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PW(ポール・ウォー)  作者: 材然素天
一章 旅立ち
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ユミトの旅立ち1


――三年後


 《白歴五十八年 白の勢力下の都市〝リュウセン〟》


 気持ちの高鳴りにまかせて、思わずユミトは書状を握りつぶした。

 書状にはこう書かれている。


 汝、この書状を受領せし者、白の本国(ホワイトセントラル)への入境を許されたり


 白の本国(ホワイトセントラル)とは、このリュウセンを含む白の勢力の属領を束ねる、連邦政府の本拠地のことだ。そして通常、その領内に一般人が立ち入る事は許されない。特別な許可がない限り、この場所には、魔法術士か、または魔法術士見習いしか入る事ができないのだ。

 基本的に、白の勢力下の国間であれば、ただの身分証を提示すればそれで行き来できる。しかし、白の本国だけは別であった。

 連邦の中枢である白の本国は、限られた人間以外寄せ付けないようになっているのだ。

 ユミトのもらった書状にも、そのセキュリティーの一端は垣間見られる。


 入境許可証の端には、何か見た事もないような記号が記されているのだ。


 それの持つ意味は、ユミトにも察しがつく。

 この記号は、何か、識別子のようなものなのだろう。

 入境の際のIDチェックに使うのだ。この識別子が、この書状を配布された人物、つまり今の場合ユミト個人の、信頼性の高い情報元と直結しているのだろう。

 ユミト以外の者がこの書状を提示しても、万が一にも入境できないようになっているはずだ。

 それもこれもすべては白の本国からの情報漏洩を防ぐ目論見のもとだろう。

 この識別子などはほんの一端に過ぎないが、連邦が徹底して白の本国から情報が漏れる経路を絞っている事は事実であった。


 情報を漏らしたくないのであれば、その秘密を知る人間の母数を減らすことがまず求められる。だから、国防の要となる情報を白の本国に一挙に集約し、管理しているのだ。

 選ばれし者にしか、白の本国へ通ずる門は開かれない。そう選ばれし者にしか……


 ……ではユミトはなぜこの許可証を受領する事が出来たのか。


 白の本国に入境できるのは、ごく限られた人間、それも国防の要を担う人間のみのはずである。

 その疑問の答えは、この書状とともに送られてきたもう一枚の紙切れにあった。

 ユミトは、机の上の一枚の書状に目を向ける。その紙にはこう書かれてあった。


 魔法立国防学舎 エントランス試験 合格証


 そう、この紙に書いてあることこそが、そのものずばり、彼が白の本国への入境を許された理由であった。

 彼はこれから白の本国の内部に居を構える〝魔法立国防学舎〟という場所に入学するのだ。


 魔法立国防学舎は、一口に言うと、この白の勢力地で唯一にして無二となる、魔法術の学び舎のことである。

 この学舎のコンセプトは、魔法術士を養成し、白の勢力の筆頭戦力を確保する所にあった。

 魔法術という技術は白の勢力にとって戦力の要とみなされており、従ってそれを学ぶための教育機関は当然必要となるのである。

 しかし重要でありながら、魔法術を学べる場所はこの魔法立国防学舎をおいて他にはなかった。

 その理由は、魔法術に関する情報が黒の勢力に漏れる事を白の連邦政府が警戒しているからだと思われる。白の連邦政府は、完璧に、魔法の技術を白の本国の内部だけに秘匿しているのだ。

 ユミトもただで本国への入境を許されたわけではない。試験をパスして、許されたのだ。


 まだ、どういう理由からなのかユミトにはわからないが、どうやら魔法術は生まれ持った才能がなくては使えないらしいのだ。努力でどうこうできる範疇の話ではなく、先天的な体質由来の理由があるかららしい。

 ユミトも、まずパッチテストで簡易的な試験をやった。

 パッチテストとは、上腕に検査パッチを付けるだけの、一番簡易的な体質検査の事だ。

 このパッチテストで芳しくない結果が出た場合、学舎へのエントランス試験の受験資格すら得られない。

 そして、仮にこのパッチテストに通ったとしても、魔法術士になれる体質なのかはまだ完全にはわからないのだ。その後の精密検査をパスし、そこで初めて魔法術を学ぶに足る体質であると認められることになる。この段階になって、ようやく入学試験の受験資格を得られるのだ。

 このように、魔法術に適合した体質でなければ、受験資格を得ることすら出来ない。どんなに魔法術を学びたくとも、体質に適性がなければ、努力の余地もなく、最初のふるいで弾かれてしまう。魔法術とは、そんな先天的な不条理が付きまとう世界なのである。


 しかし、ユミトに関していうと、その体質で弾かれるという心配はまったく不要だった。

 というのも、彼はむしろ精密検査の結果、魔法術に適しすぎた体質であったために、エントランス試験の免除要項を満たしてしまうほどであったのだ。

 彼は体質一つで、他のすべての審査の必要性が感じられないほどの魔法術の才覚を示した事になる。

 それは、エントランス試験を免除してでも、ぜひ入学してほしい、と学舎のほうから要請が来たようなものなのだ。

 まだ魔法術に関する知識がないため、ユミトにはあまりピンと来なかったが、それなりにはすごいのだろうと、漠然と認識していた。

 普通の人間ならば、もっと大仰に喜んでもいいところなのだろう。しかし、その点でユミトは少し事情が違った。

 もちろんエントランス試験を免除された時、ユミトは喜んだ。しかし、その喜びは、自分に類まれなる魔法術の才能があったからではなかったのだ。

 ユミトは、自分が魔法術にどれほどの才能があるのかについては、実はあまり関心がなかった。それは、彼には魔法術を学ぶこと以上に強く望む目的があったからである。


 ユミトは、再び入境許可証の方に目を置く。

 彼が本当に欲しかったのは実はこちらの方なのだ。ユミトにとって、学舎への入学は手段に過ぎなかった。彼の、少なくとも現時点での、本当の目的は白の本国に入ることそのものであったのだ。


「ヤエ姉…………」


 懐かしむようにその愛称を口にする。

 ユミトには、会わねばならない人物がいるのだ。

 その人物は、彼の三つ年上の姉、ヤエカであった。そして、三年前あの洞窟で、彼女はユミトの姉であると同時に、命の恩人にもなった。

 彼女の顔を思いだすと同時に、ユミトの中には嫌な記憶がチラついた。彼が命を落としかけ、そして彼女に救われた時の記憶。

 生々しく、瘴気のような靄のかかった記憶。




――その時は暗い穴倉の中にいた。

 高い湿気のせいか、体に吸着する湿分がうっとうしく、粘り気のある自分の汗がそれらと混ざり合ってなお始末がわるかった。

 ユミトは、ただ一点を凝視している。

 正面の光景から、目が離せなかったのだ。

 自らの見据えた先には、禍々しい黒い球体があった。

 そして、その球の周りには醜い亡者どもが群がっていた。

 生きものなのか、それ以外のナニカなのか、それすらわからない異形の影が二つ。

 身の毛のよだつ光景だった。

 そしてその亡者どもは禍々しい姿かたちをして、亡者自身よりもさらに禍々しき気配を発する球体に縋り、そして(すす)っていた。

 ズルッズルッと。球体から湧き出る何かを、ヘドロを啜るように。

 ……気持ち悪い。

 ユミトは嘔吐した。音を立てながら吐いた。

 その音を聞いてか、次の瞬間、亡者どもがこちらを向く。

 侵入者に気が付き、奴らはまず鳴き始めた。

 唇はなく、顔面の下部をズタズタに切り開いたような口。その奥の、焼けただれ穴だらけの声帯を擦らして、奴らは鳴いた。

 亡者は考える力をもう持っていないのか、二もなくただ突っ込んでくる。

 ユミトは唾液の滴る唇を手の甲で拭いながら、顔を上げた。横にはヤエカがいる。

 迫りくる亡者は二匹。こちらも二人。必然的に一人一匹。

 ヤエカは歯を剥き出す亡者の攻撃を躱し、手早く転がした。そして石で頭を砕く。ユミトの方は、尖った石で亡者の腹を裂いた。

 とたんに、二匹の亡者は動かなくなる。あっけなく死んだらしい。不愉快な鳴き声も止んだ。

 恐怖は去った、とそう思った。


 だが、その時、死んだ亡者の腹から黒い流体が迸った。


 ユミトが裂いた腹の裂け目から間欠泉のように勢い激しく。

 それは、亡者が最初に啜っていたヘドロのような流体だった。亡者が嚥下し、腹に詰め込んだ、穢れた液体だ。

 液体は容赦なく、ユミトとヤエカに迫る。

 突然の事にユミトは動けずにいた。ヤエカだけが反応する。

 ユミトにかかりそうになったその黒い液体のしぶきを、ヤエカは自らの体を盾として、防いだ。

 そして、その液体に触れた瞬間、ヤエカは倒れ伏した。

 彼女はうんともすんとも言わなくなる。

 体を揺すっても、ヤエカは動かなかった。

 ユミトはパニックに陥る。どうしたら良いのかわからなくなった。

 ユミトは床に滴った黒い液体を見る。そこからは禍々しい気配が発せられていた。直感的に触れてはいけないものだとはわかる。

 ヤエカは、触れてはいけないものに触れたのだ。ユミトを庇って。だから動かなくなった。

 ではどうすればいい?

 ユミトにはわからなかった。己の無力を呪いながら、わめきたてる事しかできなかった。

 だがそこに、一人の青年が現れる。褐色の肌の整った顔。

 彼はヤエカを見ると、顔色を変えた。そして、青年はただ一言言う。

 治療のため彼女を白の本国に連れてゆく、と。青年は魔法術士だった。


「カカオリフィス……」


 青年の名前は憶えている。褐色に秀麗な容姿。そして、史上最年少で大魔法術士の位についた天才。それが、ヤエカを救った青年だった。

 カカオリフィスがヤエカを連れて行ってからすぐ、ユミトはヤエカに会うため、白の本国(ホワイトセントラル)へと向かった。

 しかし、入境は許されなかった。

 白の本国には、よほどの事情がない限り、一般人は入る事を許されないのだ。ヤエカは、大魔法術士である、カカオリフィスの力で入境を許されたのだろう。

 だがユミトの、家族に会いたいからという理由では認められなかった。

 そのため、ユミトは、いまだヤエカの安否も確認できていない。命の恩人に礼の一つも言えていないのだ。そして命の恩人の恩人であるカカオリフィスにも。

 だからユミトは白の本国への入境許可を渇望していた。そしてそのために、唯一でもある正規の入口、魔法立国防学舎への入学を目指したのだ。


 学舎への入学審査は、初等学校の卒業年度になって初めて挑戦を許される。そのため、ユミトは最高学年になるまで、初等学校で待ちぼうけをくらうはめになった。

 あの時、ヤエカに命を守られるような事態に陥ってしまった不甲斐ない自分を恥じながら、地獄のような日々をただ消化し、待ち続けるしかなかったのだ。

 だが、今日の朝、一日千秋の思いで待ちこがれた書状が届いた。

 本試験が免除されたため、予想よりも少し早い到着だった。

 ようやく、彼の中で意味のある時が刻まれ始めたといえよう。今までの消化的な、ただ入学審査を待つだけの日々から抜け出す事が出来たのだ。

 ユミトは、とうとう扉が開かれたように感じた。


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