霊を喰う
Nやんと友人のお話です。
バイトから自転車で帰宅している時、クラスメートの家の前を通過するルートを普段使っていた。
そのクラスメートとは特に親しく、よく遊ぶ仲だったが数か月前から体調を崩して心配していた。
数百m手前からその家が視界に入った時に、その家の屋根に何かが座っているのが視えた。
屋根瓦に腰掛ける人型のナニか。
後出しに成ってしまうが、クラスメートの兄がバイク事故で他界してから体調を崩していた。
身内、特に身近な兄を亡くすと言うのは当然精神的にも負担だろうから、納得をしていたのだが、事は全然別の次元の話だったと確信した。
そのナニかが正しく何者なのかは分からなかったが、ナニかが全ての元凶だと一目で確信した。
思わず手を伸ばしてしまった。
頭の中は「お前のせいか!」と言う思考で一杯になり、自分で何をしているのかある種冷静な部分で呆れてもいた。
しかし、その直後思わぬ事が起こった。
自分の手が伸びた。
厳密に言うと手を伸ばした指先から半透明と言うのか、透けた手が伸びたのだ。
多分、信じて貰えないとは思うが、確かに自分の目で見たのだから仕方が無い。
その半透明な手は一気に友人の家の屋根に到達し--そのナニかを掴むと膨張し--そのナニかを飲み込んで--そして縮んで戻って来た。
何が起こったのかも分からず、急激に腹が膨れてきた。
腹が張ってベルトを緩めないと満足に呼吸も出来ない様な有様だ。
そして身体の中から急に熱が奪われる様な感覚に陥り、急いで帰宅した。
自転車のペダルが重たくて思う様に進めない。
今思うとあれはペダルが重かったのではなくて、体に力が入らなくなっていたのだと思う。
帰宅しベッドに転がり込んで、何も考えられない頭で「取り敢えず休もう」と思い瞼を閉じる。
それから数日の間、トイレとベッドを往復するだけで、思考もままならず何も食べれずただ眠るだけの日々を過ごしていた。
多分2日位してからだと思うが突然兄貴分の友人が部屋を訪れた。
開口一番「お前なに仕出かした?」だったのを覚えている。
自分の保護者みたいな人で、親との家族関係が悪化し、独り暮らしをする時の保証人にもなってくれた人だが、この人が無類のオカルトマニアだった。
僕の顔を見るなり「何を喰った?」と険しい顔で詰問される。
数日食べ物が喉を通らないと言うか、食欲が湧かず、膨れたお腹を持て余していたと言うと、「食べ物の話じゃない、ナニを喰った?」と繰り返す。
食べたと言われてもと口ごもると、僕の腹を指さして「それ食事で膨れてないよな?」と確認をされる。
回らない頭で必死に説明しようとするが上手く言葉に成らない。
頭の中にモヤが掛かると言う感じ。
するといきなり肩を掴まれて背中を向けさせられる。
Nやんが背中に手を当てているのが分かる。
吽~と真言と言っただろうか?そんなお経だか念仏だかが背後から聞こえてくる。
そして彼の手が背中から離れると、僕の体の中から何かが背中側に引っ張られ、そして抜けた。
言葉にしてみても「体から抜けた」ってなんだろう、意味が分からない。
「悪い、全部は無理みたいだ」そうNやんは口にすると僕をベッドに寝かせた。
そこで意識を失う様に寝てしまい、何時間が経ったか分からないが目を覚ますとNやんは台所で何かを作っていた。
和食の良い匂いがして久しぶりの空腹感を味わった。
お腹に手を当てると膨らんでいたのがウソの様になだらかになっていた。
「起きたか、食べれそうなら食べなさい」とテーブルに出来たての料理を並べていく。
目の前には野菜を豊富に使われた和食フルコースかと言う様な品が並んでいた。
「今は油とか以前に、殺生した物が駄目だろうから、なんちゃって精進料理だな」と友人は笑う。
どうやらいきなり寝入った僕を見てご飯を作ってくれたらしい。
どれも手が込んでいて、優しい味がした。
イメージで伝えるしかないのだけれど、動物性蛋白質などの力強い料理ではなくて、骨の髄から温められる料理と言う感じ。
食事をしながら僕は何が有ったのかを語り、友人は時折質問を挟みながら話を聞いてくれた。
結論から言うと「定義出来ない事ばかりで説明出来ん」と言われた。
手が伸びた事に関して「霊的現象に物理法則が当てはまるとは思えないから否定も肯定も出来ない」ナニかに関して、「人間のキャパを考えると疫病神に系統は近いとは思うが悪霊だろう」
腹が膨れた事に関して、「霊を捕食するなんて聞いた事も無いが、あの腹は異常だったから否定する根拠が見当たらない」との事だった。
Nやん曰く、「霊が消化されるかは知らないが、浄化はしないと内臓が腐りそうだから」と、一月の間、肉魚は避け、鰹節も避けて自炊するのが面倒で一番大きな事件だった。
まあ、料理力も上がったから良いのだけれど。