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PW(ポール・ウォー)  作者: 材然素天
二章 出会い
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撃墜の少女


《白歴五十八年 白の勢力下の都市〝サイコ〟》


 ユミトは支給されたカード型の端末を片手に進んでいた。この端末は金の代用となるだけでなく様々な機能が備えられているようだった。


 その一つが地図だ。

 この端末には白の勢力下のだいたいの地理情報がインプットされていた。

 マップのアプリケーションを起動すれば参照できるようになっているようなのだ。だが、このアプリにもいかめしい仕掛けが施されていた。

 なんでも、マップの起動中にカード型端末を一分以上手から離すと、自爆するようになっているらしい。

 これは情報漏洩を防ぐための機能とのことだった。地理情報というのは、軍事的には慎重に扱うべき情報なのだ。

 本来は、簡単に流布してよいものではないといえる。

 だがそれでも貴重な情報をあえて学舎の入学生に与えるのは、早い段階で自分がどのような立場になるのかを自覚させる意味も持っているのかもしれない。事実ユミトも、どこか気後れしながらこのマップ機能を使用していた。


 半日少し歩いたものの、白の本国までにはまだまだ相当量の距離がある。

 あまりいいペースで進んいでるとは言えないだろう。しかし、ユミトは特に気にしていなかった。

 今現在、彼には時間がたっぷりとあるのだ。

 学舎の本試験を免除してしまったユミトは、入学の儀までまだ余裕がある。決して焦る必要はないのだ。

 ただじっとして待っていられなかったから早々に出発しただけであって、究極的には入学の儀が始まるまでに白の本国に到達できればそれで問題はないのだ。

 どうせ早く着いたところで、ヤエカに会えるのが早まるわけではないのだから。


 リュウセンから白の本国までは、普通の人間の足で歩いた場合、最低でも十日は要する。しかし、ユミトが本気を出せば半日で踏破する事も出来た。

 実際、ヤエカが白の本国に搬送されたと知り、追いかけて行った時は、叔父や叔母たちをおいて、彼は単身半日で白の本国まで着いてしまった。彼の体力は、おおよその人間が持ちうるそれをはるかに凌駕しているのだ。


 これは四年前の彼からは考えられなかった。

 その当時、彼はマナ欠乏症に悩まされており、どちらかというと病弱な部類であったのだ。

 しかし、その症状がなくなり始めると、とたんに彼の体は考えられない程強靭なものとなった。筋力もメキメキと発達し、骨も頑丈になった。


 ふざけて背丈の二倍ほどもある岩を殴ってみた時には、難なく砕くことができてしまい、自分で自分に驚かされたものだった。

 また視力も格段に良くなっていた。いつのまにか、なぜか瞬間的に遠くのものにピントが合わせられるようになっていた。丘の上から下界にいる人間のまつ毛の本数が数えられる程だ。


 ユミトはこの変化を前に、一時期など、自分が本当に人間なのかすっかり疑問に感じていた。

 病院で受診したほどだ。

 そして、その時彼は、医師から魔法立国防学舎への入学を薦められたのだ。

 医者によると、ユミトのように異常なまでに高い身体能力を有す人間は、魔法立学舎への試験にも合格できる傾向にあるとのことだった。

 この時は、ちょうど白の本国(ホワイトセントラル)へ入る方法を模索している時期だったので、ユミトにとって、これは何よりもありがたい情報だった。

 そしてその医師の指摘通り、ユミトは魔法術への高い適性を認められ、順当すぎるほど順当に学舎への入学を認められたのであった。



「それにしてもすごい雨だな」

 ユミトは視界を覆うほどの驟雨(しゅうう)に目を細めた。風も強く、大粒の雨滴に体を乱れ打たれる。

 学舎から支給された外套やズボン、帽子は撥水性なので、衣類に関して問題はかった。

 しかしこれだけの嵐ともなれば、何か災害が起きてもおかしくはない。ユミトは本当にこちらの経路を選択してよかったと思った。


 というのも、彼はもともとこの都市〝サイコ〟を通るつもりはなかったのだ。

リュウセンから本国へ向かう場合、実は、こちらは迂回ルートになる。本来は山道を突っ切った方が効率はいいのだ。


 しかし近道の山道は、地盤が安定していないとマップに記載されていた。だから、ユミトは遠回りになってでも、西に迂回するこちらのルートを選んだのである。

 そしてその選択は間違っていなかっただろう。もし、山のルートを選んでこの大雨に見舞われていたら、土砂崩れに巻き込まれていたかもしれない。


 西岸都市〝サイコ〟。

 それが、今ユミトのいる街の名だ。ここは白の勢力で最西端の都市だった。

 勢力の端に位置する都市は黒の勢力との衝突が起きやすいため、それなりの兵力を常駐しているのが普通であるが、この都市〝サイコ〟は少し事情が違った。

 この街は勢力地の端ではあるが、黒の勢力地との間に海を挟んでいるのだ。そのおかげで、そこまで武力衝突が頻発するわけではなかった。


 だから地続きに黒の領土と接触する東端都市〝サイリュウ〟などと比べると、軍備は少ない。

 しかし少なめとはいえ、それでもこの都市には数十人の魔法術士と、そしてティクオンが配備されていた。

 黒の勢力は、飛竜(ヴルム)など、飛行機能を有する生体兵器も保有しているため、海を越えてくる敵には備えておかなければならないのだ。


 リュウセンを出て、ティクオンともおさらばしたと思っていたのに、その次の町で早くもまたティクオンに遭遇するとはユミトも思っていなかった。


 サイコの街は海側から、内陸に向け、やや急激に海抜があがっていく。

 そして、ティクオンや軍事拠点が置かれているのは、街の内陸側に位置するので、自然と標高も高くなっている。


 ユミトは、海沿いの街道を進んでいたため、見上げるような形で、背後に佇むティクオンを臨んだ。

 リュウセンにいるものと特に違いがないように思えた。しかし、マナの定期補給が朝に済んでいるためか、出発の際に見たリュウセンのティクオンよりも存在が濃いような気はした。


 ティクオンはマナの補充さえしてあれば、様々な魔法術を使う事ができる。

 それはなにも戦闘に特化したものばかりではないのだ。リュウセンでもティクオンは多様な活躍の場を持っていた。

 災害時や公共物の建設時などの限定された場で、領土守護という肝心の使命をないがしろにしない程度に活躍していた。

 ユミトも、川の護岸工事などでティクオンが活躍しているところを見たことがある。


 ティクオンが魔法術を使う時の様は、やけにくっきりと記憶に残っていた。

 魔法術を行使する際、ティクオンは体中に幾筋もの管状のふくらみを隆起させ、まるで苦しむような絶叫を上げるのだ。断末魔のように不気味な音だった。鼓膜だけではなく、全身をゆすられるくらいの音圧でティクオンは鳴く。

 その様子は忘れようと努めても忘れきれぬほど、深くユミトの脳に刻み込まれていた。ただでさえ気味のわるいティクオンがさらに輪をかけて不気味になる瞬間、それが魔法術を行使するその時なのだ。


「嫌なもの思い出しちゃったな……」

 ユミトは今思い出したおぞましい姿を早く頭から消し去るべく、正反対の海に目を移した。

 しかし雨と風に煽られ荒れ狂うその姿は、気を紛らわすにしては少し暴力的過ぎた。


「晴れだったら、奇麗なんだろうけど」

 そもそも晴れていたら、この街を訪れはしなかったのだろうから詮無い願望ではあるが、それでもユミトはランティの光の映える雄大な海原を見れたらなどと、贅沢な事を思っていた。

 そんなふうにして歩きながらしばらく見るでもなくぼうっと海を眺めていると……


「(……ん?)」

 ユミトは視界の中に妙なモノを発見した。思わず足を止め、棹立ちになって遠くの空を眺め渡す。

 視界の遥か先で何かが動いているのだ。

 ……謎の飛行物体。それもかなりの速度でこちらに向かって来ているようである。

 ユミトは目に力を込め、その飛翔する何かにピントを合わせようとした。

そうしている間にもその飛行物は先ほどよりもさらにこちらに近づいて来ている。相当な速度を持っている証拠だ。

 雨によって多少視界が悪かったが、視力が怪物級に優れているユミトには問題にならなかった。

 そしてその姿を視認すると、


「(……あれは飛竜(ヴルム)だ……)」

 ユミトは戦慄した。

 黒の勢力が誇る強力な生物兵器が迫り来ているのだ。

 ユミトは相当遠くの対象にまで焦点を合わせる事が出来る。飛竜との距離はかなり離れていたが、彼の視力をもってすれば、見間違える距離ではなかった。


 それは、世にも美しき天色の飛竜であった。深く澄んだ空のような色。生物兵器だという事は分かっていたが、それでも見とれてしまうくらいに美しかった。そして、そんな飛竜の背には、何かが跨っている。


「(人だ……)」

 造形美を思わせる竜の背にまたがる謎の人物。彼女は手綱を握り正面を臨んでいた。

 その姿を見た瞬間、ユミトは息を詰まらせる。

 竜を乗りこなす人物は、精悍な目を持った少女であった。

 彼女もまた天色の飛竜と同様に美しく、不思議な雰囲気を持っている。その姿を見ると、ユミトは何か胸を締め付けられるような感覚を覚えた。その感覚は決して不快な類のものではなかった。

 それどころか、むしろその少女を見ていると、何故だか気分が高揚してくる気さえする。


 だが、その謎の好意は許されるべきではないものだった。


 飛竜にまたがっているという事は、彼女は黒の勢力下の人間だということになる。

 ……いや、それどころの話ではない。飛竜を従えているということは、彼女はかなりの地位を保証された高級兵ということにもなるはずだ。

 彼女は正真正銘の敵なのだ。

 対峙するのであれば、刃を向け合わなければならない運命にあるということになる。

 好意を向ける余地などどこにもないのだ。


「(でもどうして……?)」

 ユミトは不思議に思う。なぜ、彼女は単身で飛竜にまたがって攻めてきたのか、と。

 いくら悪名高き飛竜を操ってきたとして、単騎で何ができるというのか。何か目論見があるのだろうか。あるとすればそれは何なのだろうか。

 ユミトの中に疑問が閃く。

 湧き出る疑問は、彼が少女に抱く興味の度合いの表れかもしれない。


 ユミトは天色の飛竜を乗りこなす少女の事をもっとよく知りたいと思っていた。

 それは、おそらくまともな感覚とは言えないだろう。自らを脅かすかもしれない兵器にまたがる人間に好意的な興味を示すなど。

 しかし、理性とは干渉しない無意識の部分が彼にそのような感情を抱かせている。ユミトは少女から目が離せなくなっていた。

 しかしその時、


 突如背後から轟音が鳴り響く。


 それはユミトがかつてリュウセンで聞いた不吉な音だった。

 ティクオンが魔法術を行使する際に発するあの絶叫だ。

 彼がその音に反応し背後を振り返ると同時、ティクオンの口から光の柱が一直線に伸びた。


 大気を割るように直進する強大な光魔法術の一撃。

 目がくらむほどの(まばゆ)き光の束。

 それが何なのか、ユミトにはわからない。しかし、相当のエネルギーが凝縮されていることが見て取れた。

 はるか上空を奔っているのにも拘わらず、地上にいるユミトにまでその熱が感じられる程の強度を持っていた。

 そして、音速を遥かに超えた速度で伸びたその光の柱は瞬きをする間もなく、飛竜と少女に到達する。


 直撃だった。


 いや直撃したようにユミトには見えた。しかし、どういうわけか、光の柱がぶつかる寸前に、飛竜と少女は瞬間移動でもしたように、わずかに横にずれた位置に出現した。

 そのため、光の柱はわずかに飛竜と少女の脇を駆け抜け、そのまま留まる事を知らずに遥か宇宙まで伸び行く。少女たちはかろうじて直撃は免れたようだった。


「(どうなった……?)」


 ユミトは閃光に包まれる上空を注視した。

 光線から少女を庇うように、飛竜が体を傾ける姿がかすかに見えた。

 しかし、ティクオンの一撃の衝撃は残虐で凄まじい。

 熱と、それに伴う突風にやられたのか、それとも眩い光に眩んだのか、飛竜と少女達はそれまでのように飛行をする事はかなわず、そのまま森の方角へと落下していった。


 ティクオンはその少女たちにとどめを刺すべくさらに狙いを定める。もう一発あの光の柱を放つつもりなのだ。

 ユミトは息をつまらせる。

 たった今、何を差し置いても一番気になる対象であるところの、飛竜と少女が滅されようとしているのである。


 しかし、ティクオンは直ちに次弾を放つことはしなかった。朝に定期補給したきりの今のティクオンにはあの一撃を再び放つだけのマナが足りないらしい。


 ほんのわずか、硬直が生まれる。


 だがそれは、すぐさま終わる硬直でもあった。ティクオンへのマナの補充は魔法術士が迅速に済ませるはずなのだ。そうすれば直ちにティクオンはあの光の柱を再照射して、今度こそ少女達は消し炭にされる。

 ユミトは唾を呑みこむ。緊張感が支配的に作用し、事態が非常にゆっくり進んでいるような奇妙な感覚を味わった。

 彼の視界の中、少女と飛竜は落下していく。


 その時、ティクオンの体表面に輝く管が再び隆起した。


 続いて雄叫びを上げる。ティクオンへのマナの補給が済んだのだろう。森の方へ落下する少女達に再び照準を合わせる。


「(あぶない……)」

 なぜかユミトは、飛竜と少女を救いたいと思った。その理由はわからない。だが、彼の中には確かに激情が渦巻いていた。

 彼女たちは敵対勢力の、自らの脅威となる存在であるにも拘わらず。守りたいというシンプルな願望が芽生えていた。理性とは関係のないもっと脳の根深い部分でそう感じているのだ。

 しかし、今の彼には何もできない。一瞬のうちに、ティクオンの攻撃を妨害することなど出来るはずもなかった。


「くそ……」

 ティクオンは今まさに第二撃を放とうとしている。

 ユミトは拳を握り込んだ。少女はもう助からないだろう。彼はそう悟った。しかし……


 その時、突如別方向から炎の柱がティクオンに向けて伸びた。

 

 その炎の柱はティクオンに直撃し砕けたかと思うと、爆風とともに燃え広がり大爆発を引き起こした。魔法術による火柱だ。まるで少女と飛竜を庇うかのような攻撃。

 ユミトはその火柱の伸びる先を窺った。

 すると、海岸線からかなり距離を取った位置に、別の飛竜が飛翔していた。天色の飛竜よりも体が少し大きい。


 ティクオンはゆっくりとその飛竜の方へと向き直る。新手。それも、まだ攻撃を加える力を持っている相手だ。

 今落下しているほとんど無力化した飛竜よりも警戒するべき相手だろう。ティクオンは新しく現れた飛竜の方を優先的な攻撃対象とみなした。

 間一髪のところでティクオンの攻撃目標から外された少女達は、そのまま落下していき、森の中へと姿を消した。


 街にサイレンが鳴り響く。

 敵襲を知らせ、地下シェルターへの非難を勧告するための警報だった。

 もちろんサイレンを聞くよりも早く、住民たちもティクオンの迎撃に気が付いていた。あれだけの轟音が聞こえないはずはないし、あの光の束の余波も感じているはずだ。


 しかし、サイレンを聞くまでは、住民はまるで魂でも抜かれたかのように、放心していた。

 あまりにも突然に戦闘が始まったせいだろう。〝サイコ〟では武力衝突は滅多に起きないのだ。

 仮に戦闘になる場合でも、前もって何かしらの情報が入ることがほとんどだ。今回のような不意の事態はこの街の住民にも未体験の出来事だったはず。住民は呆気に囚われ、ティクオンの攻防を眺めて立ち呆けてしまっていた。


 そのため、サイレンは住民たちの気を取り戻させるという意味では役立ったようである。その音を聞き、住民たちはようやく自らが為すべき事を思い出した。

 そして、我にかえれば、彼らの行動は早い。

 蜘蛛の子を散らすように、住民たちは一斉にばらけだした。各々、この街の至る所にある、地下シェルターの入口へ向かう。


 しかしユミトだけは違った。彼の頭の中に、避難するという考えは毛頭なかった。彼は、慌てふためく住民たちを掻き分け、森へと駆け出していた。


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