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私は十四歳の女の子アナ。でも三千年生きています  作者: 天乃川シン
繰り返されるタイムスリップ 
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アナとシンの失態。世界は……。

二〇一二年十二月二十三日。

雪が降るこの日、長野から東京へ向かう高速道路「中日自動車道」を車で走るシンは、山梨県の「太郎坂(タロウザカ)」という大きなサービスエリアに寄った。


シンは太郎坂の駐車場で車を降りると、無精ひげを生やした小柄な男と、傘を差した幼い女の子が話しをしているところを見かけた。

男は黒い軽自動車の中を何度も指差しながら女の子の気を引こうとしている。

不審に思ったシンは、


「あの、すいません?」


と男に声をかけた。


すると男は突然シンの身体を両手で突き飛ばすと、黒い軽自動車に飛び乗ってその場から走り去ってしまった。

そんな事があった。


二日後のクリスマス。

シンが会社の休憩室でテレビを観ていると、幼い女の子を殺害した男が警察に捕まったというニュースが流れていた。

その犯人の顔を見てシンは驚いた。

それは太郎坂でシンを突き飛ばしたあの男だった。


男の名前は滝山ケンジ。

四十二歳の自称イラストレーター。

太郎坂でのシンと滝山の一悶着を見ていた人がいて、その人が警察に滝山の車のナンバーを伝えていた事が滝山の逮捕に繋がったらしい。


結局、滝山は八人の幼い女の子を殺した連続殺人犯だった。

もし、太郎坂でシンが滝山に話しかけていなかったら、他の被害者と同じ様にあの女の子も殺されていたかもしれない。それだけじゃない、滝山は警察に捕まる事なく犯行を続けている可能性も十分に考えられる。犠牲者も更に増えていただろう。


現在の時刻は二時十四分。

シンは車のハンドルを強く握り締め、ノロノロと走る他の車を次々と追い越して行く。


雪は強くなり路面にも大分積もってきている。


……危険な運転だ。


でも、だからと言って携行しているタイヤチェーンを装着している時間なんてない。


「よし! 太郎坂まであと二キロだ!」


シンが前方の標識を指差した。


「アナ! 太郎坂の駐車場に到着した時間を覚えているか!」


「二時二十分だった!」


私は即答した。


「間違いない! ただそれ以上細かい時間は分からない! でも、この調子で走って行けば、前と同じ位の時間にサービスエリアの駐車場に着く筈なの! あ、駐車場のどの辺りに車を停めればいいか分かるよね?」


「分かっている! 一番建物側の列の真ん中辺り! と言うか、一番建物側の駐車スペースはそこしか空いてないからすぐ分かる! そうだよね?」


「そう! シンがそこに車を停めて降りると、三台左側の駐車スペースに滝山の黒い軽自動車が停まっていて、その車の前で滝山と女の子が話しをしている筈なの!」


「俺は滝山を捕まえなくてもいい! ……そうだよね? 車のナンバーを覚えて通報しなくてもいい!」


「女の子と話しをしている滝山に声をかけて、女の子を滝山の車に乗せなければいい! 滝山にシンが突き飛ばされればいい! あとは過去と同じ結果になる筈だから! 滝山は明後日、二〇一二年十二月二十五日に捕まる! それに私は車のナンバーを暗記しているから。でも、私達が今ここで滝山の車のナンバーを警察に通報しても過去は変わらないと思う!」


「そろそろ着くぞ、アナ!」


車がぐるりとカーブを曲がる。

――太郎坂サービスエリアの敷地内に入った! 

シンは雪で白くなってきた一般車両用の駐車場に車を乗り入れる。

――運命の時間が近づく。


「一番建物側の真ん中……あそこか!」


シンは細かくハンドルを切って目的の駐車スペースに車を走らせる。雪のせいでタイヤが滑る。


「ここだよシン! 時間もちょうど二時二十分!」


シンは駐車スペースに車を入れ停車させるとドアを開き外に飛び出した。

私はシンが開け放ったままにしたドアから外に出た。

助手席側のドアは誰かの視界に入っていたのだろう。私は助手席のドアを開ける事が出来なかった。私は世界の誰かが見ていたら物を扱う事が出来ない。


「どこだ!」


シンは慌てた様に辺りを見回している。


「シン、滝山はまだ来ていないのよ! ほら、車はまだそこにあるし!」


雪で白くなった黒い軽自動車が、シンの車から左に三台分離れた場所に停車している。


「あの黒い軽自動車は間違いなく滝山の車よ!」


「よし、取りあえずは間に合った!」


シンがそう言って息をフーッと吐いた時、滝山の黒い軽自動車が発進した。


「え? 既に乗っていたのか?」


どうやら、滝山も女の子も既に車の中に乗っていた様だ! 

シンは慌てて車に向かって走りだそうとしたけれど右足の靴が脱げ転んでしまった。


眼の前を横切っていく車の運転席には滝山の顔――幼女連続殺人事件の犯人の顔が見えた!

滝山は気味の悪いニヤニヤとした表情を浮かべている。

でも、向こう側の助手席には誰も乗っていない!


「シン、あいつは滝山よ! でも、女の子は一体どこ? 姿が見えなかった!」


滝山の車はどんどん遠ざかっていく。

うずくまって右足を痛そうに押さえていたシンは、


「くそ!」


と叫ぶと左足の靴を脱ぎ捨て靴下だけになり両腕を振って走りだした。


シンは駐車場や車道を斜めに横切る。

――滝山の車の進行方向に先回りするつもりだ! 

シンには女の子の姿が見えたのだろうか? 私も後を追って走り出した。

走らなくてもシンが視界から消えればシンの横に瞬間移動する。でも、待っていられない! 


滝山の車は左折すると、車体の左側をこちらに向けてサービスエリアの出口に向かって真っすぐ走っていく。

シンは物凄いスピードで走っているけれど、このままでは滝山の車には追い付けない!


「シン、もっと速く!」


私は走りながら叫んだ。

すると私の声が聞こえたのかシンは、


「うおお!」


と声を上げ更にスピードを上げた。

よし、そのまま行け! 

――よし、滝山の車に追いついた!

シンは左後部座席のドアを拳で叩いた! 

ちょうどその時、サービスエリアの建物に隠れ滝山の車もシンも見えなくなった。


――瞬間、私は黒い軽自動車の後部座席のドアを開けているシンの横に移動した! 


後部座席に女の子の姿が見えた! 

ピンク色のジャンパーに茶色い長ズボンを履いた五歳くらいの女の子……あの時の女の子だ!  


「お嬢ちゃん、お兄さんの方においで!」


シンは後部座席のドアにしがみつきながら車内に手を伸ばした! 

すると車は小刻みに蛇行を繰り返した。


――滝山がシンを振り落とそうとしている! 


滝山の車は急ハンドルを切って左折すると高速道路との合流地点に繋がった下り坂を下っていく。

シンが視界から消えた!  


――瞬間、私は雪で白くなった下り坂に立っている! 


……シンはどこ?

足下を見るとシンが雪の上に転がっている。

滝山の車は? 

……滝山の車は下り坂を走って行く!


「駄目、待って!」


私は滝山の車を追いかけて走った。でも、滝山の車は急カーブを曲がると視界から消えてしまった。


「あぁ、何て事だ! ちくしょう!」


背後からシンの悔しそうな声が聞こえた。


私達は滝山を逃がしてしまった……。


「……はい。では、失礼致します」


スマートフォンでの通話を終えたシンはその場に暫し佇んだ。

シンは滝山の車のナンバーを警察に通報したのだ。

シンは俯いたまま何度か首を横に振ると無言で駐車場へと歩き始めた。

私も黙ってシンの後を歩いた。


私達は滝山を逃がしてしまった。とんでもない失態を犯してしまった。

 ……でも滝山は警察に捕まるかもしれない。女の子も助かるかもしれない。

いや、滝山は女の子を殺し逃走するに決まっている。警察を翻弄し犯行を重ねるに決まっている。

……駄目だ、考えても分からない。

ただ、一つ確実に言える事は、私達は世界を変えてしまったという事だ。私達の失態は、世界にどの様な影響を与えるのだろうか……。


私達は無言のまま歩き駐車場に戻って来た。


「わ!」


シンは短い悲鳴を上げた。私は伏せていた顔を上げた。


「あぁ!」


私も思わず悲鳴を上げた。

雪が降りしきる駐車場には、何とあの黒い物体が三体存在していた。

二階建ての家程もある巨大な黒い塊が、無数の触手を出したり引っ込めたりとしながら三体並んでいる。


「……どこから現れた? ……何が目的だ?」


シンが震える声で呟いた。

三体の黒い物体は雪で白くなった車の屋根や、他の色々な物の上にどっかりと座っている。

どこから発しているのか分からないけれど、


「キィキィ!」


という気持ちの悪い鳴き声も聞こえてくる。

黒い物体は私の存在と似ているのか、雪が身体をスリ抜けている。

その巨大な姿は、やはり他の人達には見えていない様子。


シンは足下の雪を掴むと、黒い物体に向かって投げつけた。


「お前達は何者だ! 何が目的だ!」


すると突然、黒い物体達の身体の中央が横に裂け上下に開いた! そしてその裂け目から巨大な白い球の様な物が現れた。


「眼玉だ! あれは眼球だ!」


シンが震える声で叫んだ。


そうだ、あれは眼玉だ。

人間の眼と同じで白眼の中心に黒眼がある。

眼玉は相撲の土俵くらいに巨大だ。黒眼だけでもマンホール並みに大きい。

白眼には細い血管の様なものが走っていて触手と同じく伸びたり縮んだりとしている。

それから眼球の表面……黒いゴキブリの様な生き物が慌ただしく這い回っている。


――おぞましい!


「アナ……一体これは……」


「分からない! でも、ただの物体ではないみたい! 私達と同じ様に生きている!」


黒い生き物達の「キィキィ!」という鳴き声が更に大きくなる。

私達は耳を押さえてうずくまった。


すると世界が上下左右に揺れてぐるぐると回り始めた!


「シン! またどこかにタイムスリップしてしまうみたい!」


「もうやめてくれ!」

 

シンの叫び声と黒い生き物の鳴き声がぐるぐると回る様に遠ざかっていく――


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