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私は十四歳の女の子アナ。でも三千年生きています  作者: 天乃川シン
繰り返されるタイムスリップ 
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アナとシンのタイムスリップ ~教室・黒い生き物編~

――おぉ、何だここは? 人がたくさんいる! 

紺色のブレザーに赤いネクタイ姿の男の子や女の子達。


……中学生? 

たくさんの生徒らしき人達が机の前に座っている。


……ここは学校の教室? 

壁には一週間の時間割が書かれた大きな紙や、


「体育祭優勝」

「恋愛成就」

「土足厳禁」


等と書かれた書道作品が貼られている。

……見覚えがある教室。


私のすぐ眼の前には教壇があり、すぐ後ろには大きな黒板がある。

私は教壇の前に立ち、机の前に座った中学生らしき生徒達を見下ろす様に立っている。


――やっぱりここは学校の教室だ! 

それもシンの中学一年生の頃の教室! 


でも何で? 

私はシンの家のお風呂場にいた筈なのに……。

まさか、私はまたタイムスリップをしてしまったのだろうか? 

シンが中学一年生の頃の教室に!


「おぉ、ここはどこだ! ……学校?」


窓側の一番後ろの席に座っていた生徒が勢い良く立ちあがった。


ん? 

あの生徒はシンだ! 中学生の頃のシンだ! 


シンは髪の毛を短く刈り上げ、日に焼けて黒い顔をしている。

小学生の頃よりも背は高くなり、声も低くなっている感じがする。


「ここは中学校の頃の教室……。一体どうして?」


そのセリフってどういう事? まさか、またシンは魂だけタイムスリップしてきたの?


「黒井! うるさいよ!」


私のすぐ左側から女性の声が聞こえた。

するとシンが何かに驚いた様な顔をして、


「あ!」


と叫んだ。


――教室のドアの前に置いたパイプ椅子に女性が座っている。

――菊池ハルエだ! 

シンの中学一年から中学二年の六月まで担任だった菊池ハルエが座っている。


菊池は少し茶色い髪の毛を頭の後ろでまとめ、灰色のトレーナーにベージュのズボンを履いている。

いつものお馴染みの格好だ。


「え? まさか……菊池先生!」


シンは菊池を指差したままわなわなと震え始めた。


「本当に菊池先生? ……本物?」


すると菊池は腰に手を当てて立ち上がり、首を傾げてシンを見た。


「……私は菊池だけど? 蘇我入鹿(そがのいるか)にでも見える?」


教室がドッと笑いに包まれた。

生徒達は手を叩き、


「今のはウケた!」

「俺には『馬子(うまこ)』に見える!」


等と騒ぎゲラゲラと笑っている。


「菊池先生、何でそこにいるの? それにみんなも!」


シンは両腕を広げておろおろとしている。再び教室がドッと笑いに包まれた。


「黒井? みんなを笑わせたいみたいだけど、ちょっと黒板に書いてある字を読んでもらえる?」


シンは菊池にそう言われると黒板に視線を移そうとした

その時、シンは教壇の前に立っている私の存在に気が付いたのか口を大きく開いた。


「アナ! 何でここにいるの? 君もタイムスリップしてきたのか!」


シンが驚いた様な声を上げると、教室はさらに大きな笑い声に包まれた。

女子生徒達は悲鳴に近い様な声を上げ、男子生徒達は


「ひーひー」


と言いながらお腹を押さえている。

菊池も、


「何が見えるの、あなたには!」


と大笑いしている。


シン以外に私の姿は見えないらしい。

どうやら、シンは再び魂だけタイムスリップしてきたらしい。

……一体どうなっているのだろう? 時間が捻じれてしまったのだろうか? 

そんな事よりまずい! 通常とは違った出来事がどんどん起きてしまっている! 

世界が変わってしまう! 


私はシンに、


「座れ!」


と叫ぼうとしたけれど、私の声が菊池や生徒達に聞こえるかもしれないと思い口をつぐんだ。

私は右手の人差し指を口にあて、左手の人差し指でシンの椅子を何度も指しながら


〈黙って椅子に座れ!〉


というジェスチャーをシンに向かって繰り返した。

シンは怪訝な表情で私のジェスチャーを見ていたけれど、言わんとしている事を察したのか黙って椅子に座った。

 

菊池が黒板を掌で数回叩いた。


「良いかな黒井、これ読める?」


黒板の中央、そこには


〈1時間目 理科 8時40分~9時30分 私語厳禁!〉


という文字がピンク色のチョークで書かれている。


私は教室に眼を戻した。シンが菊池の顔を見ながら何度も頷いている。私から〈黙れ〉と促された為か、シンは一切喋ろうとはしない。


「全くもう……」


 菊池はシンに眼を向けたまま、わざとらしく腕を組んだ。


「期末試験、一発目のテストが始まってまだ三分よ? 早速騒ぐのやめてもらえる?」


シンは菊池に返事をせず、丸い眼をして私の顔を見た。


――期末試験? 

……なるほど、確かに今日は期末試験の日なのだろう、生徒達の机の上には問題用紙や答案用紙と思われる数枚の紙が置かれている。


私は再び黒板に眼を遣った。

……黒板の右端、そこには「十一月十七日(月)」と白いチョークで書かれている。 


――そうか、分かった! 

今日は中学一年生二学期の期末試験が始まった日、二〇〇三年十一月十七日だ! 

私達はさっきのお風呂の場面から、大体三年くらい後の時間にタイムスリップしてきた様だ。

……うん、間違いない。

私のセーラー服も夏服から冬服に切り変わっている。

足下は白い上履きだ。


「黒井、分かったの?」


教室の後ろの方から菊池の声が聞こえてきた。

――いつの間にか菊池はシンの眼の前に立っている。

シンは菊池を見上げて頷いた。


「はい。すいません……」


「結構」


菊池はシンの頭をポンポンと叩くと、座っていたパイプ椅子へと戻って行った。


生徒達は黙々と答案用紙に向かっている。

菊池はパイプ椅子に座り、膝の上に置いたノートに眼を通している。

教室は既に落ち着きを取り戻している。


私は黒板の上に掛けられた丸い時計を見上げた。

時計の針は八時四十八分二十三秒を差している。


……さぁ、私はこれからどうしたものか? 


私は教室の一番後ろの席に座るシンに目を遣った。

シンは顔を上げたまま菊池の姿をじっと見つめている。シンは一切、私の方を見ようともしない。


中学二年の六月に突然学校から消えてしまった菊池……。

そんな菊池が今、シンの眼の前に存在している。

シンの脳裏には菊池との様々な思い出が去来しているのだろう、眼には涙が浮かんでいる。


よし、シンの傍まで行って話しかける事にしよう。

このまま黒板の前に立っていても埒が明かない。……いや、この場所からシンを呼べばいいじゃないかって思うかもしれない。でも、もし生徒達に私の声が聞こえてしまったらまずい。世界が変わってしまうリスクは冒せない。


私は綱渡りでもするかの様に両手を横に開き、そろりそろりとシンの席に向かって歩き始めた。

……大きな音を立てちゃ駄目、菊池や生徒達に私の姿が見えてしまうかもしれない。


答案用紙に向かう生徒達の間を私は歩く

……生徒達に私の姿は見えていない。 


私は教室の真ん中辺りまで歩いて来た。

……ん? 窓の外、校庭に何か見える。


「え! 何、あれ!」


――しまった! 

私は思わず大きな声を出してしまった! 


……でも良かった、菊池や生徒達に私の声は聞こえていない! 

シンが眼を大きく開いて私の顔を見上げているだけだ。


窓の外、校庭に見えている物……あれは何! 


「シン、校庭を見て!」


私は思い切ってシンに声をかけた。


シンは肩をびくりとさせると、自分のすぐ左側の窓に眼を遣った。

シンの口が大きく開く。

シンは蒼ざめた顔をして私を見た。

――シンにもあれが見えている!


四階の教室の窓から見下ろした校庭……そこには丸くて巨大な黒い物体が三つ見える。

本当に巨大だ、一つ一つが二階建ての家くらいの大きさをしている。

そんな黒い物体が横一列に並んでいるのだから、校庭のほとんどが隠れてしまっている。


黒い物体は生きているのだろうか? それぞれが小刻みに揺れ、夥しい数の触手の様な物を出したり引っ込めたりとしている。その触手の様な物はカブト虫の足の様にも見えるし、噴きだした黒い炎の様にも見える。まるで邪悪な星の様だ……。暗い曇り空の下で、黒い物体は禍々しい雰囲気を醸し出している。


なぜ突然、この黒い物体は現れたのだろうか? 

私達が世界を変えてしまったから?


シンの席のすぐ前に座っている生徒も窓の外に眼を向けているけれど、黒い物体の姿は見えていない様子。校庭の端で、作業服を着た数人の大人達が何やら作業をしているけれど、この人達にも黒い物体の姿は見えていない様子……。

 

その時、シンの机の上に小さく丸めた紙が飛んできた。


シンは振り返って教室を見た。

すると廊下側の一番後ろの席の男子生徒がシンを見て笑っていた。



シンは思わず立ち上がった。その男子生徒、それはシンの幼馴染でもありクラスメートでもある熊沢ヨウヘイだった。


――そうだ、ヨウヘイもシンと一緒のクラスだ。


 ヨウヘイはシンに、


〈席に座れ〉


と言いたいのだろうか、身振り手振りで何かを訴えている。

シンは何かに気付いた様にして素早く席に座った。


シンはヨウヘイの方に向かって身体を乗り出している。今にも泣きだしそうな表情だ。

ヨウヘイは両手を合わせたり開いたりとしながら、声を出さずに口を動かして何かを言っている。

でも、シンはヨウヘイの意図を汲み取れずに首を傾げている。。


「……その紙を開けって言っているのよ。でも、世界が変わるかもしれない。開かない方がいいかもしれない」


私はそうシンに伝えた。


シンは私の忠告は無視し、丸められた紙を乱暴に開いた。

問題用紙を千切ったと思われる紙片、そこには黒い字でこんなメッセージが書かれていた。


(シンちゃん、ナイスギャグ!)


シンはヨウヘイに視線を戻した。

ヨウヘイは満面の笑みをシンに向けている。


シンはやおら立ちあがった。


「ヨウヘイ! ヨウヘイ!」


緊張の糸が切れたのか、シンはヨウヘイの元へ駆けて行った。


「ど、どうしたのシンちゃん?」


シンはヨウヘイの足にすがりつくと子供の様に声をあげて泣きだしてしまった。


中学二年の十一月に北海道に引っ越してしまったヨウヘイ。

シンはそれから一度もヨウヘイに会った事はない。

そんなヨウヘイにシンは再び会う事が出来た。

クラスメート達はクラスの人気者のいつもとは違った姿に戸惑っているのか、一言も喋らず様子を眺めている。


「シン、あの声を思い出して! 世界が変わる様な事をしたらいけない!」

 

私は諭す様にシンに言った。でも、シンは泣きやむ気配すらない。


「黒井、何かあったの? 今日は少し変よ?」

 

菊池はシンの横に膝を付くと肩に手を置いた。


「菊池先生!」


シンは菊池に抱きつくと、また一層激しく泣き喚いた。

 

すると校庭から、


「キイキイ!」


という気味の悪い声が聞こえてきた。


――そうだ校庭の黒い物体! あいつらはどうなったのだろう? 


私は教室の窓から校庭を見下ろした。

でも、巨大な黒い物体は三つとも消えてしまっていた。

……あれは一体何だったのだろうか? 


突然、校庭が上下左右に揺れだした! 

――さっきのお風呂場と同じだ! 沸騰したお湯の中にいる様な感じ! 

私達はまた違う時間にタイムスリップしてしまうのだろうか?


「嫌だ! このままここにいたい!」


シンの泣き叫ぶ声が聞こえる。シンも揺れを感じているらしい!


世界が回転し混ざり合ってきた! 

シンの叫び声もぐるぐると回っている様に聞こえる! 


……あぁ、またどこか別の時間にタイムスリップしてしまう! 

私とシンは一体どうなって――


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