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私は十四歳の女の子アナ。でも三千年生きています  作者: 天乃川シン
ルカとの別れ
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南大川の空間異常 真実の告白

「何これ? ……顔?」

 

ルカは足下の丸い塊をおそるおそる足でつついた。

ルカは丸い塊が安全だと確認すると、両手で掴んで持ち上げた。


――丸い塊は道祖神の頭だ。


……これは紛れもない、二〇一五年九月二十二日の夜、シンの家の近くに落ちた雷によって吹き飛ばされた道祖神の頭だ! 

でも、今は二〇〇六年七月二十二日……。

しかも吹き飛ばされた道祖神の頭は、シンの家の庭に落ちてくる筈。

道祖神の頭は時間と空間を飛び越えてこの場所にやって来た!


「何でこんな所にお地蔵さんの頭が……」

 

ルカが呟いた途端、道祖神の頭が左右真っ二つに割れてしまった。


「嫌だ!」


ルカは驚いて道祖神の頭から手を離した。

道祖神の頭は足下に落ちて転がった。

ルカは激しい雨に顔を歪めながら、路面に落ちた道祖神の頭を見下ろしている。


私はルカの耳元に口を寄せた。


「約十年後の未来、ウチの近所に立っている道祖神の頭が雷で吹き飛ぶ! 道祖神の頭はウチの庭まで飛んで来る! 今そこに転がっている頭は、その道祖神の頭だ!」


「……一体、どういう事! 世界が変わって、道祖神の頭が吹き飛ばされる時間が早まったって事?」


「……いや、違うと思う! 道祖神の頭は、おそらく未来の世界から時空を超えて飛んで来た! これはあいつの仕業だ!」


「あいつって誰なの? ねえ、あいつって誰!」

 

すると、路面を打ちつける激しい雨音に混じって妙な音が聞こえてきた。

――氷に亀裂が走る様な、電車が軋む様な気味の悪い音。


「何、この音?」

 

ルカは両手で髪の毛を押さえながら辺りを見回している。

私は自転車を起こすとサドルに跨った。


「ルカ、いったんルカの家に行こう! この場所から離れよう!」


「……でも」


ルカは眼に流れ込む雨水を手で拭いながら辺りを見回している。

音の出所を探しているのだ。


「音なんてどうでもいい! ルカ、さあ早く!」

 

私は自転車を起こしサドルに跨るとルカに向かって手を差し出した。

ルカは何かを言いたげに私の顔を見たけれど、自転車のカゴに二人のカバンを放りこみ後ろの荷台に跨った。

私は一気に自転車を走らせた。

……嫌な予感がする、何かが起きる!

 

氷に亀裂が走る様な音はどんどん大きくなる。

すると空がオレンジ色に輝いた。

私は急ブレーキをかけて自転車を停めた。

――眩しくて前に進めやしない!


「一体、何が……眩しい!」

 

でも、私が叫んだ瞬間、オレンジ色の光も氷に亀裂が走る様な音も消えてしまった。

私は天を仰いだ。

――あれ? 一面に青空が広がっている! 

雨も雲も一瞬でどこかに消えてしまった!

ルカの手が私の腰から離れた。

ルカは荷台から下りて青空を見上げた。


「……一体、何だったの?」

 

ルカは青空を見上げて首を傾げている。


――突然、大きな音が聞こえた! 

間近で大きな滝を眺めている時の様な轟音!

頭の芯まで響く様だ! 


ルカが耳を押さえながら、私に向かって何か叫んでいる。

でも、轟音にかき消されてしまい何を言っているか分からない!


私は自転車を降りると周囲を見回した。

――特に何の異常もない。

イトーヨークドー、南大川駅、遊歩道、遊歩道の奥に見える帝都大の校舎……いつも通り。


――いや、違う! 

帝都大の校舎が歪んでいる! 

水の中の物がゆらゆらと歪んで見える様に、帝都大の校舎も歪んで見える。

帝都大の校舎だけではない、周囲の青空も部分的に歪んで見える。

……私の眼はヘンになったのだろうか? 


ルカが私の腕を掴んだ。 


「空間が、空間が――」

 

私の耳元でルカが叫ぶ。

……空間がどうしたっていうの? 

後半のセリフが大きな音で聞こえない!


「何、もう一度言って! 全然聞こえない!」


私は大げさなジェスチャーをしながらルカに向かって叫んだ。

するとルカは両手で「○」を作って私に見せた。


「――丸く、空間が丸く歪んでいる!」

 

私はハッとして帝都大の校舎を見上げた。

……なるほどそうか、帝都大の校舎といった「物体」が歪んでいるのではない、それらを含んだ「空間」自体が球状に歪んでいるのだ! 

……一体、これはどういう事だろうか? 

世界に何かが起ころうとしている。


歪んだ空間の範囲は徐々に大きくなっていく。

初めは直径数十メートル程度だったけれど、今や直径百メートルは下らない。

歪んだ空間は空も建物も何も関係なく、球状にどんどん広がっていく。

空間の内側はキレイに世界から切り離され、空間の外側は何事もなく事物が存在している。

アウトレット南大川の一部も歪んだ空間に入り込んでしまっているけれど、歪んだ空間に入り込んでいない部分はいつもと変わりなく存在している。

この空間の異常、私達が世界を変えてしまった為に起きているのだろうか? 

いや……でもおかしい。

体内ブラックホールによって作られた世界を変えてしまっても、世界に大きな影響はない筈。

世界は世界自身を矛盾なくまとめてしまう筈。

だとしたら、この空間の歪みは何! 


滝の様な音が更に大きくなった! 

私は両手で耳を押さえてその場にうずくまった。

――鼓膜が破れてしまう! 

風も強くなった、髪の毛や衣服が激しく煽られる。


ルカが私の体を揺すった。

ルカは何かを叫びながら歪んだ空間を指差した。

何を言っているか全く分からないけれど、私は歪んだ空間に眼を遣った。


――歪んだ空間がぐるぐると回りだしている! 


様々な色が混ざり合い、縦も横も右も左も関係なく凄まじいスピードで回っている! 

歪んだ空間は回転速度が増すに連れ、回転方向が定まっていく。

空間内の色もどんどん混ざり合って黒くなっていく。


風が弱まり滝の様な音が消えた。

――球状の空間の回転は一方向に秩序づけられた。

とうとう球状の空間は真っ黒になった! 

もはや空間というよりも一つの物体だ! 

何て恐ろしい光景、顎が震えガチガチと歯を鳴らす。

黒い空間は静止している様にも見えるけれど、実際は凄まじい速さで回転しているのだろう。

いや、音が消えたという事は本当に静止しているのかもしれない。

一体、あの黒い空間は何だと言うのだろうか? 

これから世界はどうなってしまうのだろうか?

 

ルカが黒い空間に向かってふらふらと歩いて行く。


「ルカ、危ないから戻れ!」

 

ルカは振り返った。


「……あの黒い空間もシン君と関係があるの?」


「そんな事はどうでもいい! この場から早く立ち去ろう!」

 

私はルカの腕を掴んだ。でもルカは私の腕を振り払った。


「教えて!」

 

ルカは私を睨みつけた。


……もうルカに言ってしまおうか? 

体内ブラックホールや、その他の事も話してしまおうか? 

あの黒い空間も今は落ち着いている。

この場に少しの間だけ留まっても身の危険はないかもしれない。


「シン君、教えて!」

 

ルカが両手の拳を握りしめて叫ぶ。


私は覚悟を決めた。

――ルカに話そう。


「ルカ、俺は二十五歳になるとバイクに轢かれて死ぬんだ」

 

私は唐突に話し始めた。


「そういう未来を誰かに知らされたワケではないけれど、俺は実際に未来で一度死んだ。俺は未来で死を経験してきた」

 

私はいったん説明を止め、ルカの眼に動揺の色がないか確かめた。

ルカの眼には怯えの様なものが見え隠れしているけれど力を失ってはいない。

――大丈夫だ。


「俺は未来で死んだ後――」

 

ルカの眼が大きく開く。


「――タイムスリップして過去に戻ったんだ」


「タイムスリップ?」

 

ルカが私の顔を覗き込む。


「……さっきまで私達が経験した様なタイムスリップ?」


「いや、少し違う。俺の魂だけが過去の自分自身の体内にタイムスリップをするんだ。俺はそれを何度も何度も繰り返す……。だから、こうしてルカと喋っている俺の体は十五歳だけれど、中身は二十五歳の黒井シンなんだ」

 

ルカの唇が震えだした。


私はふっと罪悪感が湧いて眼を伏せた。

……私は一つ嘘をついた。

シンの十五歳の体に入り込んでいるのは二十五歳のシンではない、十四歳のアナだ。

……でも、それはルカに言えなかった。

 

私は顔を上げルカの眼を見た。

――ルカが生唾を飲み込む。


「俺はタイムスリップを繰り返す中で、ある事を知った……」


「……ある事?」

 

私は息を吸った。

――さぁ、思い切って話そう。


「ルカ、俺の身体の中にはブラックホールが宿っているんだ」


「ブ、ブラックホール?」


ルカは幼い子供みたいに素っ頓狂な声を上げた。


「ブラックホールって、あの色々と吸いこんでしまうブラックホール?」


「あぁ。信じられないかもしれないけれど、でも事実だ。体内に宿ったブラックホールが時間や空間を歪めてしまう。だから俺は何度もタイムスリップを繰り返してしまうらしい」

 

ルカは両手で頭を抱え俯いてしまった。


ルカは混乱している様だ。

無理もない、こんな話しを普通は信じられない。

でも、これは全て事実なの!


「……全てはそのブラックホールの仕業なのね?」

 

ルカは両手で頭を押さえたまま顔を上げた。


「……うん、その通り」


「ブラックホールが宿っているから、シン君はタイムスリップを繰り返しているのね?」

 

私は黙って頷いた。


「……だとすると、シン君はブラックホールが宿っている限り死にはしない。死んだとしても過去へタイムスリップを繰り返すから」


「……そうかもしれない。うん、そういう事になるかもしれない」


ルカは黒い空間を見上げた。


「このブラックホールはまだ胎児みたいなもので特に悪さはしない」

 

私は体内ブラックホールの説明を続けた。


「でも、こいつが成長してこの世界に産み落とされると世界は滅茶苦茶になる! 何せブラックホールだからな、多くのものを吸いつくす! そうしたら地球はおろか銀河までも消滅してしまう」

 

ルカは身体をびくりとさせ空に浮かぶ黒い空間を指差した。


「そのブラックホールって、まさかあれの事?」


「いや、あれは違うと思う。でも、体内ブラックホールの影響で出来たものだと思う」

 

ルカは胸を撫で下ろした。


「じゃあ、あの声は何? 『協力しなさい。世界を変えてはならぬ』ってやつ」


「分からない。でも、あの声は神様の声じゃないかって思っている」


「神様の声?」


「あぁ、危機が訪れるとあのセリフが聞こえるのさ。おかげで何度も命拾いした。桜木をやっつけた時も神様の声が聞こえた」


「神様……」

 

ルカは胸に手を当てて天を仰いだ。


「ルカ、体内ブラックホールは宿主の苦しみを栄養にする」

 

私はルカの手を取り自分の胸に当てた。


「宿主――要するに俺の事だ。そして……そして、俺の苦しみっていうのはルカが苦しむ姿を見る事。だから俺はルカが苦しまない様にする必要があった……」

 

ルカは小さく口を開いて私の眼を見つめた。


「タイムスリップを繰り返す中で俺は二人の宇宙人に出会った。今は詳しく話さないけれど、その宇宙人達は俺の体内ブラックホールを消し去る為に現れた。俺の体内ブラックホールは宇宙人達の住む星の命運も握っているらしい」

 

ルカは私の手をぎゅっと握りしめた。

ルカの掌は冷たい汗で濡れている。


「俺は宇宙人達の不思議な力によって、倉方高校に入学する日――二〇〇六年四月七日にタイムスリップさせられた。もう一度ルカに会い、ルカに訪れる不幸を退ける為に」

 

私はルカの手を両手で握った。


「俺は未来でルカの死を経験している。未来でルカを失っている。俺はルカの死を防ぎたいんだ! 中学の頃の傷を引きずり高校で孤立していた俺。そんな俺を救ってくれたのはルカだった。全てを救ってくれたのはルカだった! だから俺もルカを助けたいんだ!」

 

ルカの眼から涙がこぼれた。


私は自分が喋っているのかシンが喋っているのか分からなくなってきた。

もしかしたら、今だけシンが戻って来たのかもしれない。

思いの丈をルカにぶつけに来たのかもしれない。

ルカに全力で思いをぶつけたいのは私ではない、シンの筈だ。

ルカの死に苦しんできたのはシンだから……。

 

突然、ルカの手から電気の様なものが走った。

私は驚いてルカの手を離した。


するとルカの体が宙に浮いた。


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