呪殺
Nやんから聞いた話です。
「ねえ、Nやん。前に怖い霊能者の話をしてくれたけど、具体的にどう怖いの?」
我ながら恐れ知らずかも? と思わないでも無かったが、ずっと気になっていた事だけに聞いてみた。
Nやんは渋い顔をして考えをまとめる様に沈黙する。
重々しい間が続き、深い溜息を吐いてNやんは口を開いた。
「あまり聞かせる類の話でも無いんだがなぁ。まあ、お前さんの場合、教えなかったら自分から飛び込みそうだから、話した方が良いのかも知れんな」
諦め半分呆れ半分といった調子で言われて少し癇に障るが、自分の好奇心の強さを考えると正当な評価なのかも知れないとも思う。
「何年か前に仕事の依頼で地方に行った時の話だ」
観念したのかNやんは重々しく話してくれた。
遠距離恋愛している恋人が音信不通に成った、生存確認を取って欲しい。そんな依頼を受けて俺はとある地方都市に来ていた。
聞いていた情報を元に少し調べると案外簡単にターゲットを発見出来、証拠の写真を撮り仕事は終わりと宿に戻る途中。
急行の止まらない駅で電車を待っていた。
その駅は、急行は止まらないが、それでも人の多い地区と言う事も有ってホームには人影も多かった。
ベンチに腰掛けて報告書の文面を考えているとアナウンスが流れた。
電車が入る旨を伝えるアナウンスだと理解して再びタブレットに視線を落とした。
突然獣臭が鼻についたその瞬間。
「ひいぃ! いぎゃあぁ!」
突然あたりに響いた悲鳴に慌てて顔を上げる。
周囲を見回すと数m離れた所にいるサラリーマン風の男が両手で脚を抱えながら悲鳴を上げている。
なんだ? と目を細めるとサラリーマンの脚に何か黒い、そして赤い目をした何かがくっ付いている。
いや、喰い付いている。
全身が総毛立つ。
辺りには強烈な獣臭が漂っている。
身が震える感覚に不快感を覚えた所でそのサラリーマンは尻餅をついたままズルズルと引き込まれる様にしてホームに落ち、そして間髪入れずに電車の警笛と共に電車が彼の上を通過した。
不愉快極まりない肉の音、警笛、そして緊急ブレーキの音が辺りを満たす。
人生初の人身事故の現場に遭遇したのだと分かったのは電車がホームの半端な所で停まった段階でだ。
衝撃的過ぎて思考が追い付かない。
さっきのは一体何だったのか? そう考えながら周囲の悲鳴を上げる人達を見回すと風呂敷に何かを包んでいる人影が目に入った。
風呂敷に包まれたにも関わらず、その中身は禍々しい空気を溢れさせている気がする。
赤い目をした黒いモノ。包みに何かをしまう男とも女とも判然としない人物。そして包みは角ばった物を内包しているのが見て取れる。
「外……法ば……」
思わず零れた言葉を慌てて唇で堰き止める。
もしあれが俺の想像通りのモノならば関わってはいけない。
あれは駄目だ。
殺す為だけに練り上げられたアレは、斬る為だけに進化した日本刀とは真逆の印象を覚える。
血の匂いと怨嗟の声で黒く磨かれた、闇色のモノ。
頑張って三流の俺には正面に立つ事すら許されないモノだ。
その恐ろしさに全身の震えは強くなる。
そして身動きの取れない俺や周囲の悲鳴を上げている人々を掻き分ける様にしてその人物は消えていった。
「えっと、それってどういう事?」
Nやんの語る事件に首を傾げていると言葉が続いた。
「外法箱、外道箱、お外道さん、色々な言い方があるが、つまり殺す事だけにしか使えない呪物を使う霊能者が居るのさ。分かるか? 法で取り締まれない、理屈も分からない、そんな殺人を犯せる人間が群衆に紛れているってどれだけ怖い事か」
Nやんは震える体を抱きかかえる様に両腕を胸の前で抱える。
「Nやんが怖がるってどんだけ?」
「お前なぁ、俺だって至近距離でヒグマと遭遇したら怖いぞ?」
Nやんの言葉がその外法箱、外道箱のヤバさを言い表していた。
「そんなに?」
「いや、多分もっとだな。ヒグマでも人間には手に余るけど、状況と装備次第で対抗出来る分まだましかも知れない。と言うか俺はアレを向けられて生き延びる方法を知らないし、出来るとも思わん」
この人をここまで恐怖に落とし込める事が出来る人が居る、それが私には怖い。
「正直、俺は見鬼の才能が低いが、もっと目が良くてあれを直視したらどうなったか自分でも分からん。そう言う意味で尖った才能が無くて良かったのかも知れないな……」
安堵と諦め、微かな羨望が混じった溜息を漏らしてNやんはお酒を煽った。