ショートショート020 エフ博士の発明
エフ博士が、大声で助手を呼んだ。
「おい、ちょっと来てくれ」
助手はやりかけの研究をいったんやめて、エフ博士のいる研究室に向かった。
「博士、お呼びですか」
「喜びたまえ。わたしがずっと取り組んでいた発明が、とうとう完成したのだ」
「本当ですか」
「ああ。これで、大もうけはまちがいなしだ。この研究にはずいぶんな大金を投じてきたが、それも全部取り返せるだろう」
「おめでとうございます」
博士を称賛する一方で、助手は少し心配になった。
エフ博士は、たしかに素晴らしい研究者だった。その証拠に、今までに数々の名誉な賞をもらったりしている。
しかしその反動なのか、研究成果の応用を考えるときには、その頭脳がまったく役に立たないということが、今までに何度かあったのだ。
発明がきちんと金になるものであることを祈りながら、助手は博士にたずねた。
「それで、いったいそれは、どのような発明品なのです」
「応用範囲が非常に広いであろう、新素材の金属だ。まず五種類の金属をそれぞれ熱してどろどろにとかし、それから計算通りの割合で混ぜ合わせる。そして、計算通りのスピードで冷やす。すると、特殊な結晶構造ができて、どんな強い酸にも、どんな強いアルカリにも耐え、ひどい腐食性を持つガスを浴びせてもウンとも言わず、その他のどんな作用を加えても劣化しない、夢の合金ができあがるのだ」
エフ博士は、得意満面といった表情で助手の質問に答えた。しかし、助手が気になっていたのは作り方の難しさでも性能のすごさでもなく、現実的な用途だった。
「それはすごいですね。それで、具体的には、どのような分野で役立つのでしょう」
「最先端の、非常に強い素材なのだ。さまざまな科学技術研究で、引っ張りだこになるだろう」
「なるほど。しかし、研究用途だけですか。もっと、多くの人に喜ばれるようなものはないのでしょうか」
「もちろん、あるに決まっているだろう。たとえば、高温にも耐えるし真空にさらしても大丈夫だから、ロケットの素材なんかにはぴったりじゃないか」
「なるほど。しかし、ロケットだけでは用途が少ない気もしますが」
「ふむ。言われてみれば、確かにそのとおりだな。では、金庫なんかはどうだ。きっと、頑丈な金庫ができるぞ」
「なるほど。しかし、家に金庫を持っている者など、ごくわずかだと思いますが」
「それじゃあ、缶詰めの缶はどうだ。いつまでも錆びないから、保存食にはもってこいだろう。それに、多くの人が食べるから、もうかるに違いない」
「なるほど。しかし、缶詰めは今のままでも充分長持ちしますし、それにそんな高価な発明品を使った缶詰めでは、値段が高くて売れないと思いますが」
「なら、いろいろな製造装置を作っている会社に売り込むというのはどうだ。酸やアルカリ、熱などに耐える素材がほしいところは、けっこうあるんじゃないか」
これを聞いて、助手はようやく、少しだけいい反応を示した。
「なるほど。それはちょっと良さそうです。それなりの数の企業がありそうだ」
「そうだろう」
「しかし、それでもまだ足りないんじゃないかという気がします。それだけの金を、この研究につぎ込んだのではありませんでしたか」
「うむむ、そうか」
博士が悔しそうにうなっている一方で、助手はがっくりと肩を落とした。思った通りだ。たしかにすごい素材だが、使い道があまりに少ない。これでは、研究資金は入ってこないだろう。
そのとき、ずっとうなっていたエフ博士が、そうだ、と大声を上げた。
「こんなのはどうだ。軍隊や警察に使ってもらうんだ。この素材を繊維状にして服に織り込めば、丈夫な服になる。テロリストに薬品をかけられても平気だぞ。これはいいんじゃないか」
それを聞いて、はっとしたように助手が顔を上げた。
「それです。軍需産業は、非常にもうかると聞きます。身に着けるものだけでなく、他にも何か、使い道がありそうな気がしますね」
「そうだろう、そうだろう。なにせ、最先端の素材なのだ。使い道が広いのが自慢だからな」
助手は、両手をあげて喜びたい気持ちだった。いま進めている自分の研究資金も不足するのではないかと心配していたのだが、それも何とかなりそうだ。
嬉しそうにしている助手の顔を見て調子に乗ったエフ博士は、軍需産業での使い道について長々と語り出した。
「そうだな。戦闘機や戦艦、戦車の機体なんかにも使えるだろう。何せ、このわしが作った最先端の素材だ。特殊な薬品をかけても、びくともしない。作るときには金属をとかしたわけだが、そのあと混ぜ合わせることによって、どれだけ熱してもとけなくなった。だから、火にあぶられても爆弾が爆発しても平気だ。それに、化学的強靭性だけでなく、物理的にも素晴らしいんだ。どんなに叩いても変形しないし、レーザーカッターでも切断できない。ダイヤモンドで作った世界一かたい刃にも耐えるほど、とにかく頑丈なのだからな」
助手の表情が凍りつく。
「なるほど、しかし」
「どうした」
「なら、その素材、どうやって加工すればいいんですか」
これまた、すごく誰かとかぶってそうで、怖いですね……。
似たような話、程度ならまだ良いのですが、「ほとんど同じだ」という既存作をご存知の方、もしいらっしゃれば、ご一報いただけると幸いです。
よろしくお願いします。