表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/54

見る事、視える事

 Nやんから聞いた話です。


 照り付ける日差しに苦笑しながら眼前でNやんがクラッシュアイスの珈琲を飲んで涼んでいる。

 少し疲れ気味の様子が見て取れた。

「Nやん夏バテ?」

「ああ、いや、ちょっと昨日バタバタしてな……」

「仕事忙しかったの?」

「いや、仕事じゃないし忙しくも無かったぞ、難しかったけどな」

 どう言う意味だろう? と首をかしげているとNやんが続けて口を開いた。

「あまり公言するのも問題な気もするんだがな?」


「Nやん、ちょっと相談したい事があるんだ」

「ん? どうした? 藪から棒に」

「ああ、俺の姪っ子の事なんだが」

 俺に姪っ子の事で相談と成ると厄介事一択である。

「警察には相談したのか?」

「あ、いや、そっちじゃなくて……、お前の変な世界側の相談で」

 ん? ストーカー案件の相談ではなく、オカルト関係の相談らしい。

 正直意外だった。

 オカルトに懐疑的と言うか否定的な友人からの話題だったから。

「お前の家って、視える家系だったか?」

「いや、家はそんな話は無いな。本当かどうか分らんが、姉貴の旦那の家系ではちょこちょこ有ったらしいけど」

 どうやらそちらの家系の血らしい。

「それで? 相談ってなんだよ?」

「ああ、姪が、な? 頻繁に幽霊を見るって言いだしてノイローゼ気味になって、俺の所にも話が回ってきた。で、お前に相談した方が良いだろうと」

 電話越しに聞こえる友人の声は半信半疑ながら困っている、と言う声色だ。

 奴自身、オカルトには懐疑的だし、当然自然な事だと思う。

 多くの人に認知されていない事象と直面する人間の肩身の狭さと、立つ瀬の無さを改めて思い知らされる。

「視てみなきゃなんも分らんさ。で? 俺にどうしろって?」

「ああ、本当に見えてるならどうにかして欲しい」

 まあ、視えているか否かは確かめなきゃならないが、この言葉の温度から考えるとあまり好ましくない状況なのが判る。

「分かった、まず会おう」

 そう応じて友人の姪に会う事にした。


 数日後久しぶりに顔を見た友人とその友人の方に手を置く女性、そして顔色を悪くしている十代の娘さんと対面した。

 これは深刻だ、と素直に思った。

 そして彼女の視線と挙動から視えているのは確定。

 思わず大きなため息を吐いてしまったのは仕方がないと思う。

「この娘が姪御めいごさんだな。はじめまして、この叔父おじさんの友達のNもりみやです。怖い想いして来たんだね、それと嫌なモノを見せられてきたね」

 顔を青褪めさせた少女に出来るだけ穏やかに話しかける。

 その表情からは突然の開眼に戸惑いを通り越して大混乱し、慄いていると言った感じだろう。

 相談内容は“どうにかして欲しい”だが、具体的にどうしたいかを聞く事から始めなければならない。

「こんな真夏の日中に外で話してたら身が持たない、取り合えずどこか入ろうか。話の内容が内容だからカラオケBOXの方が良いかも知れない」

 そう言って場所移動を提案。

 視界に入っていたカラオケBOXを指さして移動を開始する。

 移動しながら友人の隣に立ち、小声で忠告する。

「お前はさっさとその女の所に行け。姪っ子にまで露見してるんだ、一度だけ見逃してやる。さっさと終わらせて来い」

 そう言うと友人は絶句して足を止める。

「なっ何の事だ?」

「お前の嫁さんとも俺は面識有るんだが? 会社の後輩か? 俺の仕事と性格は知ってるよな?」

 そう言うとオロオロしながら姪っ子に言い訳をして足早に退散していった。

 仲介者の突然の離脱に困惑しつつもどこかホッとしている少女に同情してしまう。

「大人の汚い所まで見せてしまったね。申し訳なく思うよ」

「あ、いえ……、Nさんが謝る事では」

「まあ、そうなんだが。しかし仲介者が積極的に君を怖がらせてるってのがなぁ」

 そう苦笑してみせると彼女も苦笑した。


 冷房の効いた部屋に入り、飲み物が揃った所で改めて話を聞く事にする。

「色々と聞かないと分からない事もあるんだけど、まずは大変だったね。変なモノは視るし、変な人に見られるからね」

 自身の経験も踏まえて、急に見える様になった人間の息苦しさに理解を示した。

 その言葉に俯いて小さく“はい”と彼女は応えた。

「少なくとも俺は君の言葉を頭ごなしに否定なんかしないから、君が苦しんだ事を話してくれるかい?」

「えっと……、何から話したら良いか」

「時系列なんか気にしないで良い。吐き出すつもりで思い出せる事を全部言ってしまえば良いんだよ」

 そう言うと彼女は訥々(とつとつ)と、そして徐々に勢い任せに自身が見てきたものを語り始めた。

 曰く、一年近く前から見える様になり、どんどんと視える数が増えていった事、事故や自殺、時折もっと酷い死に方をしたと思う霊を見るようになった事。

 それらに怯えて逃げたら霊に追われた事もあるらしい。

 最近では家の中にまで霊が侵食してきて、自室ですら安心出来なくなってしまった事。

 寝ている間にも、室内で悪さをされる事がある等、相当に追い詰められているのが言葉選びからも伝わってくる。

 事故でボロボロになったままの姿だったり、自殺した時の鬱々とした無念さを滲ませた姿だったり、害されて理不尽にも命を落とした憎しみをたたえた姿だったり、と。

 年若い人間が耐えるには厳しいモノを見続けたのだろう。

 唐突にそんな世界に直面した若者に同情してしまう。

「確かに厄介で、心休まらない毎日に成ってしまったね」

「あの……、どうしたら良いでしょう?」

「どうしたら、か。難しい問題だし、難しい選択に成るね。どの選択肢も一長一短が有るが、まず説明するからよく考えてみてほしい」

 前置きをしてから彼女が選べる選択肢を上げていく。

「まず一つ目は霊的なモノを見ない様に君の見鬼けんきさいを封じる事、ただし見なくて済むメリットと同時に、本当に不味いモノにも気が付かないってデメリットがある。二つ目、俺達同様に慣れる事、こちらは慣れるまでの期間に相当ストレスを溜めるし、精神的にキツい。三つ目は霊的なモノに対抗出来る力を身に着けて“恐れる必要もない”と開き直る事、これもそれなりに修行に時間がかかるってデメリットがある。全くもって、君は少しも悪くないのに、理不尽な話だね」

 真剣な顔をして説明を聞く少女の表情は、全てを聞き終えてもあまり良くはなっていない。

 それはそうだ、自分が悪い訳でもないのに怖い想いをし続ける事を簡単に納得する事なんて出来るはずが無いのだから。

「個人的には一つ目と三つ目の良い所取りをしたいがね? 例えば君が成人するまでは怖いモノを見ない様に封印してしまって、心が大人になってから対抗出来る様にトレーニングするのが無理とリスクが少ないとは思う」

 我ながら胡散臭い事を喋ってると自嘲してしまう。

 それでも目の前で怯える人を見殺しにするのは出来そうにない。

「あの、それはお金かかりますか?」

 その問いに思わず吹き出してしまう。

「いやいや、子供からお金を取る真似はしないし、そもそも霊能者とか霊媒師とかやってないし」

「え? Nさんは霊能者だって聞きましたけど?」

 どうやら友人はざっくりとした説明しかしていなかったらしい。

 最も、俺を説明するのは自分でも難しいとも思う。

「なんて言うのかな、能力的には三流に届かない程度だから、商売には出来んさ。時折身の回りの人の相談位には乗るがね?」

 三流以下と言った所で少女が少しだけ不安の色を濃くした。

「怖いモノを視る目を封じるのなら、俺の力は関係無いぞ? むしろ君自身の力で安定的に封印し続ける形に成る。それで、どうする?」

 少女は一度強く目をつむり、顔を上げた。


「時間がかかってごめんな? 道具を揃えるのに時間が掛かった」

 金属の塊を包んだ風呂敷を片手に少女の自宅へを赴き、挨拶をする。

 少女の両親と友人も揃い、立会いの下で目の封印を行った。

 彼女の家は一軒家で、和室に案内される。

 仏間でも有るらしい和室には仏壇もあり、元は祖父母の部屋だったとの事。

「よろしくお願いいたします」

 痛む膝に無理をさせて正座をし、一同に挨拶をして何をするかを説明する。

「まず、怖いモノを視てしまう事だけを止める儀式を行います。特に危険な事も有りませんし緊張しないでください」

 そう伝えて風呂敷から太い鎖と青錆が浮いた南京錠を取り出した。

 それから購入したばかりの瞬間接着剤を取り出して友人を近くに座らせる。

「ちょっと手を出せ」

「あ、ああ……」

 友人の親指に数滴、接着剤を垂らして親指と人差し指をくっつけて輪を作らせる。

 それから少女にくっついた指を剝させる。

「固いと言うよりも頑丈にくっついてるね、その感覚を覚えておいて貰えるかい? それから……」

 そう言って少女の眉間に指をあてる。

「ここが君を悩ませる視える場所だ、正確にはもっと奥だけど。目を閉じて俺の指先の奥に瞼があるのを思い浮かべてごらん。頭の中の瞼をギュッと閉じてごらん。もっと強く。イメージが難しいね、なら両目ももっと強く閉じてごらん。そう、頭の中の瞼を固く閉じて。さっきの瞬間接着剤でぴったりくっついた指と同じ位強く閉じてごらん。それから……」

 途中で言葉を区切って鎖を取り出して少女の両手の上に這わせる。

「ここに重たい鎖があるね、この鎖で瞼をくるんでご覧。出来たら今度はこの南京錠だ、これは江戸時代、西暦で言うと千八百六十八年、今から百六十年以上前に作られて、今でも現役で固く扉を閉められる強さを持っている物だ。南京錠で鎖をくくって瞼を封印するんだ。出来たかい?」

 金属の重みと百年を超える歳月を意識させて、少女の中のイメージを補強していく。

 人間の内的な力は想像力、イメージに決定的に左右される。

 その力を引きずり出すには重たい空気や明確な物があった方が補強し易い。

 態々この為にいくつもの古美術店を回って厳つい南京錠を探してきたのだ。

 両の手の重みと本来、体に無い想像上の瞼を閉じるイメージに疲労が溜まってきたのが見て取れる。

 ここで最後のダメ押しを行う。

 神道で用いられる大祓詞おおはらえことばをPDFプリントした物を内ポケットから出して読み上げる。

 出来るだけ荘厳に、神々の物語を連想させる様に力を込めて読み上げる。

 十分ほどの時間を掛けて読み終えると少女の手から鎖と南京錠を取って風呂敷の上に置く。

「お疲れ様でした。これで君の眼は封じられた。そして君が自分の意思で眼を開かない限り怖いモノを視る事は無いだろう。疲れただろうね、取り合えず金属を触っていたから手を洗っておいで」

 そう促すと少女は痺れた足を引きずる様に部屋を出て行った。

 部屋から出て行った事を確認して、彼女の両親に話しかける。

「怪しいのは重々承知でいます。ただこれ等は怖いモノを視ると言う彼女が区切りを付ける為に必要だったと考えてください。そして、出来れば近日中に眼科にも連れて行ってあげてください。“変なモノを視る”が目の怪我だったら大変ですから」

 そう告げて退去の準備をして、少女の実家を辞した。


「えっ、ここで終わり?」

「そりゃ三日前の話だからな。後日談とか経過報告が来るのはまだ先だろうさ」

「その後はノーフォロー?」

「まあ、視た感じ五年は保ちそうだしな」

 そう言ってカラリとNやんは笑って残りの珈琲を啜った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ