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PW(ポール・ウォー)  作者: 材然素天
二章 出会い
12/34

君は誰?

 エファはホーンラビットを召喚した後、森の出口を探していた。時間を稼いでいる間に何としても敵を振り切らなければならなかったからだ。

 しかし、その足取りは思わしくなかった。痛みが増してきているのだ。


 それはマナの増幅が収束していっているせいだろう。それによって、肉体の活性化に伴う鎮痛作用が失われつつあるのだ。

 このままマナの増幅が収束していけば、どんどんと痛みが顔を出していくことになる。

 今でさえ、激痛でろくに動く事が出来ないというのに。


 ホーンラビットによって時間を稼げている間が勝負だという事は承知の上だが、エファは増していく痛みに邪魔され足を進められなくなっていた。

 視界も薄い膜が張ったように、輪郭がぼやけつつある。


 そして、そんな時であった。


 突如、目の前に見知らぬ少年が現れたのは。

 どのようにして追って来たのかは不明だが、上から突然降ってきたようにエファには見えた。

 少年は白い軍服のような衣類を身にまとっている。おそらく、この国の兵士なのだろう。

 もっとも、この状況で対峙することになったのだから、服などを気にせずとも十中八九敵といえるが。


 まさか、ここまで敵の手が早いとは思わなかった。ホーンラビットを召喚し、攪乱を目論んだ時には、もう間近まで接近されていたのだ。


「……ごめんなさい」

 小さくエファはこぼした。それはクオルに対してのものだった。

 敵と遭遇したという事、それはほぼ確実にもうクオルとの再会は出来なくなったということを意味する。

 エファは戦わない。敵と遭遇したという事は、相手の要求に応じるという事だ。敵はエファを殺すか、無力化して拘束するだろう。召喚を赦すような事態にはならないはずだ。


 敵を前にすると体が震えた。痛みさえも一時的に頭の隅に追いやってしまうほどの恐怖を感じた。初めてだった。自分の命を奪うことを使命にしている人間と対峙することは。


「……私には、争う気はありません」


 なんとか、絞り出すように、エファはそうとだけ言った。

 言葉自体は通じるはずだ。黒の勢力と白の勢力には共通言語がある。

 古代戦争の後の休戦期にできたものだ。


 しかし仮に言語が通じたところで、こちらの言葉に耳を貸してくれるわけではない。意味が通じてもそれが右耳から入って左耳から抜けるようでは意味がないのだ。


 問答無用に攻撃を開始した黒いナニカのことを考慮すれば、白の勢力の姿勢のようなものは窺える。この少年もおそらく、自分の事をもう敵だとみなしてイメージを固めているはずだ。こちらの話を聞いてくれる見込みは薄いだろう。


 エファは恐ろしくなって、目を瞑った。そして少年の次の行動を待つ。自分を殺すのか、拘束するのか、彼の意向ひとつで、自分の運命は決する。


「君は一体何者で、目的はなに?」


 しかし、構えていたエファとは裏腹に、少年はそんな事を尋ねてきた。

 エファはゆっくりと目を開ける。少年は自分に質問をしてきた。それはエファの言葉を聞く姿勢を持っているということだ。


「私はエファ・エレットと申します。……この国に入ろうとしたのは、私の愚かな思いつきのためです」

 エファは緊張のあまり息を継ぐ。思考の邪魔になる痛みを必死で払いのけ、そして言葉を探した。唇を震わせながら、エファは続ける。


「……私は、黒の勢力を逃げ出して来たのです。戦場に立たされるのを拒む為に。そして、先ほどまでは、その逃走の途にありました。その道中、ここの海岸線を目にし、ものの弾みでこの街に飛び込んでしまったのです」

 なるべく短く経緯を説明した。わざわざ詳しくその時の心境までを説明するのは躊躇われたので、サイコに入った理由は割愛した。


 エファは固唾を呑んで少年の様子を窺う。

 少年は柔和な風貌であったが、鋭い目を持っていた。その目の奥には相手の言葉を真剣に聞き入れ、そして自分の意見を形作る一種の誠意のようなものが秘められている。


「……君はエファと言うのか。僕はユミト。黒の勢力から逃げてきたということは、君は兵士ではないと思っていいのかな?」

 少年はそう問うてきた。エファは頷く。

「はい。兵士になりたくなかったので私は亡命してきたのです」

「君の国では、兵士になる事を強いられるの?」

 エファは首を振った。天色のピアスも虚しく揺れた。

「誰もが兵士にされるわけではありません。私には特別な妖術の才があるようなので。そのために強制的に戦いの舞台に立たされそうになったのです」

 その彼女の説明を聞き、ユミトは、飛竜(ヴルム)を乗りこなす少女の姿を思い起こした。


 飛竜とは、黒の勢力の中でも重大戦力のはずなのだ。それをまだ年端のいかない少女が扱うというのは、やはり尋常ならざることなのだろう。少女にはそれだけ、魔法術の才能があるのだ。

 そしてもし何らかの経緯をへて、黒の勢力の上層部にエファの才覚が知れてしまえば、それを利用しようとするのも自然なことだろう。

 少女はそれを拒むために、故郷を出たのだ。


「なるほど……」

 ユミトには合点がいった。

 そして彼はそこまで考えると、今頃になってエファの傍らにあの天色の飛竜がいない事に気付いた。

「飛竜は、今は従えていないようだね?」

 ユミトのその発言に、思わずエファは顔を伏せる。


「彼女は重傷を負ったので、元の世界へと戻しました」

 元の世界へと帰す……その言葉がユミトには気になったが、今はそこを掘り下げている時間はないので、とりあえず飛竜が今はここにいないという事だけを頭に入れた。

「わかった。それで君の方にはどこか痛いところとかある?」

 エファはユミトのその、まるで自分の容体を気に掛けるような問に少し驚いた。


「劇薬の副作用のようなもので、全身に痛みが生じています。しかし、クオル……つれていた飛竜が庇ってくれたこともあり、先の戦闘での外傷はありません」

「動けるの?」

「今はまだ何とか」

 そうは答えたものの、実際には、彼女は立っているのもギリギリの状態だった。痛みが波打つたびに、意識は飛びそうになる。


 ユミトはそんなエファの様子を観察し、エファが、外傷はなくともかなり極限の状態にあることを悟った。息が荒いうえに、目がうつろな様子を見れば、今もかなり無理をして質問に答えている事がわかる。


「無理させてごめん。でも最後にこれだけ教えてほしい。君の気配を途中から追えなくなったんだけど、それは君の魔法……えっと、妖術…のせい?」

 エファは痛みであがった息を整え、頷いた。

「はい。妖術によって、私と同じ気配を発する生き物を複数出現させました」


 ユミトは納得する。途中から追えなくなった気配。あれは複数の気配が干渉しあい不規則になってしまったためだったのだ。

 しかし、その妖術を目の前の重傷の少女が今もなお維持しているということにもなる。


「君はだいぶ辛そうだけど、その妖術は維持できそうなの?」

 よろけて木を支えにしたエファを見ながら、ユミトは聞いた。


 エファは呼吸をする事も辛そうにしながら、弱弱しく首を横に振る。

「今は、薬の力でその妖術を保っている状態です……。薬の効果が切れればその妖術を維持できなくなってしまいます」

 劇薬を摂取したとさきほどエファは言っていた。そのせいで痛みを覚えるのだとも。おそらくその劇薬が妖術を保つ薬のことだろうと、ユミトにはわかった。


「あの……」

 エファは遠慮がちに声を上げる。

「何?」

「妖術を解いた方がよろしいでしょうか?」

 ユミトにとって、妖術は彼の味方を妨害するもののはず。エファはそう考えたのだ。しかし、


「いや、君が平気ならなるべくそのまま維持して欲しい」

 ユミトはエファの予想に反した答えを即答した。そしてさらに

「けど、妖術の維持はやっぱり体に負担が来るものなのかな?」

 エファにしてみれば驚くべきことに、ユミトはまたもエファの体を気に掛けるようなことを言った。


「いいえ……。体の痛みは劇薬の副作用によるもので、妖術の維持とは無関係です……」

 妖術を解いたとしても、一度起こしてしまったマナ増幅の反応は止まることは無い。エファは戸惑いながらそう答えた。


「了解。それなら妖術は維持してくれるとありがたい。あとどれくらい薬の効果は持ちそう?」

 さきほどエファは薬の効果がなくなれば妖術を維持できないと言っていた。それを受けての質問だった。


 エファは荒い呼吸のまま首を捻る。

「例を見ない程の量を摂取してしまったので……でも意識さえ保っておければ、おそらくあと半刻は持つと思います」

 ミルキーワームを過剰量摂取した事により、当面、マナの量が足りなくなるという事はないだろう。しかし、意識が途切れてしまえば、目くらましの妖術も解ける事となる。


「そういう事か……つまり、この目くらましはいつ切れてもおかしくないというわけだね……」

 ユミトは独り言のように呟いて、頷いた。

「わかった。じゃあ、なおさら急がなくちゃだね」

 いよいよか。エファは思った。彼女は、ユミトが、自分が動けなくなる前にどこかに誘導するつもりなのかと思った。だが……


「君が魔法術士の目をくらませられている内に、逃げなくちゃ」


 エファを混乱させるような事をユミトは言う。

「あの……なぜあなたが味方から逃げる必要があるのですか?」

 魔法術士が白の勢力の兵だということは知っている。ではなぜ、目の前の少年はその味方であるはずの兵から逃げる必要があるというのか。当然の疑問をエファは抱く。

 すると、ユミトは首を傾げた。


「なぜって、君をここから逃がすために……」

 不思議げにそう言った直後ユミトは表情を一変させ、

「そうか。ごめん。君は僕をずっと敵だと思っていたわけだね。……確かに、まだ言っていなかった」

 彼は苦笑を浮かべて詫びた。配慮が足りなかったと反省した様子だった。目の前に、いきなり軍服の男が現れたら、敵に思うに決まっている。そんな事も察せられなかった自分がひどく滑稽に思えたのだ。


「僕はこの国の兵士ではないんだ。そして君を逃がそうと考えている」

「え?」

 エファは思わずそうこぼしてしまった。少年の言動が理解できず、充血した目を見開いてしまった。

「そんなに驚くことかな。君は兵士じゃなくて、この街に危害を加えようとしにきたわけでもないんでしょ。だったら、魔法術士にひどいことをされるべきじゃないはずなんだ。だから僕は君が逃げる手伝いをする」


 彼女の話を聞いてみれば、彼女はこの国に仇を為すような人間ではなかった。

だったら、もうユミトに迷うところはない。たとえ彼女を逃がす事が反逆行為だと見なされるとしても、彼は自分の行動が正しいものだと信じる事が出来る。


「急ごう」

 ユミトはエファに歩み寄り、そして手を差し出した。こうしている間にも追手は迫って来ている。魔法術士をあなどることは到底できない。

 しかし、エファは手を取ろうとはしなかった。

「どうして?」

 自分が敵国の人間だから信頼されていないのかとユミトは思ってしまった。しかし


「私はあなたに触れる事ができないのです。もし私が触れればあなたに火傷を負わせてしまいますので」


 陰性人(マイナス)の体細胞は、一部分を除いて陰性のマナからつくられている。そして、陽性人(プラス)は陽性のマナによってつくられている。

 陽性と陰性。この二つのマナによってつくられた同種の分子はぶつかると、相互的に消滅してしまう。つまり、ユミトとエファが触れ合うと、触れた箇所の一部が消滅する恐れがあるのだ。


 この現象を、黒の勢力では『白の人間に触れると火傷を起こす』と教えられる。

 だからエファはユミトの手を取る事が出来なかったのだ。


 ユミトもそのエファの言葉で思い出す。陰性人と陽性人は存在を脅かし合う間柄であるという事を。

 ユミトは今まで陰性人と触れ合ったことはなかった。だから、存在を脅かし合うという本当のところの意味を正しく実感として持っていなかったのだ。


「……本当に、僕たちは対立種族なんだね……」

 ユミトは悲しくなった。

 自分と見かけはまったく同じようで、そして同じように痛みを感じる人間なのに、目の前の少女と自分は互いに触れ合うことも出来ない間柄なのだ。


「ユミトさんは、不思議な方ですね……」

 エファは、ユミトの憂いを含んだ目を見て言った。彼は戦争相手のエファと触れ合えないことに心を痛めているのである。


 白の本国に入った瞬間にエファは問答無用で攻撃を受けた。それが普通の挙動なのだ。

 しかし、目の前のユミトという少年はエファを救おうとして、そして、対立種族同士の宿命を悲しんでいる。今のエファにはそのユミトの感覚が不思議に思えた。


「……僕が不思議? 自分ではそんなつもりはないんだけどな」

 ユミトは自分の感覚の方が普通だと思っているので、エファのその言葉には曖昧に首をひねるだけだった。

 彼の中では、普通なのだ。エファを救おうとすることも、敵対種族に触れられないという事実を悲しむことも。


「……実際問題として、君に触れられないのは困るな……」

 ユミトは顎に手を当てて考え込む。

 実際、触れられないというのは深刻な問題だった。

 エファの様子を見る限り、彼女が速く動けるとは思えない。しかし、妖術が維持できなくなる前に、魔法術士たちを振り切るためには急がなくてはならないのだ。


 ユミトは、自分がエファを担いで逃げる算段でいた。しかし、触れられないのであれば担ぐことは出来ないのだ。

 では、どうするか……。

 どうにかしなければ逃げ切れない。なんとか切り抜ける方法を考えるしかない。


 そもそも、なぜ触れられないのかは、ユミトには、はっきりとは分らない。だが漠然と、自分とエファでは生み出すマナの種類が違うからではないのか、とあたりはついていた。


 プラスとマイナスが足し合わされてゼロになるように、極性を持った存在同士がぶつかると、存在を打ち消し合う。だから、極性を持ったマナからつくられた自分とエファは触れられないのではないのか、とユミトはそのように解釈した。


 そのため、極性を持たない……つまり魔道生命ではないこの森の木々や地面に触れても、存在を打ち消されることはないのだろう。それらはプラスでもマイナスでもないために、エファにもユミトにも問題なく触れることができるのだ。


「ん? ……まてよ」

 ……どちらにも触れられる? 今自分の頭の中で浮かんだその事実にユミトは思考の足を止めた。

 どちらにも触れられる。この森の木々や葉などはユミトにもエファにも触れられるのだ。

 その時、ユミトは閃いた。


「……それだ」

 ユミトは解を得る。

 この森の葉っぱのような極性の無いものであれば、ユミトにもエファにも触れることができる。それを利用するのだ。


 極性の有る無しなどの考えはユミトの予想なので事実に即しているのかはわからないが、森の木々や葉に触れられるということは実体験から証明されている。


 だったら話は簡単だ。

 自分とエファの間にこの森の木々のような、両者が触れられる物質をかませればいい。そうすれば、間接的にユミトはエファに触れることができるのだ。


 ユミトは急いで、バックパックを漁った。その中には白の本国からの支給品が詰められている。衣料品やカード型端末と同時に届けられたものだ。


 その中から、ユミトは二枚の風呂敷を取り出した。それは、魔道生命でない植物の繊維から織り出した布だと注釈があった。つまり、この森の木や草と同じく、エファにもユミトにも触れられる素材である可能性が高い。

 もしこの布に二人とも触れられるのであれば、エファとユミトとの間にこの布をかませることによって、傷を負うことなく彼女を担いで逃げられることになる。


「エファ、この布に触ってみて」

 ユミトは風呂敷の一枚をエファの前に出す。エファは荒い息をしながらも、ユミトの提示した布を掴んだ。

 何事も起きない。やはり、極性のない布であれば、エファにも触れられるのだ。


「よし」

 ユミトは同じく支給品のナイフを使って、風呂敷の両側から互い違いに切り込みを入れていく。そして、それを伸ばし一本の包帯のようにした。

 それを必要に応じてさらに切り分け、エファの体に巻きつけて行く。そして、風呂敷二枚を費やしたところで、何とか隙間なく巻きつけることに成功した。

 顔と足の一部だけは、触れないようにしようと思えば出来るので、無視した。


 ユミトは巻き終わるとすぐに、エファを肩の上に腹ばいの状態で乗せ、担いだ。時間はないのだ。

「気を付けるけど、ちょっと衝撃があるかもしれないよ」

 ユミトはエファに出発の声を掛ける。なるべく衝撃はエファまで伝わらせないようにしたいが、それにも限度はあった。


「はい。意識は保ちます」

 意識を失えば、妖術が解ける。ホーンラビットがいなくなれば魔法術士に簡単に位置を特定されてしまうことになってしまうのだ。


 エファの返事にユミトは頷いた。

 彼は、地面を蹴り木に飛び乗る。雨はまだ降りしきっているため、ぬかるんだ地面はあらゆる意味で踏むのに適していないのだ。

 そのため、ユミトは木の上を進んでいくつもりだった。


 木を蹴り進んでいくので、衝撃は地面を進むよりあるかもしれない。しかし、敵の追跡をかいくぐり、時間をかけずに森を出るには速度が必要になるのだ。自分もエファも無理をするくらいでなければ逃げ切れないだろう。

 これもエファを救うため。

 ユミトはエファを担ぎながら、全速力で森を駆け抜けた。


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