修行と末裔
紹介されて何度か訪れたバーのカウンター。
メローなジャズをBGMに、私はNやんに怪談話を強請った。
「今度ネットの怪談放送に凸して話そうと思ってるんだけどな?」
切子を揺らしながら国酒で唇を湿らせて、Nやんの修行時代の話を始めた。
一通りの修行を受け、霊的な抵抗力を身に着け自分なりに対処が出来る見通しが付いた所で、老僧に勧められた。
「君は一度、お山に行ってみると良い」
「お山ですか?」
老僧曰く、「霊山の息吹に触れ、神経と感性を鍛えろ」と言う事らしかった。
元々才能の乏しい俺は、どれだけ修行をしても知れていた。
それならば、手に負えないモノを感知し逃げられる様にすべきだと説かれた。
老僧の勧めに従って、俺はとある霊山を目指した。
車を走らせて、近畿地方に向かった。
奈良県は吉野郡。
梅雨直前、青空が眩しい頃。
鬼の名を地の名前に付けられた、伝説が現代まで繋がった土地にたどり着いた。
山の緑が深く力強い。
昔話に出てきそうな山村と山は不思議なノスタルジーを感じる。
田園と並んで日本人が原風景として認識する田舎の山だ。
俺の目的は修験者に成るための修行ではない。
霊山の空気と場の力で精神と神経を鍛える事が目的なので、普通に登山用の服と靴で固めて山道に入る。
説明は難しいのだが、神域とは少し違う聖域の様な気配を感じる。
お伊勢さんや大社の様な神の威容を感じる訳では無い。
そして寺院の様な御仏の徳を感じる空間とも違う。
山岳信仰に至る事を納得してしまう程、懐深く雄大な山と言った感じだろうか?
修業時代に教わった呼吸法を試すと全身の皮膚に変化が起きた。
老僧の勧めに従って正解だったと頷いた。
山頂を目指す訳でも無い俺は他の修行に訪れる人達からは奇異に映っただろうと思う。
陽が傾き始めたと感じた所で山を下りて宿坊に挨拶に向かった。
宿坊では伝説の鬼の末裔の方と少しだけ話をさせていただいて前鬼を辞した。
「ん? Nやんの修行時代の話?」
「いや、鬼の末裔と会って話をした、って話だな」
そう言うとNやんは頷いた。
「その怪談放送でな? 陰陽師の血を引いてるって人が居てさ」
「それで思い出した、って事?」
「その人が友達との会話で“式神の子孫なんじゃないか?”って言われたって話で、な」
「式神の子孫? ってあり得るの?」
「だって、鬼の子孫が現存するんだぞ? 同じレベルの話だろ?」
「まあ、確かに」
ようやくNやんの言いたい事に気が付いて思わず頷いてしまう。
「前鬼・後鬼は夫婦の鬼だったそうだ。そして後にその鬼は二人の人間に成り、五人の子供を授かり、その子孫が今でも宿坊を守ってる訳だ」
「じゃ、その人も式神の末裔ってNやんは思ってるんだ?」
「さて? どうかな? でも民俗学として調べてみたいと思わないでも無いな」
そう言ってNやんは笑い、酒を呷った。
神話が現代と地続きで繋がる国、日本。
伝説や神話の元となった逸話は案外身近に在るのかも知れない。
それは少しだけ浪漫だと、私は思う。