本当は……
「……早く運ばないと、遅くなるよ」
皆を凍らせた澪は数秒後にはけろっとしていて、何事もなかったかのように作品を台車に積んでいった。
ーーー不思議な人だなぁ。
そう思いながらも、僕は澪の作業を手伝った。
その場にいたクラスメイト達も、澪の雰囲気に気圧されたのだろうか、次々に教室を出て行った。
「……あの、佐藤さん、さっき言っていたことって……」
ごろごろごろ、と台車の車輪が道路のコンクリートを滑る音が響く中、大野さんが遠慮がちに尋ねた。
「………あれは、悪意ある人が起こした事件ではないってこと」
「……よく分からねぇや。善意であんなことする奴がいるか?普通」
ずっと黙っていた拓巳がやっと声を発した。
僕も拓巳と同意見だ。というか、想像できない。僕にはどうしても、探偵物の漫画やアニメに出てくるような黒づくめの犯人が、一人で乙川さんの生け花を壊している図しか頭に浮かばないのだ。
……だから、澪が言ったことが理解できない。
「……善意であんなこと……。皆にはそう見えていたとしても………乙川さんにとっては違った。……そうだよね?」
澪は台車を押す手を止めて、乙川さんの方を振り返った。
「……何が、言いたいの」
今の今まで周りから被害者扱いされていた乙川さんは、突然の意見に目を見開いた。
僕たちには〝あんなこと〟に見えることが、乙川さんにとっては違う。
つまり、乙川さんにとっては〝いいこと〟……だったということだろうか。
ーーーでも、そうだったとしたら、乙川さんは自分の作品が壊されても悲しくなくて、逆に、助かってた?
澪は再び台車を押し出した。決して大きくはない声だが、澪の声はなぜかよく通る。台車の音にも負けない、でも風の囁きのような声が僕たちに真実を告げた。
「……華道の名門家の乙川さんは、親から多大な期待をかけられていた。……地域の小さなお祭りなら、当然最優秀賞を取れると思っているほどに。乙川さんは、そんな親の期待をプレッシャーに感じ……自由に作品を作ることができなくなった」
ーーーそんなこと、全然知らなかった。
周りの皆も同じようで、驚いたように乙川さんを見ていた。ただ一人、親友の三栗さんを除いて。
「……乙川さんの作品はとても素敵だと思う。でも………周りから称賛の声を浴びながらも、乙川さんの表情は、いつも、曇っていた。……そんな乙川さんを救いたくて、………彼女は大好きな親友の作品を壊した。フラワーフェスティバルに出品できない状態にするために」
「それじゃあ、」
絞り出すようにして声を出した僕を見て、澪は一つ頷いた。
「…………そう。これは、友情が生んだ事件……。…………犯人は、三栗亜希」
三栗さんの名前が出た瞬間、バッと乙川さんが彼女の方を向いた。
「……そうなの?亜希が、壊したの……?」
三栗さんは、乙川さんの方をまっすぐに見つめ返して、「うん。私がやった」と悲しそうに笑って言った。
「ごめんね、勝手なことして。周りのみんなも巻き込んじゃった。彩葉にも、迷惑かけて、ごめん」
周りが息を飲む中、乙川さんは目にいっぱいの涙を浮かべて、三栗さんの肩をつかんだ。
「……ううん、亜希は悪くないよ。悪くないんだよっ……。ありがと……ありがと、亜希」
そう言うと、乙川さんは完全に泣き始めてしまった。目の前で泣き始めた親友を見た三栗さんも、乙川さんの背中を抱いて静かに泣いていた。
唐突に起こった事件は、こうして幕を降ろした。
友情が起こした事件。亜希の優しさが伝わってきますね。
次は、澪が事件の真相にたどり着いた理由が明らかに。