友情の花
澪は、僕の目をじっと見つめた。心の奥まで見透かされてしまうような感覚に襲われて、思わず後ずさった。
「……何を視てるんだ、か……。……そんなこと、初めて言われた」
否定するわけでもなく、肯定するわけでもなく。そんな澪の返答に、珍しく、僕は少しだけ苛立った。
「おかしいとは思ってたよ。事件が起こった日、すでに君は確信していたんでしょ。……三栗さんが犯人だって」
僕が問い詰めても、澪は周りを一度見回して、「………場所を変えた方がいい」と平然として言っただけだった。周りをみれば、すでに審査員の人や、出品に来た人など、随分と人が増えていた。はぐらかされたような感じがして気にくわなかったけど、澪の言う通りだ。残りの机を全て出してから、僕は澪と会場を出た。
「……澪は、ボランティアやってないの?」
「………うん。人と関わるの……得意じゃないから」
交流館の倉庫前に僕たちはいた。
お祭りが始まったようで、賑やかな雰囲気がここまで伝わってくるが、僕たち以外に人はいない。お祭りが始まってこんなところに来るような人など普通いない。
「……堀部君は、ボランティア………いいの?」
「僕は、準備と片付けの係だから、お祭り中は自由なんだ」
澪と話しているうちに幾分か心が落ち着いたようだ。先程は気持ちが高ぶっていて、つい責めるような口調になってしまった。
「さっきは、ごめん」
僕が頭を下げて謝ると、澪はふわっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「…………気にしなくて、いい。堀部君の言ったこと、あってるから」
「………え?」
まさかここで肯定されるなんて思ってもみなくて、思わず間抜けな声が出た。
ーーーあってるってことは。
「……信じるかどうか…は、君次第」
そう言った澪は、いつもは見ないような不安げな顔をしていた。
「………私には、人の心が視える」
「人の……心」
澪は、これでもかというほどに晴れわたった青空を見上げた。
「………不思議だ。私もよく分からない。………神様がくれた……力、なのかも」
神様。そんな不確定な存在が澪の口から出たことに僕は少し驚いた。
ーーー澪には、驚かされてばかりだ。
心の中で苦笑した。だけど、嫌な感じはしなかった。
「あの日………私には、壊された乙川さんの作品のそばに……綺麗な、深い青色のアサガオが視えた。……そのアサガオが、三栗さんの心を表していた」
澪は、その日の様子を思い出すように、目をつぶった。
僕には見えなかったその綺麗なアサガオが、今、彼女の瞼には写って視えているのだろう。
「…………堀部君。アサガオの花言葉、知ってる?」
「知らない」
花言葉で知っているのは、バラくらいなものだろう。確か……
「バラは、愛……だっけ」
自信無さげに僕が言うと、澪は生き生きとした表情で花言葉について語った。普段の澪と差がありすぎて僕は硬直する。そして、そんな僕なんか視界にも入っていなさそうな様子の澪を、新鮮に感じた。
「……バラといっても、ひとくくりにしない。……色によって、花言葉も、違う。……赤色、黄色、青色。…桃色、白色………それぞれ、少しずつ、違ってくる」
話を聞いていた僕の脳裏に、たくさんの色とりどりのバラが映し出された。ひとつひとつのバラが、言葉を伝えてくるようにも思えたほどだ。
「………アサガオの花言葉は、『偉大なる友情』。……花言葉の通りだ。乙川さんと三栗さんの友情は…………花言葉のように、偉大だと思う」
ーーー偉大なる友情、か……。
澪がそう言う二人のような関係に、僕と拓巳はなれているだろうか。
……いや、なれていないな。
昨日の、二人が抱き合って涙を流す姿が思い出される。あの二人の姿が、僕にはとても眩しく見えたのだ。
「……綺麗な、深い青色のアサガオが視えた瞬間、私は溢れんばかりの愛情感じた……。大切な友達を思ってのことだって、すぐに分かった」
澪は、ふぅ、と息を吐いた。三栗さんが乙川さんを思う溢れんばかりの愛情を目にした澪は、どんなことを思ったのだろうかと、気になった。どこか夢見心地のようにも見える。
すると、澪は自分がした悪い事を打ち明けるかのように、
「……私はルール違反をしているようなものだ。……人の心を視ることができるなんて…。………人の心は、目に見えないからこそ、尊く、美しいのに……」
そう言った澪の顔は、一見笑顔に見えるが、僕には、悲しそうに見えた。
「僕は、澪の言うこと、信じるよ」
人の心が視えてしまう澪は、決して悪くない。
少しでも澪の心を穏やかにしたくて、僕はできる限りの笑顔を浮かべて言った。
澪は一瞬目を見開いて、その後すぐに微笑んでーーー
「………ありがとう、悠斗」
初めて、僕の下の名前を呼んでくれたのだ。
澪にとって眩しいほどの友情を見せたアサガオの花。
身近にあるアサガオにこんな素敵な花言葉があったなんて驚きですね。
次回、いよいよ終わりを迎えます。