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首を垂れる

怪談凸の際に宣言した通り、投稿いたします。

「Nやん、生霊って厄介って言うけど、そんなに怖い物なの?」

「ん~、必ずしも悪い物では無いのは前に話したよな? 「今何してるかな? あ、電話掛かってきた!」って恋人間、家族間で有る生霊未満の交感。これ以外だと、まあレアケースになるとは思うな」

「レアケースって事は、何か知ってるんだよね?」

 小洒落たオーセンティックバーのカウンター。

 Nやんの趣味で訪れた、オカルト話がどこまでも似つかわしくない店だった。

 グラスを傾けながら葉巻をくゆらせるNやんはどう話そうかと思案している様だった。

 髭を生やした顎をトントンと指先で軽く叩いてから彼は口を開いた。


「引っ越ししようと思ってさ、お前ちょっと部屋見てくれね?」

 頭が残念な友人から突拍子もない事を電話口で言われた。

 自室で寛いでいる時に、聞きたい声と言うか、話したい相手でも無いなと思いつつ電話に出ると、相も変わらず残念な要件だった。

「で? また事故物件か?」

「ああ、3つ候補が有って、どれが良いか、Nやんに聞いておこうかと思ってよ」

 残念な友人からの残念なオーダーに電話を切りそうになる。

「面倒臭い、毎回毎回事故物件に引っ越す意味が分からん」

「だって安いし面白いだろ?」

「分からんし分かりたくない」

 頭の中にカニ味噌でも詰まってるのではなかろうか?

 本気で疑いたくなる思考回路だが、本人も本物の危険は避けたいらしい。

 一度本気で怖い思いをすれば良いとは思う物の、端っこの隅とは言え友人に危険な物件を進める訳にもいかない。

 無念である。

「わざわざお前の引っ越し先巡りに付き合うつもりはないぞ?」

「ああ、資料は貰ってるから、それで良いぞ」

 そう言い終え、引っ越し先候補の書類を持って来ると一方的に電話を切られる。

 居留守を使うか、外出してしまおうかとも思ったが、後が面倒なので大人しく待つ事にする。


「おう、お待たせー」

 待ちたくて待っていた訳でも無いが、仕方なく穏当な対応をして部屋に招き入れる。

 招き入れた友人は、顔色も悪く少しやつれている様な疲れた顔をしていた。

「で? 今度はどんな部屋なんだ?」

「それはお前に見て貰わんと分からん」

 そう言ってテーブルの上に複数の写真と間取り図を並べていく。

「こいつが一件目、こいつが二件目、で、こっちが三件目だな」

 それぞれ四、五枚の写真が添付された物を一軒一軒見分していく。

 一件目から早速、眉間に皺が寄るのが自分でも分かる。

 取り敢えず三件とも見てから口を開く。

「お前は馬鹿か? 一件目と三件目は止めろ。二件目もお薦めはしないけど、それでも他のよりはましだ」

「へー、一件目と三件目はそんなに悪いのか?」

 それぞれの物件の写真を抜いて並べる。

「この写真とこっちの写真、少し遠目に見てみろ。カメラを覗き込んでる瞳が写ってるのは分かるか? こいつ等は意識ある霊だ、それとどちらも自殺した事故物件だろ?」

「流石、お前写真だけで良く分かるな?」

「その位は俺程度でも分かる。厄介なのは、写真越しにこっちを見てるって事だ。悪い事は言わないから止めとけ」

 そう言って、特に危険な写真を灰皿に乗せて、力を込めた生米を乗せてから火を点ける。

「おいおい、勝手に燃やすなよ」

「煩い、こんな面倒な物持ち込まれても困るんだ。何が悲しくて厄介な霊を俺の家に呼ばなきゃならんのだ」

 先程から、どちらの写真も、写真のフレーム部分に指が写り始めると言う変化が起きていた。

 つまり、写真を通して出て来ようとしていた訳だ。

 こんな物は早々に処分するに限る。


「で、だ。お前は今の所から引っ越さずに大人しくしとく事をお勧めする。理由は想像つくが、それよりも重大な問題抱えてるぞ? お前」

「問題?」

「お前まだ未練あるんだろ? 今のお前の顔はストーカーのそれだぞ?」

「ストーカーって、俺あいつに近寄りもしてないぞ?」

 この馬鹿はこの間、職場の先輩に無理矢理誘われて合コンに数合わせで連行されて、それがバレて恋人と喧嘩になって振られた。

 相当に詰め寄られて謝り倒していたが、結局口論になったのは聞いている。

「良いか? 間違っても彼女ってか元彼女の事を連想した時に足を踏み出すなよ? 連想したら速攻で食い物の事を考えて、食いたいと思った物を我慢せずに食いに行け」

「なんで食い物の話に成るんだよ?」

「お前が今にも生霊を飛ばしかねないからだよ、馬鹿」

 罪悪感なのか執着心なのか、良くない顔をしていると感じて釘を刺す。

 人間なんて単純なもので、執着の矛先を変えるだけで早々おかしな行動は取らない物だ。

 特に“好きな飯を食いたい”と言う欲望を感じている内は生霊など飛ばさない。

 普通なんて物を語る事も出来ないが、いまだに惚れている誰かを苦しめる様な想いは誰も幸福に成らない代物だ。

 そんな精神状態の人間が自殺系事故物件で、しかもこちらを認識する霊が居る所に住めば引き込まれるのは目に見えている。

 それらを説明して、持ち込まれた厄介事の後処理をする為にヤツを追い出した。


 数日後、何故か分からないが、数回顔を合した程度のヤツの元彼女から連絡が入ったのは驚いた。

 いや、驚いたと言うか、やっぱりか、と言う感情の方が強かった気がする。

「やっぱり何か仕出かしましたか……」

「あ、いえ……、あの……時折、職場とか色々な所で頭を下げる彼の姿が一瞬見える事が続いて……」

 その言葉に少し意外に思った。

 執着の発露が謝罪の形だったからだ。

 想いの根っこが恨みつらみでは無かった事が、だ。

 とは言え、あれだけ言ったにもかかわらず生霊を飛ばした友人には呆れても居たが。


「とまあ、こんな話が有ってな?」

「え? それで終わり? その後どうなったの?」

 Nやんが話を切り上げた所で、不満に思って続きを求めた。

 結局、事故物件の話も生霊の話も中途半端だと感じたから。

「ん? 明日、そいつらの結婚式って言えば納得するか?」

 小さく笑ってNやんはグラスを傾けた。

 何と言うか、呆れ半分感心半分、と言う様な笑顔を浮かべて。

「これって良い生霊の話?」

「いや、こんな都合良く復縁に至るなんてレアケースもレアケース、宝くじ並みに無い話だと思うぞ?」

 Nやんは、身も蓋も無い言葉で断じた。

 確かに、もう一度話をしても良いと彼女さん側が思ったのが良く分からない。

 きっとNやんが口添えをしたのだろうと思う。

 悪態をつく割に意外と面倒見が良い人だから。

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