並走
Nやんから聞いた話です。
「Nやんの話って心霊系が多いけど、都市伝説とかって聞いた事無いよね」
「ん~、まああまり経験無いからな。あ、でも一つだけ有るか」
「あ、有るんだ、聞かせてよ」
Nやんは記憶を掘り返すように居酒屋の天井を仰ぎ見てから口を開いた。
塾の帰り道、自転車を飛ばして家まで後1㎞程の距離、畑と栗林の間の薄暗い道を走っていた。
真夏の夜、蒸し暑さも風を切って走ると爽快で心地良さで勉強で鬱々とした気分を洗い落としていた。
カシュカシュカシュ。
自転車の後方から変な音が聞こえた。
不審に思い、ペダルを漕ぎながら後ろを振り返るが見えるのは薄闇だけ。
首を傾げて自転車のペースを上げた。
ハッハッハッ。
今度はもっと近い所で呼吸音と言うのか、犬特有の息使いが聞こえてきた。
その近さに驚き更にペースを上げるが、その音がどんどん近付いてくる。
野良犬の話は聞いた事は無かったが、噛まれでもしたら嫌なので慌てて家に帰る事にする。
マウンテンバイクを真剣に漕ぐがジワジワと犬が追い付いてきているのが分かって焦る。
「何で付いてくるんだよ……」
動揺から思った事が口をついて出た。
徐々に近付き、そしてもう直ぐ側にまで来た所で立ち漕ぎにして全速力で逃げる。
それでも犬は付いてくるどころか、遂に並走されてしまった。
いくら子供とは言え、立ち漕ぎのペースに並ばれるものか? と思いながらすぐ脇を走る犬の方を見てみた。
大型犬、それもTVで見たドーベルマンの様なスラっとした、それでいて筋肉が見て取れる体躯に本気でビビった。
子供が連想する怖い犬ナンバーワンだろう。
なのに、何故だろう? 一瞬「犬?」と頭の上に“?”が浮かぶ。
その違和感には直ぐに気が付いた。
「鼻が無い?」
並走する大型犬の顔が妙に小さいと言うか短い。
その不気味な横姿に鳥肌が立つ。
早く逃げたいと思い必死にペダルを踏むが、同時に犬が気になって横目で見続けてしまう。
すると突然、その犬が首を回してこちらを向いた。
眉毛が有り、赤い目玉に低い鼻、そしていやらしく歪む唇。
「人面犬?」
都市伝説で一世を風靡した奇怪生物が2m範囲に居た。
人間の顔をした大型犬、その悍ましさに声が漏れる。
「ひっ」
こちらの動揺、そして震撼ぶりに気を良くしたのだろうか?
人面犬はその走る速度を上げて走り去っていった。
立ち漕ぎのペースが恐怖で落ち、尻をサドルに落とす。
視界からも数秒で消え去った後、思ったのは単純だった。
「前に進むのが怖い……」
自分の家はもうすぐ近くだ。
帰る為には進まなければならない。
同時に、それは人面犬との距離を縮める事に成る気がしてペダルが重い。
早く帰りたいのに急げない、そんな葛藤にさいなまれてのろのろと家路についた。
「Nやん、物凄く気持ちが悪い話なんだけど……」
「聞いてきたのはお前だ馬鹿」
Nやんの“悪いのはお前だろ”という視線が痛い。
そして思う。
Nやんのオカルトの幅がまた広がった、と。




