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夜闇の不審者

とある怪談凸をしたお話です。

 Nやんに聞いた話です。


「ねえNやん、なんでNやんってそんなに幽霊に厳しいの?」

 常々不思議に思っていた疑問を投げかけてみた。

「別に幽霊だから厳しい訳じゃないと思うんだが? 単純に礼儀知らずには厳しい自覚は有るけど」

 そう言って口角を吊り上げるNやんの底意地の悪い笑顔が怖い。

「まあ、単純に厚かましい幽霊とか失礼な幽霊が嫌いなだけだよ」


 失恋から半年。

 心機一転と引っ越しを行い、新しい住まいにも慣れ始め、仕事も支障なくそんな日々を過ごしていた。

 時折押し寄せる波の様な切なさを、歯を食いしばって耐える日々。

 仕事で精神的にもダメージを負って、ベッドに倒れ込む様にして眠った。

 掛け布団を被る様にして眠っていると突然の気配に目を覚ました。

「美帆? ん?」

 別れた恋人の名前を呟いた所で全身に悪寒が走る。

 気配の正体が違うと直ぐに判断が付いた。

 生来、寝起きは悪くなく、数秒で意識がハッキリする体質も有りその悪寒の正体に意識を向けた。


 ズズッ……ズズッ……。

 何かを引き摺る様な、何かが這いずる様な音が耳に飛び込んで来る。

 眉をしかめて体を動かそうとすると身動きが取れない。

 一人暮らしの狭い部屋では音の出どころと自分のベッドまでの距離が近い事もハッキリと分かった。

 金縛りの不快感とオカルトの迷惑さに湧き上がってくる怒り。

 一瞬別れた彼女かと思ってしまった自分にも腹が立つ。

 そしてその音はゆっくりとベッドの脇にまで到達した。

 生臭い様な、傷んだ臭いが布団越しにも感じられた。

 相変わらず全身は何かに縛られている様に微動だにしない。

 指先に集中して動くキッカケを作ろうと左手の指に集中していると顔に掛かっている布団に圧力が掛った。

 正体不明の何かが俺の顔の辺りを押しているらしい。

 何か尖った物が布団越しに頬に触れる。

 悪臭と「うううぅ……」と言う男の呻き声。

 この尖ったのは鼻か。

 つまりこの不快感の塊は顔で俺の顔を布団越しに抑えてるのだと理解した。


 理解した瞬間に俺の感情は爆発した。

 不快で不愉快で腹立たしくて。

 一切の光を感知していない、闇しか見えない目が赤くなった気がする。

 いつから握り込んでいたのか自覚は無かったが、固めた拳を思い切り振ってソレの顎をかち上げる。

 ガツンと骨を殴った感触が拳に伝わってきた。

 左腕が動いた事で金縛りが解けたのを自覚する。

 布団を剥ぎ取って立ち上がると暗闇の中に薄ぼんやりとした人影が見える。

 身長は俺と同じか少し高い位。

 躊躇する必要が無いと判断して握り込んだ右拳で顔面の当たりを殴りつける。

 薄っすらと拳に感触を感じた。

 腹立ちは当然一発二発殴った所で消えない。

 窓から射し込む街灯の明かりでかろうじて家具の配置や奴の居場所を把握する。

 ベッドから降りて、机の上に立てかけてある愛用のダーツを手に取った。

「何度でも死ね!」

 そう叫んでダーツ片手に躍りかかるとソレは驚いたのか後ろに下がった。

 そんな動作すら俺の怒りを誘う。

 どんな料簡でこんなふざけた真似をしたのか。

 躊躇いも無くダーツの針を突き出し、空いた方の拳を振るう。

 どれだけの時間をそうしていたか分からないが、結局それなりの時間俺はソレを追い回して殴って刺し続けた。

 唐突に気配が薄れ、部屋の中の悪臭が薄らいだ。


 暫く周囲を睨んでソレが潜んでいないか探したが見当たらない。

 気配も痕跡も残さず消えたのを確認して深く息を吐いた。

 腹立たしいし、怒りは冷めやらないが翌日も仕事である。

 諦めてベッドに戻って布団をかぶって眠った。


「えっとNやん、幽霊を追いかけ回したの?」

「ああ、そうらしい。寝ぼけてた訳じゃないが、相当頭に血が上ってたらしい」

 Nやんの行動が全く理解出来ずに表情も困惑していたと自分でも思う。

「いいか? ああ言う不愉快極まりない幽霊って奴はな? 俺達を驚かして「どうだ? 安寧な暮らしをしたかったら坊主でも神主でも呼んで俺を救え」って強迫してるだけだ。怖がってやるのも腹立たしい。そんなヤツは泣くまで追い回してやるのが正しい対応だ」

 怒気をはらんだNやんの言葉に納得出来る様な出来ない様な気持ちになる。

「いや、Nやん? 普通幽霊って怖いからね?」

「幽霊でも人間でも迷惑な輩は叩き出す、当然だろう?」

 そう言って苦々し気にお酒を煽るNやん。

 なんと言うか、Nやんは霊能力以前に、精神力と言うか肝が据わり過ぎてる人な気がしてきた。

「礼儀知らずは嫌いだ……」

 そう零すNやんはきっと幽霊も人間も区別する事無く、見据えて対応しているのだとは思う。

 いや、幽霊相手にブチ切れて追い回すのもどうかとは思うのだけれど、ね?


 多分、Nやんは塞がる前の生傷の、胸の痛みに触れられた事がトラウマみたいに染み付いたんだと思う。

 それが過剰反応と言うか、行き過ぎな態度に成ってる気がする。

 Nやんに絡んだ幽霊は自業自得だ、とも思うけども。

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