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地蔵菩薩もしくは道祖神

 Nやんから聞いた話です。


「お地蔵様ってなんであんなに至る所にあるの?」

 前々から気になっていた事をNやんに投げかけてみた。

「いや、だからな? 俺は仏門の人間じゃないからな? 詳しく知ってる訳ないだろ?」

「あ~、やっぱり?」

「知ってる事なんて、旅人が行き倒れてそれをいたんで据えられる場合と、口減らしとか飢饉で子供が犠牲になった所に地蔵が置かれる事がある、位だぞ?」

「うん、その話の時点で怖い話だよね?」

「そうだな。あ、口減らしで思い出した。こんな事が昔あったな……」

 おもむろにNやんが昔話を始めた。

 この人の昔話が普通の昔話じゃない、そしてそれは私の大好物でもある。


 霊媒体質の友人Aとお伊勢参りと愛・地球博を着物姿で周り、散々写真を撮られて遊び疲れ、帰りの車中。

「このまま高速乗って良いか?」

 夕食を済ませて後は東京に帰るだけ、と言う段階で念の為Aに声を掛ける。

「ん~、この時間から走っても明け方に成るし、下道で走って朝美味しい蕎麦でも食べて帰らない?」

 どうやらコヤツはまだまだ遊び足りないらしい。

「そうは言うが、お前蕎麦屋に行ったら酒飲むじゃん。全行程俺が運転するんだろ? それ」

 夕食時に既に呑んでいる時点で期待は出来なかったが、ここに至っても遊び人の気質は前面に出るらしい。

「まあまあ、ナビはきちんとするからさ」

 そう明るく笑ってAは後部座席のMAPを引っ張り出してきて道程を確認する。

 下道を走るなら一度車を寄せて、下手に動かない方が良い。

 そう考えて車を路肩に寄せる。

 Aは指でMAPの国道をなぞって走りやすそうな道を探していた。

「うっ!」

 しばらく道探しをしていたAが突然うめき声を上げた。

「どした?」

「右近……、これ……」

 そう言ってページが開かれたMAPを俺に差し出した。

 良く分からないが見ろと言う事らしい。

 そのまま視線をMAPに落とすとAの人差し指が指している所に目が行った。

 愛知県からは離れている。

「ん? このルートで? 遠回り過ぎないか?」

 そう声を上げた所で指した箇所の意味が理解出来た。

 出来てしまった。

 “子捨山”

「マジか……」

 あまりにあまりにも、な地名にこちらもうめき声を上げる。

 言葉の響きから子供を捨てた逸話が有る土地なのが判る。

「残ってるもんだなぁ……、取り合えずそのルートは使わないからな?」

「分かってる、ここは近寄ったら酷い目に合いそうだ」

 そう呟いて大人しく、分かりやすい国道を使って東京を目指す事にする。


 車を発進させて数分。

 全身に悪寒が走る。

 車内に硫黄によく似た臭いが充満する。

 拙い。

 酷く拙い。

 助手席をちらりと見るとAが青い顔をして両手を握っている。

 どこか安全な所に車を止めて対処しなければならない。

 そう判断して辺りを見回す。

 目に飛び込んでくるのは行きかう車、川、灰色と赤、信号、コンビニ。

 急いでコンビニに車を入れてエンジンを止める。

 “さてどうした物か“そう考えていると車内に声が飛び込んでくる。

 猫の鳴き声?

 違う、複数無数の赤ん坊の泣き声。

 狭いミニクーパーの車内に徐々に大きくなる声。

 直ぐに、鼓膜ではなく頭に響いているのが判る。

 耳の奥が痛い。

 いや、痛いのは脳だ。

 数十、数百の子供の霊が集まっている。

 駄目だ、これだけの数は手に負えない。

 ましてや、救われない、彷徨う事しか出来ない魂達に呼びかけるなんて高僧でも無けりゃ無理だ。

「えっと、こんな時どうしたら良い? 師匠は何て言っていた……」

 目を閉じて考える。

 頭の中に響く泣き声の大合唱で思考が阻害される。

 脳裏に浮かんだのは、三途の河原で石を積む子供と寄り添い仏道を説く優しい地蔵。

「そうだ、地蔵菩薩!」

 ガラケーを操作して地蔵菩薩の真言を調べると連鎖的に地蔵菩薩の印も思い出す。

「親より先に逝った、親孝行の徳を得られず輪廻の輪に戻れなかった子供に救いの手を差し伸べる菩薩、其の名は地蔵菩薩」

 印を結び、真言を唱える。

 一度、三度、九度……。

 隣では頭を抱えて涙を流すAの姿が横目に見て取れる。

 こうなりゃ根競べ。

 そう気合を入れて繰り返し繰り返し真言を唱え続ける。

 泣き声と一緒にペチペチと、赤子の掌が顔や体、車内を叩く音が溢れる。

 ンギャー、ンギャー。

 ペチペチペチペチ。

 マー、アー。

 思念も無い、ただ孤独感だけに染まった想いに圧し潰されそうだ。


 腕が痺れ、喉が枯れ果てた所で泣き声が弱まり、徐々に薄れていく。

 目を開けて顔を上げると視界の端、濃紺の先に微かな赤みが混じっているのが分かる。

 そのまま完全に泣き声が止むまで真言を繰り返し、漸く完全に収まった頃には太陽が顔を覗かせていた。

 気力、体力、そして内側の力も使い果たして体が重たい。

 空腹感も有ったが、歩く元気は無かった。

「疲れた……、後任せた、俺は寝る……」

 運転席から無理やり後部座席に移動して背中を丸めて目を閉じた。

 赤子の想い。

 人間の情念は意外と強い。

 特に小さな子供は理屈抜きに”想いの純度が高く、重い”と感じる。

 人は鬼にも悪魔にも、神にも成れる。

 そんな片鱗を見た気がした。


「それでお地蔵さんに助けられたって事で良いの?」

「そうだな、まあ呼び水がそもそも近くに有ったお地蔵さんだったから、貰い事故で相手が良い人だったって感じだがな?」

 そう言って身も蓋もないと言うか、罰当たりな事をNやんはぼやいて冷めた珈琲を呷り、苦い顔をする。

「そうそう、あれから調べてみたんだけど……子捨山って名前が地図から見つけられなくなったんだよな~」

 Nやんはそう一言呟いて口を堅く結んだ。

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