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PW(ポール・ウォー)  作者: 材然素天
二章 出会い
10/34

少女は森に一人

ご確認用に、用語などを簡単に補足させて頂きます。


マナ……最高品質のエネルギー。

eバイタル……マナの生成を担う臓器。

綜界陣(ゲート)……召喚に使う魔法陣のようなもの。


また、

白の勢力 → 陽性人により構成。

黒の勢力 → 陰性人により構成。

です。


 召喚出来る世界は四つで、

天上界(てんじょうかい)

亜天上界(あてんじょうかい)

亜獄界(あごくかい)

獄界(ごくかい)

 があります。

 階層が上の世界の生物ほど、召喚の難易度も上がります。



 クオルを失い、エファは、この敵地のただ中で一人となった。

 ……いや、それだけではない。父を失い、クオルも失った今、黒の勢力地を含めたすべての世界の中で、彼女は一人なのだ。


 その時、思い出したかのように、エファの体に強烈な痛みが主張を始めた。過剰量の劇薬を摂取した事による痛みだ。

 まるで体内を別の生き物が駆けまわって、筋を引きちぎろうとしているかのようだった。

 鼓動も激しさを増し、一定のテンポでみぞおちを殴られ続けているようである。エファは呼吸もままならなかった。


 思わず片膝をついた。そして胸元をかき抱く。

 荒い呼吸で痛みをやり過ごしながら、しかしこれで良かったのだとエファは自らに言い聞かせた。

 最初からこのつもりだった。もしどうしてもクオルの危険を回避できなくなった場合、強制的にでも彼女を元の世界へと帰そう、と。

 彼女の考えを尊重することも大切だが、命には代えられない。


「クオル……生きてちょうだい」

 クオルとの別れは身を切るようにつらい。そしてそれはクオルにしても同じかもしれない。

 しかし、どんなにつらい思いも、生きてさえいればいずれ癒えるはずだ。

 強烈な記憶も、時がすぎれば別の記憶に埋もれゆくはず。そしてその上でクオルがどこかで幸せを得られるのであれば、今この瞬間敵に身を曝すよりも彼女にとってはるかに有意義なはずだ。

 一緒に死んだ方がいい、などという考えは、瞬間の激情にとらわれた判断の誤りにすぎない。エファはそう思うし、そうなる事を心より願っていた。


 エファは右手を握りしめる。そこには最後に触れたクオルの飛竜珠の温もりが残っていた。それは本当に唯一のクオルの在った証だった。

 クオルの体は、剥げた竜鱗に至るまですべて綜界陣に吸い込まれてしまった。この世に残っているのは、クオルからエファに移った彼女の体温の痕跡だけなのだ。

 だが、かえってそれはエファにとっては都合がよかったのかもしれない。もういない飛竜への名残惜しさを残すだけの遺留物ならばない方がいい。


 エファは痛みで霞む意識の中で、これからどうするかを考え始めた。

 このまま、クオルとの別れを惜しんでいても状況は悪くなるだけなのだ。

 行動しなければならない。


 まず自身の状態を正しく把握するべきだろう。

 エファは痛みを覚悟で体を起こしてみた。そして自らの体がどうなっているのか自己分析を加えて見る。


 彼女の体は、劇薬であるミルキーワームを過剰摂取したがために、至る箇所で激痛を生じさせているらしかった。しかし、それは彼女に動く力が無い事までもは意味していない。

 少し妙な話かもしれないが、彼女の身体はむしろ活性化していた。


 その理由は、ミルキーワームの効果によってマナが増幅されているからである。マナはエネルギーの最上級の形態であるため、その他のあらゆるエネルギーの形態に変換可能なのだ。

 音エネルギーにも、光学エネルギーにも、運動エネルギーにも、化学的エネルギーにも……エントロピーのかかわりなく、何にでも変換することが出来る。


 つまり、マナさえあれば、仮に体の機能にどのような欠落があったとしても工面可能なのだ。

 そのマナがとめどなく湧出している状態にあるエファは、当然妖術を行使する事も出来るし、体を動かすことも出来た。しかし、動かす能力はあっても、痛みが邪魔をしているがために、自由に動き回れないのだ。

 

 整理すると、彼女の体は腱や靭帯が断裂したり、筋肉が裂傷したりして、物理的に動かせないのではなく、痛みによって動きが制限されているため、自由に動かせないというわけだった。


 現状をまとめてみると、なぜだか少しだけ気持ちが落ち着いてきた。

 状況を整理したところでエファの今ある窮地に変化はない。

 しかし、未知の部分を少しでも減らす事で、漠然とした故なき恐怖は払しょくする事が出来たようだった。


 状況はだいたい把握した。自分に何が出来て何が出来ないのかも、おおまかにわかった。

 ではこの先どうするべきか。

 その答えはなかば自明であった。

 彼女は逃げるしかないのだ。

 ここは敵地なのだから。 

 

 もともとエファはこの地に、ただ話し合いに来たつもりであった。

 しかし、その考えはあまりにも浮世離れした絵空事だった。

 白の勢力は、補足した瞬間、彼女を焼き尽くそうとした。

 この先も白の勢力の人間とのまっとうな話し合いが成立することはないだろう。つまりこの場を逃げないかぎり、エファの未来はないのだ。


 しかし逃げ切れるかどうかというと、絶望的だった。今エファは、動くのもままならないくらいの激痛に見舞われ続けている。

 しかもこの街には黒いバケモノの他にも戦闘員もいるはずだ。

 敵との遭遇は避けられないだろう。

 

 しかし、敵と遭遇したとしても、エファは戦わないつもりでいた。

 

 エファは妖術に対する天賦の才を持っている。戦う力自体がないわけではない。だがそれでも、エファは自分の力を争いに使うわけにはいかなかった。

 彼女は戦いを避けるためにここまで来たのだ。

 彼女の愛する召喚生物を戦いの道具にしない為に。また、そうする他にやりようがないわけでもないのに、他者を傷つけなくても済むように。そのために彼女は戦場を避けてきた。


 そして、その想いは今も揺らいではいない。それは彼女の信念なのだ。その意志を砕いた時、それはもう自分ではないとエファは思っていた。


 戦う事は絶対に出来ない。エファは改めてその決意をかためる。それは、自己の利益の最大化を目指す考え方をもってみれば非合理な選択であるとエファにもわかっている。しかし自分を保たずに願望を達成するくらいならば、自分を保ったまま破滅した方がいいとエファは考える。


 もちろんこの場から逃げ延びる努力はする。しかし、もしその末に敵と出くわすことがあれば、戦わずに相手の要求に応じるのだ。彼女はそう行動方針を定めた。


 そうと決まれば、急いでこの場を離れる必要がある。ここは敵も視認済みの落下地点なのだ。ならば敵もここから捜索を始めるはず。

 つまり一刻もはやく、なるだけ遠くに、この場を離れなくてはならないのだ。


 出来うる限界の速さでエファは落下地点を離れた。

 痛みを堪えれば、それなりの速度で動くことは出来る。ただ、痛みに反応して無意識に体が鈍るため、全速力というわけにはいかなかった。


 経時的に激しさを増している驟雨のおかげで、足跡などの痕跡はすぐさま消えてくれる。

 しかし、足跡による追跡は何とかなるにしても、もう一つ、彼女はどうしても敵の目を振り切れない致命的な問題を抱えていた。

 それは彼女が〝陰性人(マイナス)〟であるためだった。


陰性人(マイナス)〟と〝陽性人(プラス)〟は、互いに互いを見分ける、生物的嗅覚とも言うべき感知機能を備えているのだ。


 この世界には、三つの人類種が存在する。

陽性人(プラス)

中性人(ニュートラル)

陰性人(マイナス)〟だ。


 このうちの、〝陽性人〟と〝陰性人〟はeバイタルという臓器を持ち、マナを生合成・消費して生きる。

 そして、このマナには極性があるのだ。

 陽性マナ、陰性マナ……とそのように言い分けられていた。

〝陽性人〟が生み出すマナが陽性マナ、そして陰性人が生み出すマナが陰性マナなのだ。


 そして、この両者のマナは、その名の通り互いに対となる存在であった。

 陰性マナと陽性マナの間にはとある性質がある。


 陽性マナによって生み出されたものと、陰性マナによって生み出された同質のものとが接触した場合、存在を打ち消し合って両者消滅してしまうのだ。


 例えば、陽性の魔法術によって生み出された熱作用と、陰性の魔法術によって生み出された熱作用がぶつかると、両者の作用は打ち消し合い、キャンセルされる。


 そしてそれは物質粒子に対してもいえた。錬成術によって生み出された陽性の分子と、陰性の同質分子が衝突すると、両者は光を発しながら消滅する事になる。


 人体においても一緒だ。陰性人の体の大部分は陰性の物質で生合成されており、陽性人の体は陽性の物質で合成されている。

 つまり、その両者が肌を接触させれば、互いに互いの細胞を打ち消し合ってしまう事態になるのだ。


〝陽性人〟と〝陰性人〟は互いに互いの存在を喰らい合う存在。

 けっして相容れることのない天敵であるのだ。


 その種族の違いこそが、細かい事情はあれど、白の勢力と黒の勢力が争う根本的な原因だった。

 そして、本能が天敵を見分けるように、陰性人と陽性人は互いに互いの存在を察知できる機能を有している。

 天敵の接近にいち早く気が付くための能力が備わっているのだ。


 陰性人は、陽性人の体から自然放射される陽性マナを感じとる事ができる。

 その逆も同様だ。

 つまり、エファはどこにいても、敵に居場所がバレてしまう事になる。

 

 ではいかにして敵の目を逃れればよいのか。

 ……方法は思いつく限り一つだけあった。


 エファは、中空に手をかざす。

 そして複数の綜界陣(ゲート)を形成した。


 それは〝亜獄界〟とこの俗世界を結ぶものだった。エファはそれを同時に八個展開させる。

 これは、ミルキーワームによるマナの増幅がいまだ続いているために出来る芸当であった。


 そしてその綜界陣から、八匹の小さな獣たちが姿を現す。

 額に一つ角を持ち、長い垂れた耳を持つ小動物であった。


 彼らは、ホーンラビット。〝亜獄界〟の下級生物ではあるが、それでも八体同時の召喚となると、並の使い手では到底無理な(わざ)だろう。


 召喚されたホーンラビットたちは縦横無尽に森のそこかしこに散らばっていった。

 せっかく召喚した生物たちが自分の手を離れて行ってしまうにも(かか)わらず、エファは黙ってそれを見ていた。

 エファは彼らを、目くらましの目的で、召喚したのだ。


 陽性人には陰性のマナを感知されてしまう。だから、エファは自分と同じように陰性の気配を発する生き物を森の中に放ったのだ。

 こうすれば、敵を翻弄する事が出来る。

 森の中にただ一人だけ陰性人がいればすぐさま居場所を知られるだろう。しかし、複数の気配があればそれに(まぎ)れる事ができるのだ。


 しかしそれは、ホーンラビットたちを囮にするということでもあった。

 彼らはエファの身替わりとして森を駆けまわり、そして、勘違いした敵に攻撃を加えられるかもしれないのだ。

 

 それを考慮し、エファは〝投影転移(プロジェクションポーテイジ)〟という特殊な方法で彼らを召喚した。

 それは特殊召喚と呼ばれる高度な召喚技法の一つである。

 この投影転移(プロジェクションポーテイジ)を実行すると、召喚生物の存在の痕跡のみ(生体が自然放射する電磁波やマナ、電磁波の反射情報など)を召喚する事ができる。


 つまり、クオルのように完全に異次元世界から実体を移すのではなく、実体は異次元世界に残しておきながら、その投影だけをこちらの世界に召喚できるのだ。


 この召喚方法ならば、ホーンラビットに危害は及ばない。

 こちらの世界に実体がないからだ。彼らはこちらの世界の因果干渉を受けない。こちらの世界に在るのは彼らの投影に過ぎないのだ。


 その証拠に、森を駆けまわるホーンラビットの投影たちは、当たり前のように、木々をすり抜けていく。足元の綜界陣を除いて、彼らとこの世界との接点はないようだった。



 ……とりあえずの、目くらましはこれで完了した。


 しかし今の措置は、あくまで陰性マナを察知されづらくしたというだけなのだ。もちろん、直接目視などで補足されてしまえばそれまでという事になる。

 それに、マナ増幅の効果が切れてしまえば、ホーンラビットの召喚も維持できなくなってしまうだろう。


 つまり、召喚を維持できて敵を翻弄することができている間に、森を抜け、追手を振り切り、そして体を休められる場所を見つけなくてはならないのだ。

 それが今のエファに与えられた課題なのであった。

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