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PW(ポール・ウォー)  作者: 材然素天
二章 出会い
13/34

カウントダウン

 何事もなく、ユミトとエファは森の出口の付近まで到達した。幸運と言うよりないが、魔法術士との接触はないままにここまでくる事ができた。順調に進めているといえる。


 肩に担いだエファを両手で押さえながらユミトは進んでいる。カード型端末は軍服の胸ポケットにしまっていた。マップの内容は森に入る前にすでに完全に頭に入れていたので、手に持って見なくとも迷う事はないのだ。


 森には道がないため、マップに森内部の道筋に関する情報はなかった。

 しかし森のスケールや森と繋がっている道はすべて暗記しているため、どちらにどれほどの距離を進めばいいのかはわかるのだ。

 ユミトは自分がどちらの方角にどれほどの距離進んだのかも、森に入った瞬間から記憶している。そのため、一番近い森の出口がどれで、どちらの方角にあとどれほどかもすべて把握できていた。


 ユミトは森を出たらリュウセンに向かうつもりだった。

 リュウセンならば、憲兵の配備状況や地形を知り尽くしているので、入境しやすいのだ。

 そして、リュウセンには叔父夫婦やカイ、キナツなどの信頼できる知り合いがいるという大きなメリットもある。

 また、長い目で見ると、リュウセンはこの近郊でもっともエファをかくまい易い場所でもあった。


 その理由は、エファと同じような気配を発する洞窟があるからである。

〝封印窟〟……と呼ばれる洞窟だ。そこは、ユミトとヤエカが亡者に襲われたまさにその洞窟でもあった。

 ここの付近ならば、洞窟から流れ出る気配を隠れ蓑にエファをかくまう事ができるのだ。


 それゆえ、ユミトはリュウセンを目指す。

 しかし、主要な道は魔法術士によって塞がれているだろうと予想できた。

 彼らも馬鹿ではない。手傷を負った敵が森内部に落下したとわかったのであれば、まずはその周りを包囲して退路を断つはずだろう。

 向こうは人数に余裕があるため、森の中の捜索と包囲網の形成は別働隊によって同時進行していると考えるべきだ。


 リュウセンに戻るためなら、本来、街の方に戻った方が効率がいいのだが、そちらの出口はもう塞がれている可能性が高かったので、一度反対側から森を突っ切ることとした。森の脱出を優先するのだ。


 担いでいるエファは荒い呼吸音を発している。痛みを必死に耐えている様子だった。痛みが増しているのかもしれない。

 急いだ方が良さそうだった。強靭な忍耐力を備えているとはいえ、彼女の意識は風前の灯状態であるのだ。


「エファ、もうすぐだから頑張って」

 ユミトが言うと、エファは顔に玉のような汗を浮かべ、小さな頷きを返す。

 彼はこのようにして、定期的にエファに話しかけるようにしていた。痛みに支配されている彼女の気が、わずかにでもまぎれるようにと。


 目の前の空間が開けてきた。ついに森の出口まで到達したようだった。ユミトは出口の少し手前の木の上で足を止める。

「ちょっと出口の様子を見てくるから、少しだけ待ってて」

 木の上にエファを寝かせ、ユミトはそう言い添えた。エファはもう寝ているだけでもキツイようだったが、わずかにまぶたを上げ、目で返事をした。

 ユミトは一度頷き、一人地面に降りる。


 着地すると、まず慎重に周りを見渡した。

「…………」

 感覚を研ぎ澄ませ、自分の身体を延長していくように、把握範囲を拡大していく。

 ……とりあえず近くに敵が潜んでいる様子はない。雨音に阻害される中だが、異常な物音はおそらく混じっていないようだった。


 ユミトは軍服の胸ポケットからカード型端末を取り出す。そして素早く認証を済ませ、マップを起動した。

 現在の正確な位置を確かめる。

 ユミトはここまで、すべて己の頭を頼りに進んできた。自分の進んだ方向と距離を概算し、それをマップの記憶と照合し現在位置を割り出し、出口を目指していたのだ。精度にはそれなりに自信があったが、それでも確実というわけではないので、確認しないわけにはいかなかった。


「よし」

 歩測から割り出した予想位置とマップの表示する現在位置とが、ほとんどぴったり一致している。

 ユミトが目指していた出口の近くだった。

 だが、出口とはいっても、出た先に道らしい道があるわけではない。踏み固められた地面ではなく、丈の高い植物が乱雑に生えた大地が広がっている。

 主要な道は真っ先に塞がれると思われたので、あえて、少し脇にそれた出口を選んだのだ。


 ユミトはバックパックからロープを取り出し、ブーツの靴底と甲の側との外周に巻きつけて結ぶ。そして、物音をたてないように踏むものを選びながら、慎重に出口付近へと向かった。


 茂みの影から森の外を見渡す。

「……(まずいな)」

 出口の付近に一人、見張りのような男が立っていた。ユミトと同じ白い軍服。そして胸元にはバッチを付けていた。


 オリーブの葉をかたどったバッチ……それは魔法術士の証だった。

 このような場所にまで見張りが及んでいるということは、包囲は完了している可能性が高かった。


 出口を変えるか、否か。しばしユミトは悩む。

 出口を変えたところで、その出口が見張られていない保証はない。

 それどころか、ここより厳重に見張られている可能性の方が高いくらいだろう。

 しかも、出口を変えるとなると、また森の中を進まなくてはいけなくなるため、森内部で敵に遭遇するリスクも上がる事になる。

 また、時間を余計にかけると、エファには負担をかけるうえ、敵には捜索・包囲の時間を与えてしまうだろう。


「(ここから行くしかないか……)」

 考えれば考えるほど、この出口から抜け出ることより良い条件が思い浮かばなかった。

 ここの見張りの魔法術士は一人。一人ならば、まだなんとかなるかもしれない。

 

 もちろん、ユミトは魔法術士をあなどっているわけではない。

 魔法術士を相手に、少しばかり運動能力が高いだけの自分が真っ向から太刀打ちできるとはユミトも思っていない。

 魔法術士は、万の兵にも匹敵する戦闘能力を有しているとも言われているのだ。


 しかし、不意を付くことが出来れば、可能性はあるかもしれないと思っていた。作戦を練り、一瞬でカタを付けるのだ。

 魔法術を使う間も与えず、一撃で相手の意識を断つ。

 その状況を造り出せるのであれば、思慮の差、身体能力の差、経験の差も、一瞬だけすべて関係なくなるはずだろう。


 幸いユミトは魔法立国防学舎の軍服に袖を通している。つまり、身分が保証された身であるのだ。それだけ相手の魔法術士の警戒を解きやすいはず。

 そして、警戒心が限りなくゼロに近くなれば、いくら魔法術士とはいえほんの一瞬の隙を生じさせられるかもしれない。


 ユミトは素早く、頭の中で簡単な作戦を立てた。

 複雑な作戦は必要ないにしても、相手が魔法術士である以上、ノープランで挑むわけにもいかないのだ。


 作戦を頭の中でまとめると、ユミトは茂みの影から少し身を引く。

 そして、靴に巻いたロープを外した。これから魔法術士の前に姿を曝すため、不審な格好をしているわけにはいかなかいのだ。あくまで学舎の生徒として、魔法術士の警戒を解かなくてはならない。


 息をつくと、ユミトは頭の中でカウントダウンを開始した。

 六十、五十九、五十八………

 ここから作戦は始まっている。ユミトは弾みをつけると、ぬかるむ道を走り抜けて、勢いよく森を飛び出た。派手に走ることで、泥の飛沫をわざと軍服につける。


「誰だ?」

 魔法術士は、派手に音を立てて飛び出てきたユミトに対し、警戒心を露わにした。

 五十三、五十二、五十一……常にユミトは頭の中でカウントを続ける。


「ひょっとして、魔法術士の方ですか?」

 ユミトはあえて驚いたようなふりをした。そして、腰を低く、小刻みにお辞儀をしながら接近する。


「僕は来年度から魔法立国防学舎への入学が決まった者です」

 ユミトは軍服を見せびらかすように胸を張った。

 四十三、四十二、四十一……


「なぜ、森にいた?」

 軍服を見せびらかすようにしても、魔法術士の警戒が解けた様子はなかった。

 彼は射貫くような視線をユミトにそそぐ。


「白の本国へ向かう道すがら、この街に立ち寄る事になりました。……すると、先ほどいきなり飛竜が撃墜される様を目撃したものですから。もう、いても立ってもいられなくなって。思わず、森に飛び込んでしまった次第です。……でも探しているうちに、いつのまにか森から出てしまったようでして……あはは」

 ユミトは後頭部を掻きながら、照れた真似をしてみせる。

 しかし魔法術士は笑わない。


「入学予定の生徒ならば、当然、カード型端末か、白の本国(ホワイトセントラル)への入境許可証を持っているな? それを見せろ」

 淡々と魔法術士は言った。証拠をその目で確かめない限り、彼の警戒が解ける事はないのだろう。


「わかりました。入境証でよろしいですね」

 ユミトはバックパックの中から入境許可証を取り出した。許可証は撥水性のクリアケースを被せてあったので、濡れても平気なようになっていた。


 魔法術士はその許可証を受け取ると、抜かりなくユミトから距離をおき、その許可証の識別子を自分のカード型端末で読み取った。

 やはり手ごわさを感じる。読み取る瞬間でさえ、彼にはいっさい隙がないのだ。


 だが、識別子の読み取りを追えると、魔法術士は呆れたように息を吐いた。

「……君が本当に学舎の入学生ということはわかった。でも君の行動はあまりにも軽率に過ぎるぞ」

 飛竜の落下を見て森に飛び込んだという、ユミトの発言を受けてのことだろう。

 ユミトの言葉を信じた証拠だった。

 諭す言葉ではあるが、魔法術士の口調は先ほどより柔らかくなっている。

 おそらく、今の彼には、ユミトが好奇心旺盛で思慮の浅い魔法術士見習いに見えているのだろう。


 二十二、二十一……

 魔法術士は、ユミトの身元が知れると、途端に先輩らしい態度になった。年も若くユミトともそう離れていないようなので、少し親近感を持ったのかもしれない。


「いいか。飛竜を連れているという事は、敵勢力の中でもかなりの実力者という事になる。ティクオンに撃墜されたといっても、十分危険だ。好奇心もいいが、興味本位で捜索して、もし本当に遭遇していたら、君は命を落としていたかもしれないんだぞ?」

 言い聞かせるような口調で、魔法術士は言った。

 十五、十四、十三……


 ユミトは表情を曇らせて、頭を下げる。

「たしかに軽率でした。魔法術士様には無駄な警戒までさせてしまって。……本当にすみませんでした」

 十、九……


「分かればいい。ここは危ないから早く立ち去りなさい」

「ありがとうございます。……ですが、あの」

 ユミトは魔法術士が持っている入境許可証を指さす。

 魔法術士はユミトの指の動きに追随するように、手に持ったままの入境許可証を見た。

 六、五……


「ああ。わかっている。今返すよ」

 魔法術士は入境許可証を返すために、一歩ユミトに近づく。

 三、二……

 魔法術士が手を差し出す。ユミトも受け取る準備をする。

 一……その時


 スパアァンッ


 何かが弾け飛ぶような音が響き渡った。

 その音に、一瞬魔法術士の意識はユミトから離れそちらに向かった。

 ほんの一瞬の間、身分の保証されたユミトよりも、前方で上がった不審な音の方が魔法術士の中で警戒の対象としての優先順位が高くなったのだ。


 そして、その一瞬こそがユミトの欲していたものだった。


 許可証を受け取ろうとしたその手を握り込む。

 そして、魔法術士の下に潜り込むように腰を低め、力強い一歩を踏み込むと……


「がっ…………」

 思いきり、魔法術士の顎下に拳を叩き込んだ。


 あまりの事に、さすがの魔法術士もまったく防御の姿勢をとれなかったようだ。

 顎からの凄まじい衝撃に体が一メートルほど浮き上がり、そのまま後ろ様に倒れる。


 格上を相手にしているため、ユミトも加減する余裕がなかった。普通の人間ならば、裕に顎が粉砕される強さで殴ってしまった。

 ユミトは少し怖くなり、後方に吹き飛ばされて伸びている魔法術士に駆け寄り、脈を調べた。


「……よかった」

 恐ろしくタフなことに、魔法術士は生きていた。しかし、あれだけの衝撃で脳を揺さぶられれば、しばらくの間目を覚まさないだろう。

 

「急ごう……」

 今さっき、発生させた陽動の爆発音に、他の魔法術士が気付いたかもしれない。

 一難越えて、一休みしたい所だが、そうもいかなかった。

 ユミトは魔法術士の体を森まで運び、草陰に隠したあと、すぐにエファを寝かせた巨木まで戻った。


 枝に飛び乗り、様子を窺うと、数分前よりもエファはさらに余裕がなくなったように見えた。もうほとんど何も考えられないほど意識が朦朧としている様子だ。

 ユミトはそっとエファを持ち上げ、肩に担ぐ。

 そして、急いで森を駆けでた。


 ここからは記憶したマップを頼りにリュウセンを目指す。

 カード型端末は爆発させてしまったので、もうマップを開くことは出来なかった。


 魔法術士の隙をつくための陽動の爆発音。

 あれはカード型端末が自爆する音だったのだ。カード型端末は、情報漏洩を防ぐため、マップを開いたままの状態で一分以上持ち主の手を離れると自爆する設定になっている。

 ユミトはそれを利用したのだ。


 魔法術士を一撃で昏倒させるだけの攻撃を仕掛けるには、それなりの予備動作が必要になる。だが、面と向かい合ってそれだけの隙を作るのは至難の業といえた。魔法術士見習いとして信頼させたとしても困難だろう。そのため、ユミトは一計を講じることとしたのだ。


 まず、魔法術士に姿をさらす前に、森の中で、マップを開いた状態のカード型端末を設置する。この時に時限爆弾のスイッチが入ることになる。

 後は爆発するまでの間に魔法術士に接近し、警戒を解き爆発のタイミングを窺うのだ。そして爆発によって一瞬、相手の意識から自分が外れた瞬間、確実に相手を気絶させられるだけの一撃をぶつける。

 この一連の流れを滞りなく実行し、ユミトは何とか見張りの魔法術士を無力化する事に成功したのだった。


 何とか脱出への活路を開いたといえるだろう。

 ユミトはエファを担ぎ、道なき道を進んだ。

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