表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/54

線香と煙草

 Nやんに聞いた話。


「ねえNやん、幽霊に同情すると良くないって聞くけど、あれって本当?」

「さて、全部が全部って訳でも無いだろうけど、厄介な幽霊って居ると思うよ」

「例えば?」

「そりゃ、死を望んだわりに想像以上に辛くて地縛霊に成った場合とか、救われたいから感知した人に縋り付いてくるってパターンは有ると思う」

 そう言ってからNやんは自分が見てきた霊を語り始めた。


 友人に誘われて宮城県の温泉に行く事に成った。

 道中、三人で交代しながら北上しそれなりの時間を掛けてとある温泉地に到着した。

「なんだか、随分と田舎と言うか、長閑な所だな」

「まあ、一応保養地って感じだからね」

 遠くまで見通せる青い空と、昔話に出てきそうな緑が輝く山々の中に目的地は有った。

 旅館ではなく、何かの宿泊施設らしいが、作りが少し変わっている。

 何と言うのか、背の低い飾りっ気のない建物に首を傾げる。

 どこかで見た事が有る様な、そんな気分に成った。

「さて、荷物を部屋に置いて早速温泉に入ろう」

 Aに促されて俺達は建物に入っていった。


 長時間の運転で凝り固まった体を温泉で癒し、各々好きに過ごしていた時。

 喫煙所で煙草を吸っていると足元の絨毯に異変が起こった。

 分厚い絨毯が突然たわみ、盛り上がり中心辺りで渦を巻き始めた。

 勿論、そんな物理現象はあり得ない。

 ただ、異変が起こっているのも事実で煙草を消して急いで部屋に戻った。

「なあ、ここ変だぞ?」

 Aに向かって先程の異変を話し、この建物にも違和感が有る事を伝える。

「ん~、確かに少し変だと思うけど、私は特に感じないんだよね」

 霊媒体質のAには弱い違和感しか無かったらしい。

 移動疲れも有って今更宿を探す気分にも成らなかった為、今夜は大人しく泊まり、明日は別な宿を探す事に成った。

 夕食を終えて繰り返し温泉に入って夜が更けた頃、俺達はようやく床に就いた。

 寝苦しいと言う訳でも無いが、疲れ過ぎてなかなか寝付けなかっただけなのだが。


 布団の中で携帯を弄っていると部屋の空気が唐突に変わった。

 粘度の有る空気と言うのか、重たくそして貼り付く様な不快感に顔を顰める。

 この感覚を感じる時には必ず心霊現象に見舞われるからだ。

 神経を集中させて部屋の中に異変が起きてないかを確認していると、畳を擦る様な重いズズッズズッと言う音が聞こえる。

 音の発生源を見回すと窓の下あたりから聞こえてくる。

 ゆっくりと迫る音は匍匐前進で畳を這う音だと感じた。

 部屋には先に寝入った友人二人もいる。

 起こして部屋を出るのには間に合わない。

 そう覚悟を決めて布団の上に座禅を組んで印を結ぶ。

「オン・シュリ・マリ……」

 ある明王の真言を繰り返し唱え続けるが、その音は徐々に、そして確実に近づいてくる。

 もう目の前にまで、今にも膝に振れそうな距離にまで迫って来ている。

 真言では効果が出ないか? と考えたがこの距離にまで迫られたら今更他の手は使えない。

 観念して真言を続ける。

 冷たい感触が膝に振れ、肉を掴まれた様な痛みに顔を顰める。

 俺の体に掴みかかる様によじ登ってくる。

 痛みと不快感、そして強烈な倦怠感に倒れ込みそうになるのを必死に堪える。

 五回、十回と真言を続け二十を超えた所でその這う物は気配を薄れさせ、そして消えていった。

 成仏した訳では無いのは体感で分かる。

 全身の痛みにウンザリしているとAに声を掛け垂れた。

「Nやん、大丈夫?」

「ああ、全身痛いし辛いけど大丈夫」

「今の何だったの?」

「分からない、ただ相当無念だったのと、末期は這う事しか出来なかった人だったらしい。後……、ここ多分病院じゃないわ」

「サナトリュームみたいな?」

「もっと悪い。隔離施設とかそんな種類の忌まわしい建物だったんじゃないか?」

「何で分かるの?」

「しがみ付かれた時の指がさ、曲がってたんだよ。爪が一度も触れなかったんだよ……」

 医学が発展していない時代、伝染病だと勘違いされて隔離され親族にも縁を切られた患者が集められた施設は全国にそれなりにある。

 ここもそんな一つだった様に思えた。

 そのやるせなさや、恨み辛みが色濃く残っていて、挙句それが温泉施設に成っている訳だ。

 色々と溜まるのも頷ける。


「ちょっと煙草吸って来るよ……」

 そう言い残して部屋を後にして再度、昼間異変が有った場所に向かう。

 真夜中の喫煙所は一切の気配もなく静まり返っていた。

 灰皿の所にあるベンチに腰掛けて煙草に火を点ける。

 一本に火を点けて灰皿に置き、もう一本を吸っていると場の空気が変わった。

 俺は咥えた煙草を出来るだけゆっくりと吸ってから二本とも消して部屋に戻った。

 煙草の香りが少しだけ線香の香りに似ていた気がした。


「結局、その幽霊はどうなったの?」

「どうなったんだろうな? 分からない、今でもあの建物に居るんじゃないかな」

「なんだか切ないね」

「本当に切ないな。救えないし焼く事も出来なかったよ」

 そう言って苦そうに琥珀色の酒を彼は口に含んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ