石の記憶
Nやんから聞いた話です。
「よく、河原の石を持ち帰るなって言うけど、あれってどう言う意味なの?」
「ん~、説明が難しいと言うか、理屈なんて俺も理解して無いんだけどな? 多分って話しか出来ないが良いか?」
「うん、教えて」
「よし、なら目を閉じて右手に石を握ってる事を想像しながら聞け」
真夏、家族で遠出して河原BBQをしに行った。
家族五人で、食材や炭など大量の荷物を積んで。
目的地の秩父に到着し、BBQの用意の前に大玉のスイカを川に沈めて冷やす。
その後は全員で竈を作ったり、肉を切り分けたりと和気藹々と楽しい時間を過ごした。
真夏の暑さも忘れて大笑いしながらのBBQは本当に楽しかった。
「そろそろスイカも冷えてるんじゃないか?」
兄の言葉に頷いて川の方を向くと石の間にポコンと丸い物が視界に入った。
「ん? スイカってあんな所においてたっけ? ってか沈めたよな? 俺……」
目を細めてその丸いモノを見ると濡れて黒々とした髪が張り付いた女の頭だった。
全身が総毛立ち、不快感に襲われる。
その濡れた髪の間からはグズグズに潰れた肉やはみ出た目玉すら見えた気がした。
「悪い兄貴、ちょっと気持ち悪いからスイカ取って来てくれるか?」
実兄にスイカの回収を頼んだ。
目を閉じて、腰掛けた石、そして周囲に意識を向ける。
真っ暗になった視界の中の、随分と遠くに小さく映像が見えた。
意識を集中してその映像を手繰り寄せる。
映像を掴むまでに数分の時間を要した。
昔話に出てきそうな山々と整備されていない河原。
雲に覆われて、灰色に沈んだ空。
降り頻る大粒の雨。
上流から轟音と共に流れ込んで来る大量の水。
その中に流され溺れた人影。
その内の一人が河原の大きな岩に叩き付けられた。
ぶつかり、削られ、千切れ……。
「ああ、そうか……。鉄砲水の記憶か……」
つまり、俺の目に映ったのはその鉄砲水に流された過去の人なのだろう。
遺体は見つかったのだろうか?
行方不明のまま、葬式は上げられただろうが供養はどうなのだろうか?
故郷に帰る事も出来ずに磨り潰された犠牲者の嘆きや訴え。
無念だろうと思う。
自然の猛威に抗う事など出来やしない。
治水が進んだ現代でも犠牲は出るのだから。
俺は心の中で冥福を祈った。
「なあ、今お前が握ってる石がさ。そんな犠牲者の頭を砕いた岩の一部だったらどうする?」
そんなNやんの言葉に思わず何もない手を振るって、ある筈がない石を払い落とした。
「な? 持ってたら怖いだろ?」
質の悪い。
意地の悪い。
そんなNやんの警告の出し方に憤慨をして石を投げるフリをして抗議した。
「まあ、俺が見た映像が俺の想像の産物かも知れないがな? でも実際の所、それって関係無いんだよ。誰だってそんな石を身近に置いておくべきじゃないのさ」
そう言ってNやんは日本酒のコップを傾けた。
河原の石は水が流れるのは自然な事。
そんな中で自然じゃない人間の死の場面は強い不自然なのかも知れない。
でも、Nやん?
さっきのは酷くない?




