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私は十四歳の女の子アナ。でも三千年生きています  作者: 天乃川シン
ルカとの別れ
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仲間との別れ ~アナの最期~

アナ――シンもアオノリも天を仰いでいる。

二人にも声は聞こえたのだろう。

アオノリは、「まさか……」と何度も呟いている。

モノノリは何も聞こえないのか呪文を唱え続けている。


モノノリには聞こえないにしても、神様の声が聞こえたという事はこの方法は正しい! 

神様が正しいと教えてくれた! 

……でも本当に正しい方法なのだとしたら、もっと過去に遡って体内ブラックホールを消した方がいいのでは? 


「シン? ルカが黒い空間に吸い込まれる前の時間まで戻って体内ブラックホールを消し去った方が良くないかしら? そうすればルカは無駄な苦しみを受けずに済むし、それに――」


「いや、それは出来なかったのです」

 

アオノリが天を仰いだまま口を開いた。


「それは出来なかったのです。時空移動船の燃料が底を尽いてしまったし、時間と空間の乱れで舵も上手く取れませんでした……。この時間のこの場所に来るだけで精一杯でした」


……なるほどそういう事か。

でも、方法が見つかった。

神様の声も聞こえた。

ルカは助かるかもしれない!


突然、モノノリが両手を上げて笑い始めた。


「呪文が終わったぞ! 一言一句間違えず覚えた通りに唱えた!」


私達は、「おお!」と歓声を上げた。


「私にも神様の声は聞こえた! 私達は何も間違ってはいなかった!」

 

モノノリは歓喜の声を上げると、水を掬う様にして両手を胸の前に掲げた。


「さぁ、ホワイトボールよ、現れろ!」


するとモノノリの両手の上に白く光った小さな球が現れた。

野球ボール大の白い球は、白い光を周囲に放ちながらぐるぐると回転し始めた。


「――ホワイトボールだ! 名前の通り白い球です!」

 

アオノリが嬉しそうに小躍りした。

すると急に空が暗くなり、まるで夜の様になった。


「何が起きるの? ……一体、何が起きるの?」

 

私は暗い空を見上げて呟いた。

アナ――シンとアオノリは不安そうな表情で顔を見合わせている。

 

モノノリは私の胸の前に光の球を差しだした。


「体内ブラックホール、今からお前を消し去るぞ!」

 

私の体の中がぶるぶると震えた。

すると突然、私の体の中から黒い光が何本も何本も飛び出した! 

――まるでサーチライトの様だ。

身体から放たれた無数の真っ黒い光が、暗い空を掻き回す様に縦横無尽に動き回る。


「……凄い、およそ現実のものとは思えない」

 

シンが震えた様な声で呟いた。

――同感だ、これは現実の出来事なのだろうか!

 

黒い光は波打つ様に回転しながら、徐々に一つの光にまとまり始めた。

――まるで巨大な黒い竜だ! 

一匹の巨大な黒い竜は、波打ちながらゆっくりと空を漂う。

私の全身は、竜の尻尾の内側に隠れてしまっている。


「……さぁ、体内ブラックホールよ、良い子だから大人しくするのだ。元の場所に戻って来なさい」

 

モノノリが天を仰ぎながら、小さな子供をなだめる様に呟いた。

すると黒い光はモノノリの声に従う様にして、空中で動きを止めた。


「――く、く、黒い光が、一直線に、ア、アナさんに向かって戻って来る!」

 

アオノリがどもりながら光を指差した。

 

黒い光の内部にいる私にはよく見えないけれど、どうやら黒い光は一直線に私の体内に戻って来ようとしているみたいだ!


「よし、そのまま小さくなっちまえ!」

 

黒い光の向こう側で、アナ――シンが拳を握り締めている姿がボンヤリと見える。


――急に私の視界が開けた。

――あれ、黒い光は消えてしまった? 

……違う、黒い光は私の体内に戻って来たのだ。

黒い光は私の胸の中で野球ボール大の球になっている。

……何て不思議な映像だろう、黒い光の球は私の体内にあるのに外から透けて見える!

白い光の球を抱き締める様にしながら、モノノリが黒い光の球を睨みつけた。


「姿を現した……。こいつが……体内ブラックホールだ!」


これが……この小さな光の球が体内ブラックホールか! 

……何てちっぽけな存在だろうか。

でも、このちっぽけな黒い光の球が、シンやルカを苦しめ、さらにはコタッツ銀河と天の川銀河を滅ぼしてしまおうとしている……。

こいつが全ての元凶だ!

 

突然、私の身体が内部から突き上げられた! 

腹を槍で突き上げられた様に鋭い痛みが走る。

私は身体を折り曲げて呻き声を上げた。


「ホ、ホワイトホールが動き出した!」


モノノリの慌てた様な声が聞こえた。


顔を上げると、ホワイトボールがモノノリの手から離れ、私の方へ向かって移動して来ている様子が眼に入る。

――ホワイトボールが体内ブラックホールに向かって来たのだ!

すると世界がぐるぐると回転し始めた! 

……物凄い揺れ、全ての物が混ざり合って見える!

 対消滅の際に物理的な現象は何も起こらないってアオノリは言っていたのに! 

……あぁ、眼も開けていられない!


頭がぼんやりとしてきた。

――ん? 体が宙に浮いているのだろうか? 

地面がなくなり、上下の区別もなくなったのかもしれない。

私の身体も周囲の景色に混ざって消えてしまいそう! 

意識が遠退いていく……。


「皆、聞こえるか!」


誰? 少し離れた場所から声が聞こえた!


「シン君、アナさん、アオノリ、聞こえるか!」


――モノノリだ、モノノリの声が聞こえる! 


「いるぞ! ここだ、ここにいるよ!」


シンだ! アナ――シンの声が聞こえる! 

「モノノリ先生!」と苦しそうに返事をする声も聞こえる。

――アオノリだ! 

皆、まだ私の近くにいる!


「モノノリ、聞こえるよ!」

 

私も何とか返事をした!

 

モノノリが「よし!」と呟く声が聞こえた。


「皆、よく聞いて欲しい。間もなくホワイトボールと体内ブラックホールが衝突し、体内ブラックホールは消滅するだろう! 予定外の現象も起きてはいるが、これでコタッツ銀河も天の川銀河も救われる筈! 空に浮かんでいる黒い空間は消え、ルカも戻って来る筈だ!」

 

世界は回転しながら黒い光や白い光で交互に瞬く!


――何? 

私の胸に何かが触れた! 

……うわ、何かは体内に侵入してきた! 

――ホワイトボールだ! 

ホワイトボールがゆっくりと沈む様にして私の体内に浸入してくる!

 

モノノリの声が遠くから聞こえてくる。


「体内ブラックホールが消えた後、私達は二度と会えまい! 体内ブラックホールが消えた後の世界は、お互いを全く知らない世界になっているだろう。体内ブラックホールがシン君の体内に宿る前の時間へ、私達は時間移動する筈だから!」


体内ブラックホールが世界に干渉する前にまで、時間は戻ってしまうのか……。

時間が戻った後は、もう二度と皆には会えない。


「――だから今、言っておく! 皆、どうもありがとう! 特にシン君とアナさん! 本当にありがとう! 君達地球人がいなかったら、絶対に体内ブラックホールを消し去る事は出来なかっただろう!」


モノノリ、やめて。そんな事を言われると涙が出てくる。

私こそあなたに何度助けられた事か……。

 

私の胸の中がバチバチと音を立てて揺れている! 

体の中で火花が散っている様! 


「モノノリ、アオノリ、どうもありがとう! それからアナ……ルカの事をどうもありがとう!」

 

アナ――シンの声が遠くから聞こえる。

シン……私とあなたも二度と会えないかもしれないのね? 

ずっと、当たり前の様に一緒に居たのに……。

これからは別々になってしまうのね。


「シン君、アナさん、そしてモノノリ先生! また今度、ニャスニ、ニャネンス、ニャーニャス!」

 

アオノリの声も遠くから聞こえる。

後半はマルクナール語なのだろう、翻訳機能ってやつも壊れつつあるみたいだ。


「皆は私に始めて出来た仲間!」


私も声を振り絞って叫んだ。

というよりも、私の思いが勝手に口から出てきた。


「皆は独りぼっちで三千年生きてきた私にとって皆は初めて出来た仲間! 今までどうもありがとう! もし、もし再び会う事が出来たら、また同じ様に仲間になって欲しい!」

 

私の眼から涙が溢れた。


――仲間。


シン、モノノリ、アオノリは初めて出来た仲間だ。

本当にもう一度会えるなら会いたい……。


私の存在する理由……それが今、はっきりと分かった。

私はシンの体内ブラックホールを消し去り、コタッツ銀河と天の川銀河を救う為に存在していたのだ。

私はその為に、この世界に生まれてきたのだ!


私はぐるぐると回り続ける世界を眺めた。

――とうとう全て終わる。

私は消え去り「無」になる……。

「無」になるってどういう事だろう? 

その後に訪れる「永遠」ってどんなものだろう? 

何かを思えないとか、何かを考えられないという状態はどんなものだろう? 

私には全く想像がつかない。

でも……でも、これで良いのだ。

私は自分の存在した理由を知る事が出来た。

「無」になってしまうのは少し恐ろしいなと思うけれど、私のいなくなった世界には、地球やマルクナールが存在している。

シンやルカ、モノノリもアオノリも存在している。

私はこの世界に、私の「意志」を残す事が出来るのだ。


私は穏やかな気持ちで眼を閉じた。

……なぜだろう、青空の下に広がる草原の映像が頭をよぎる。

抜ける様な青と瑞々しい緑の対比が美しく、そして懐かしい。


ルカ……シン……幸せになってね。

モノノリ、アオノリ……マルクナールが平和になっているといいね。


ホワイトボールが私の体の奥深くに沈んでいく。

すると体の中で、何かと何かが触れた様な気がした――


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