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 Nやんとの会話から出たお話です。



「ねえNやん、いままでオカルトで死ぬほど怖い思いとかってした事有るの?」

「有るさ。前に話した狒々の時も黒鬼の時もさ」

「あ~うん、妖怪とかそっちじゃなくて、幽霊的な? そっち方面で」

 この人の妖怪話は怖いのだけれど、危険度がいまいち掴めないと言うか、脅威の方向が違うからか怪談では有るけど、心霊話から外れている気がする。

「幽霊絡みで、か……。まあ有ると言えば有るけど、その様子だと肝が冷える幽霊話が聞きたいって事か」

 しばし思案する様に髭の生えた顎に手を当ててNやんは考え込んだ。

「じゃ、俺が若い頃の話をしようか、まだ修行前で未熟以前の問題だった頃の話だけど」

 そう言って片方の眉を歪めて苦笑しながらNやんは語り出した。


 事の発端は幽霊が見え、幽霊話で脅かそうとしても引っかからず面白くない、そう思った友人達が免許を取りたての暇を持て余して連れ回そうと企画した事だった。

 幽霊が出ると噂の電話ボックスにつくと「もう一つ先の奴じゃなくてか?」と運転している友人に問うと苦虫を噛み潰した様な顔をした。

「次だ次っ!」

 そう言って友人達は近隣の心霊スポットと言われている所に連れ回されるが、どれもただの噂や、驚く程でも無い見慣れた「普通」と言うと変だが特に怖いと感じる事も無い幽霊を見掛けるだけだった。

 意地に成った友人達に連れ回されて疲れ始めた所で、車は某都内のトンネルに差し掛かった。

 そのトンネルは噂に名高い、墓所の下を通したトンネルだった。

 いや、正確には道を作る為にトンネルの上に墓所を作り直した所、か。

 真偽の程は分からないが、確かに嫌な気配のする場所だとは思った。

「よし、じゃ降りて歩いてみようぜ!」

 友人の一人が勢い込んで宣言し、周りも流れに乗って車から降りた。

 正直気が進まないが、ここまで来たら連中も引っ込みが付かないだろうし、へそを曲げられて置いて行かれても困る。

 溜息交じりにドアを開けて車を降りた。


 オレンジ色の照明に照らされてトンネルの内壁に書かれたいたずら書きが目に飛び込んで来る。

 道路の下にまだ骨が埋まっている、なんて噂もあるが真偽の程は分からない。

 正直に言えば都内の国道のアスファルトの厚さを考えたら結構深く掘るのだし、骨が残っているとは考えにくい。

 が、墓の真下に道路が走り、車が二十四時間通る環境なら故人も落ち着かないだろうとは思う。

 そこに面白半分で、もしくは悪戯目的で小僧がゾロゾロと来たら怒りもするだろうと思うと気分が沈んでいく。

 わざわざ怒られる為に悪戯に行くのだから気が知れない。

 暗鬱とした気分でトンネルに向かうと友人三人はどんどん前を進んで行った。

 どう見ても俺を取り残して慌てる所をみたいのだろうと予想が付く。

 溜息を吐き、悪戯書きを見ながら三人を追うと一か所、目に留まる物があった。

 決して精緻とは言えないが、「ああ、モナ・リザを描いたんだな」と分かる、いや逆にスプレーでここまで描けたら十分に巧いと言えるだろう物を横目に通った。

「うっ!」

 思わず呻き、全身に鳥肌が立った。

 モナ・リザの()()()()()()()()()()()()()()

 不味い、不味い不味い。

 この手の出来事は経験が無い。

 俺にとって幽霊とはそこに無言でたたずんでいるモノで有って、こちらを見詰めるモノじゃない。

 しかし直ぐ手の届く所で、こちらを認識している幽霊とはこんなに怖いのかと愕然とする。

 友人達は小さく見える程遠くを歩いている。

 さっきまでは俺が怖がる所を見る為に頻繁に振り返っていたが、今はこちらを見る事無く歩いている。

「早く追いかけなきゃ……」

 そう口に出した瞬間に体がガクンと動きを止めた。

 え? と疑問に思って異変を探すと脚が青白い陶器の様な手に掴まれている。

 目を剥いて驚いていると踏み込んだ右脚にも手が掛かったのが見える。

 振り払おうと脚を動かすが振り解けない。

 驚き、焦り、恐怖した所で肩を掴まれた。

 掴まれたのが視界の端に映る手で理解する。

 友人達に助けを求めようと口を開けると、その口も冷たい手に塞がれる。

 くぐもった小さな呻きを吐くと無数の手に引っ張られた。

 後ろではなく、真下に。

 荷重が全身に掛かり、そして不自然な動きでゆっくりと背中から倒れ込んだのが分かる。

 太腿を引っ張られ膝を着き、肩や髪を掴まれて下に引き倒されて、正座から無理矢理引き倒された。

 顔に耳に髪に肩に両方の腕に、そして喉にも手が掛かる。

 グイグイと下に引っ張られてアスファルトに強く押し付けられ、そして後頭部がズブリと沈んだ。

 硬いアスファルトがめり込む訳も無く、でも後頭部が地面に沈んでいくのを感じた所で息苦しさに視界がぼやけて、「殺される」そう思った所で意識を失った。


「それで? どうなったの?」

「友人曰く、泡を吹いて痙攣してたって」

 意識を失った直後にNやんの友人達は異変に気が付いて慌ててNやんを回収してその場を離れたらしい。

「気が付いたのは一時間位経ってかららしいけど、泡を吹いて腕とか顔とか喉に赤いミミズ腫れが出来てた」

「それから?」

「友人達は俺を心霊スポットに連れて行くと面倒な事に成るって悟ってそれ以降悪戯に連れ回されなくなったな」

「Nやん、それヤバかったんだよね?」

「多分。命が助かって良かったと自分でも思う」

 そう言って苦笑いを浮かべるNやんの顔を見て私は思った。

 なんでこの人の怪談は「怖い思いをした、を通り越して危険な目に遭った」話ばかりなんだろうか? と思わずに居られない。

「ねえ、Nやん、なんでそんな目に遭ってオカルト好きな訳?」

「ん? 身を守る為に、自衛手段を身に付ける為に近くに身を置くしか無かった、だけだぞ?」

 私にとって一番の怪異はこの人なのではないか?

 呆れた目で彼を見てしまったのは私が悪い訳では無いと思う。


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