生霊
Nやんから聞いた話です。
「生霊って厄介だって聞くけど、実際の所どうなの?」
よく怪談話に出て来る霊能者が生霊は祓い難いと語られている事を思い出して、Nやんに聞いてみた。
「そうだな、面倒って意味で厄介だな。悪霊なら祓うか清めるか焼くか出来るけど、生霊は際限が無いから、手間が掛かるのは事実だな」
「やっぱりそうなんだ? Nやんも手を焼くんだ?」
「そりゃ、生霊なんて払っても何度でも舞い戻ってくるから、繰り返しになるし、根本的な解決には成らないからな」
そう言われて以前Nやんにお願いした事を思い出した。
その時の顛末は結局教えて貰ってなかったし、どんな対処をしたのかを改めて聞いてみた。
知人と酒を飲んでいた時に、その肩に生霊がしがみ付いていた事が有った。
生霊と悪霊の区別だが、生霊の場合は極々細い糸の様な物がどこかに伸びている点だろうか。
オカルト的には“パスが繋がっている“と言うヤツだ。
悪霊の場合はそれが切れている為、生者ではないと判断出来る。
ただ、厄介なのは、生霊は祓っても祓っても、何度でも執着する相手にしがみ付きに来る事と、いつでもくっ付いている訳でも無い事だろう。
憑いていなければ残り香の様な物を感じる程度に留まってしまう。
知人の場合はばっちり憑いていたから分かっただけだが。
職業柄、そう言った手合いを見つけるのは得意だ。
飲みの席をお開きにして、依頼の合間に知人を尾行してみる事にした。
連日の尾行は仕事に支障が出る為に、飛び飛びで行った。
そして数日目かの尾行で、知人の肩にしがみ付いていた生霊と同じ顔をした男を見つけた。
カメラでストーカー行為を記録し、知人が家に入ったのを確認した所でストーカーも自宅に戻っていった。
ストーカーをストーキングして住居を特定し、別日に朝の通勤を尾行し職場を特定する。
何度目かのストーカー行為を記録したが、物凄く面倒だった。
それは目の前でストーカーを尾行しているのだが、時折、知人の至近距離に居たりして慌てる事も多かった。
俗に言う、執着心と言う物が有る一定の域を超えると生霊が発生するのだと思う。
そしてそれは本人も無意識で、何よりも無自覚なのが話をややこしくする。
単純にストーカーを注意しただけでは解決しない。
そもそも、ストーカー自体が“会話が成立しない”事の方が多い。
無自覚な迷惑行為は注意しても無意味でもある。
当人にも止められないのだから。
時折、生霊を除霊した時の事を知覚する人間も居ると聞く。
霊媒師や霊能者として活動をしていない俺は噂程度でしか知らない事象では有るが。
兎に角、生霊でもストーカーでも、被害者が怯え、泣くと言うのは理不尽極まりない話だ。
個人を特定してしまえば、後はいつもの仕事と同じ段取りで対処が出来る。
つまり、意中の相手に関わると怖い思いをする事を認識させる訳だ。
この辺りはオカルトとは関係ないから割愛するが、な?
「ああ、その節はありがとうございました」
「いやいや、片手間で申し訳無いがな? お前さんは無自覚だったから勝手にやっただけだし」
そう言ってNやんは照れて笑った。
「ストーカーで生霊ってNやんも大忙しだね」
「いや、あっちの仕事はしてないから、慣れてるさ」
「でも、ストーカーがこれだけ多いと、生霊も多いって事だよね?」
「まあ、な。でも、生霊その物は昔からある話だからな」
そう言うとNやんはテーブルの紙ナプキンを一枚引き抜いて、ボールペンで何かを書き始めた。
その文字をのぞき込むとこう書いてあった。
“ろくろ首“と。
「ろくろ首って、昔話とか妖怪話の?」
「そうだな、ろくろ首ってのは“生霊を飛ばした人間”の事なんだよ」
「え?」
予想外な所に話が飛んだ事に驚いた。
「不思議な事にな、その男もお前さんに生霊を飛ばしてる時には不自然な形に首を伸ばしてたんだよ。勿論1mも2mも伸びてないぞ? なんて表現するかな? ああ、今お前さんがした様に、覗き込もうと首を伸ばす感じだな」
「どう言う事?」
「つまり、無意識に覗き見したいって思って、首を伸ばした姿勢を生霊を飛ばす人間もする。それを昔の人は面白がって首を伸ばした妖怪として描いた、って事だな」
相変わらずNやんの話は現実の事件とオカルト話と怪談話を往復する。
「だからな? 男で相手の手元を覗き込もうと首を伸ばす癖がある人間には要注意って話だな。必ずしもストーカー気質とは言わないが、覗き見をナチュラルにする人間はちょっと、な?」
そう言って注意点を上げられた。
確かに、以前渡されたストーカーの資料の相手は私が仕事関係で知り合った男の人で、良く私の手元のメモ等を覗き見ていた事を思い出した。
「Nやん、その注意点はもっと早く教えて欲しかったな?」
そう苦言を漏らすとNやんは眉間に皺を寄せて少し考えて「そうだな、すまん」と短く謝罪した。
生霊。
ストーカー。
今夜のお酒は苦くて美味しくなくなった気がした。




