勇者が最初にすることと言えば
「……はっ!?」
意識が戻った時、ベッドの上にいた。
決して広くはないが狭くもない、だがしかし温かみのある部屋の中仰向けで目覚めた。
「ってどこだよここは。こういう異世界物は普通町の中とか外に出されて魔物とばったりしてイベント消化して始まるんじゃないのか」
自分が今まで見てきたものや、してきたものは大体そんな感じで進んでいた。確かにベッドの上で目覚めて幼馴染が起こしに来るというイベントのあるゲームもあるにはある。
でもそれって、ギャルゲじゃん?
ベッドから起きてみると、やはり見覚えもなくとりあえず部屋を探索してみる。
勇者というかゲームで最初にやる事は物色だ、自分の分身がどのようなものを持っているか、この家にはどんなものが隠されているのか、そんな情報が必要だからだ。
しかしそれを自分の手でやっていると、どう見ても泥棒である本当にありがとうございました状態のため、だんだん焦りが出てきた。
そもそも自分はこの家の者なのだろうか。例えば行き倒れているところを助けてもらった場合、この行為は完全に一演技打って家に進入からの物色で強盗である。
「お兄ちゃん、ご飯できたよー」
部屋の押し入れの中で考え込んでいると、女の子が扉を開け入ってきた。自分の目線よりも明らかに小さく、可愛らしい印象だ。目も大きく、声も可愛い、そしてなぜかわからないが制服のような服を着ていた。
「あれ? お兄ちゃんそんなところで何してるの? 掃除?」
さらにお兄ちゃんと呼ぶからには妹なのだろう。誰の?
「ま、いいいや。冷めちゃうからはやくね」
ててて、といった感じで部屋を出ていく女の子にジ強い衝撃を受けた。
「……神よ、俺の質問に答えていただけるだろうか。おお、神よ」
ジンは祈りを捧げるポーズで神に語りかけ始めた。妹と思しき女の子はしっかり扉を閉めていたが、この場面を見られたらなんと言われるだろうか。
「神! 女神よ! ここに送り込んだという事は聞こえているんだろう!? 返事をしてくれ!」
発狂したかの如く叫ぶ。扉の外にまで聞こえているかもしれないが、それよりも大切な事があった。
何度も呼びかけてみるがしかし、神からの返答はなく諦められず次の手を取る。
「神よ、貴女のネトゲでの名前やくっさいセリフなどをばらされたく無ければ早くでてこい!」
半ば脅迫のような感じだが、神のゲームの中での行動は一般的に言うと厨二病と言って差し支えない言動ばかりだった。
最初はネタかと思っていたが、どうも本気だったらしく後で死ぬほど後悔していた。ネトゲではキャラに成りきってそういうセリフをばんばん言うものだと思っていたらしい。
それ以降、いじりキャラとして定着していた。
ひどい話もあったもんだと思ったが、今の自分の境遇を考えるともっといじり倒しても良かったなとジンは思った。
「さーて、いってみますか一発目。貴様と会うのはこれで何度目だったか、転生した我が身と再び出会うとは貴様も運が良い、力を貸せ。いやーこれを聴いた時は笑った笑ったうわっ!」
「いや、あの、そんな簡単に呼ばれると困るんだけど、何?」
目の前にいきなり映像みたいなノイズが入った状態で少女が現れた。ジンを呼び出し、この世界に送り込んだ張本人の神だった。
ちょっと煽りすぎたか不機嫌そうな顔をしているが、出てきたという事は話を聞くつもりになったのだろう。
「まず状況を教えてもらえるだろうか。なんだか別人の中に入り込んだような感じなんだが」
「うんそうだよ。ここの家の人という事でお前を認識させた。部屋の中はどう? 少しづつ見覚えがあるようになってきたんじゃない?」
そう言われるとだんだんと見覚えがあるような気がしてきた。押し入れの中にある本や服、子どもの頃に遊んだ木のおもちゃまで思い出してきた。
「これは、なんだ?」
「お前という異世界の人間をこっちの世界に移すにはこれが一番手っ取り早い。つまりだ、お前をこの世界で生まれ直させて、元の世界の記憶が定着しても問題ない年齢になるまで加速成長させた、という事だ」
「そんなことができるのか」
「ネトゲで厨二病患っていじられ倒そうとも神だからな。こんくらいできるわ」
根に持ってるなこれは。若干恥ずかしそうにそっぽを向く少女を前にそんな事を思った。
というかそれなら普通に放り込んだ方が楽なんじゃないか? とも思ったが神的に都合が悪かったのだろうと思うことにした。
「それで何の用で呼んだんだ。記憶の混濁くらいで呼ぶとは思えないんだが」
「ぐらいってそれでも充分だと思うんだが……。まあ違うけど」
毎日ネトゲしていた自分と同じかそれ以上にネトゲをしていたから暇だと思っていたが、気軽に呼ばないほうが良いのだろうか。
だが今回は気軽では決してない、本気の用事だった。
「神、いや神様。ここに転生させてくださり本当にありがとうございます。全身全霊でお礼を申し上げたいと思います」
「きもちわるっ!?」
深々と頭を下げて、そこからさらに流れるように土下座をする。
神はかなり引いていた。
動きがなめらか過ぎたのだ。
誰が見ても気持ち悪い。
「不肖ながら私古今東西、改め神野ジン、このご恩に報い精一杯生きて行きたいと思います」
「ちょ、ちょっとちょっと、そんなに喜ばれるような事でもないよね!? むしろ怒られてもいいような事したよ!? それなのにどういうことなの!?」
怒られる自覚はあったのに強行したのかこの神は、と思わないでもなかったが感謝の気持ちがそれを軽く上回っていた。
「私は現実世界では所謂引きこもりとして生活しておりました。そこから行った事と言えばゲームゲームゲーム。何をするでもなくひたすらにゲーム。その中でも中学生の頃から最も好きなゲーム、そのゲームのような展開に私は感銘を受けているのです」
「喋り方もきもちわるぅ!」
ドン引きである。神もこんなに引いた事はないというくらいのドン引きである。
「そう、私はネットゲームにて神に存在を認められ第二の生を許可されました。しかしながら、私が一番好きなゲームはネットゲームに非ず! 一人プレイ専用ゲームなのです!」
段々熱のこもってくる語りに神は人選誤ったかなーという顔をしていたがこちらとしてはまさに神降臨した荒野の村人の気分。
「そのゲームのカテゴリーは、ギャルゲーです!」
「ぎゃる、げー?」
「その通りです。そして私がギャルゲーを手に取る基準、それは妹がいるかいないかなのです! ああ、実際にまさかギャルゲー世界のような展開が訪れようとは! 我が女神、まこと、ありがとうございましたあああ!!」
「う、うん……よかった、ね?」
「以上です。一言お礼が言いたくて、お呼びしました。今までの非礼の数々、本当にすいませんでした」
自分のあまりにもな姿に、神は凄く複雑そうな顔をして一刻も早くこの場を去ろうとしてるのが見てとれる。
やっぱりいじりがいあるねこの神様は。
「じゃ、じゃあ帰るね」
「はっ、神の僕たる私に挨拶していただけるとは何たる感激。ご壮健でありますことを心からお祈り申し上げます」
ここまで信仰心芽生えた後だったら選ばなかったのになーと言いながら神は帰っていった。
「……あー、テンション上がりすぎたやばい。さて妹が呼んでる、ご飯を食べに行こう」
自分の過去の記憶を思い出し、家の状況やらこの世界の情報等を理解しながらジンは食卓へ向かった。