 霊媒体質のAが飯を食べながら口を開いた。

「ああ、なんなんだろうな? あれ。ここに引っ越してきて霊なんてほぼ見なかったのに……」

 Aを含む数人の友人と一軒家を借りてルームシェアをしていた。

 どうやらその内の一人が退院した際に持ち帰ってきたらしい。

 廊下のすみ、日が一切当たらない影の部分に引き籠る様に。

「取り合えず、後で処理しとくが……、なにも態々(わざわざ)ここに来る事も無かろうにな」

 あんまりにも間抜けと言うか、相性の悪い土地に来た幽霊に呆れてしまう。

「ん? 態々って?」

 Aが良く分からないと言う顔をする。

「そりゃこの土地が神様の力が強過ぎる土地だからな。ここ浅間せんげんって町だろ? つまり、浅間神社→木花之佐久夜毘売コノハナノサクヤビメ→富士信仰とつながる。神様の中でも最高位の正一位しょういちいだし、力ある神様の権能が地名に着いてるんだ。氏子の霊でもなきゃ、厳しいだろうな。現にほら、居心地悪そうにしてるだろ?」

 そう言って視線をその霊が居る方を向くとAも頷いた。

「ああ、だから所在無しょざいなうつむいてるのか」

「そう言う事。特に怖い神様だとは聞かないがな。それでも日本神話の初期勢の神様だからな、くっ付いてきた物の恐れ多い場所で縮こまってるしかないんだろうさ」

 何とも言えない間抜けさに失笑してしまう。

 悪霊の類では無いのだが、居心地が悪くて人間にくっ付いて病院を出てみたら引くほど偉い人の庭に紛れ込んで立ちすくんでる。

 コントかギャグの類にしか感じられない。

「それで処理って?」

 暗に“あの幽霊を殺すのか?”と問われる。

「いや、浅間から連れ出すだけで良いだろう。間抜けな奴だし、これだけ神威しんいに晒されたんだ、幽霊でも肝が冷えたろうさ。大人しくあの世に行くだろう」

「珍しい」

 意外そうに、そして不気味そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 心外とまでは言わないが、その扱いは若干不本意ではある。

「俺だって闇雲に当たり散らしてる訳では無いんだが?」

「ダウト! “幽霊には同情しない”が身上の癖に」

 Aの言葉にため息が漏れる。

 どうやらそう言う目で見られていたらしい。

「正確には“悪霊には同情しない”なんだがな?」

 ご馳走様と食後の挨拶をして、夕食を終えて席を立つ。

「まあ、そんな訳で……お前さん出ていけ」

 そう言って暗がりで俯き立ち竦む霊を掴んで車に押し込み浅間の町を出た所で放り出す。


「ん? それで?」

「それだけだが?」

 どうやらNやんは神域に近い土地で途方に暮れる霊を追い出す形で自由にした、と言う事らしい。

「幽霊を自由にさせたって事だよね?」

「ああ、特に悪霊って類でも無かったし。その内に行くべき所に行くと思ったし、な」

 似合わないと言うか、普段の言動と違った印象に少し戸惑う。

 いや、基本的にはメンドクサイと言いながらも面倒見の良い所もあるにはあるのだけど。

 やっぱりこの人は変な人だと改めて認識した。


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