表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

第8話 城下街と前王妃

傭兵としての倉庫警備の仕事を終えたアルフレットたち三人は、完全に暗くなった夜の街を並んで歩いていた。

酒場では多くの人間が踊り、騒ぎ、楽しんでいる。アルフレットもそんな人々を見ながら、夜道を進んでいた。


「えっ」


突然、右隣のキースから焦った声が聞こえた。


「どうした?」


アルフレットとシドは声を発したキースを見やる。彼は珍しく顔を青くして目を見開きながら目の前を見ていた。

二人はスッとキースの視線を追い、アルフレットもキースと同じ顔をする羽目になった。


「えっ……」


どんどんと自分でも顔が青ざめていくのがわかる。

まさか、どうして、なんで。

そんな言葉が自分の頭をよぎる。


「あら、キースとシドじゃない」


動きの完全に止まった三人の前に現れたのは、茶色い村娘の服を着た、だが、どっからどう見ても貴族の娘のようにしか見えないほど上品な仕草で歩く、綺麗な女性だった。その娘の髪はこの国には一般的な金。腰まで伸びた綺麗な金の髪を腰あたりでひとまとめに結わえ、歩く度に揺れるその髪は夜闇でも綺麗に映えている。


「これは…ローズマリー様。こんな夜更けにどうされたのですか?お一人では危ないです、ベルさんはどうされたのですか?」


一番に我に返ったシドがローズマリーに近づいて、頭を軽く下げ、そう聞き出した。

聞かれたローズマリーは、しょぼんとした顔でシドを見やる。


「私だって、一人でお遣いくらいできるのに…と言うのは良いとして、実はベルが熱をだしてしまったの。御昼時にお医者様も呼んで、容態は落ち着いたのだけれど…すっかりお夕飯の買い出しを忘れてしまって、ベルの分のお粥の材料を買いに来たところなのよ」


「待ってください。こんな夜更けにやっている場所があるわけないでしょう、非常識にも程がありますよ」


「ウィルが夜来ても売ってくれるってこの間言っていたから、頼ってみようと思ってきたのだけれど…やっぱりダメかしら……」


「あー…ウィルですか。原因はウィルでしたか。奴でしたか。今度懲らしめておきますね。絶対に売ってくれるというか譲ってくれると思いますけど……。良いですか、貴方は女性なのです。こんな時間に、出歩いて何かあったらどうするのですか。それに、ウィルに下心がないとは限らないでしょう?」


「あら!ウィルはそんなことしないわ。それに、一度しっかりと断っているのよ?今更ではなくて?」


「貴方は男というものを知らなすぎます!確かに、女性ばかりの場所にいたらそうなるかもしれませんけれど、今からでも遅くはありません。男というものを知って下さい」


「私だって、全然知らないわけじゃないのわ!これでもけっこn…」


「はーいはいはい!二人ともそこまで!!!」


「「キース、止めないで!!」」


只管に口喧嘩を続け、どんどんとヒートアップしそうだった二人を止めたのはキースだったが、二人の怒りは止めたキースに向かっていた。

キッとキースを睨み付ける二つの目は傍で見ていたアルフレットですら震えた。だが、気にすることなくキースは笑顔を浮かべて二人の間に割って入る。


「マリー様はベルさんにお夕飯作ってあげなきゃでしょ?そんで、シド。俺たちにはお客さんがいるの、忘れちゃだめだよ?」


キースの言葉に二人はハッとしたように、それぞれの仕事を思いだして、だけど、一度だけお互い睨み合ってから、ふんっと顔をそらすことにしたようだった。

だが、ローズマリーが逸らしたその視線は何故かうまいことアルフレットに向かってしまった。思い切り目の合ってしまったアルフレットは、鼻まで隠していたマスクを手で確認して、けれど、ローズマリーから視線を外せなかった。


「えっと…シドとキースのお客様……?その、申し訳ありませんでした。このような恥ずかしいところをお見せしてしまって」

「い、いや……構わない」


ありがとうございます。

そう照れた表情で言ったローズマリーに、その瞬間アルフレットは見惚れてしまっていた。

ずっと、幼い頃からずっとそばにいたはずなのに、今はじめてその表情を見た。そんな気がした。


「アル~?もどってこーい。現実をみろ~」


キースに肩をたたかれて正気に戻ったアルフレットは、ローズマリーを再び見た。

ローズマリーはキースとこちらの行動が面白いと感じたのか、口元を抑えて肩を笑わせていた。


「現実を見ろって、相変わらず面白いこと言うわね、キースは」

「いやいや、そんなことないですよ~。それに、こいつには必要なことなんですって、現実を見ることが」


キースの言葉の意味が分からず首をかしげるローズマリーだが、当然アルフレットはその意味が分かっているため、サッと青ざめることしかできなかった。

見惚れてどうする、相手には罪を犯し、そして罰を与えたのは自分ではないか。

そう言い聞かせ、平常心を取り戻そうと必死になった。


「とにかく、マリー様。さすがに女性の一人歩きは危ないですから、俺たちが送っていきます。こいつも絶対にいいえなんて言わないんで、安心して送られてくださいね」

「で、でも…」

「なぁ、アル!お前大丈夫だよな!当然、拒否なんてしないよな!」


申し訳なさそうにしているローズマリーの言葉を覆い隠すようにキースはアルフレットに詰め寄り、そして、アルフレットも「できない」など言えない性格をしているし、何より、ローズマリーに負い目を感じている。絶対に拒否などできるはずがないのだ。


「ああ」


短くそう返事をすれば、ローズマリーもまだ申し訳なさそうにしているが、男性がいた方がいいことがわかっているからか、送ってもらう決心がついたようだった。


「では、よろしくお願いします。えっと…アル様、でよろしいでしょうか?」

「ああ…それで、構わない。ローズマリー………様」


「様」なんて、つけて呼んだことなどないアルフレットにとって、違和感の多い呼び名で、どうにも言い辛かったのだが、何とか付け加えたアルフレットにローズマリーは声を少し出して笑った。


「ふふふっ…言い辛いようでしたら、呼び捨てていただいて構いませんわ」

「だ、だが…」

「私も、アルと呼ばせていただくことにいたしますから、ね?どうぞ、お呼びになって下さいな」


彼女は、やさしくふわりと笑う。

なんでも包み込んでしまうようなその笑みに絆され、アルは結局ローズマリーと呼び捨てで呼ぶことにして、自分のこともアルと呼ばせることにしてしまった。


「ローズマリー様。早く買い物を済ませてベルさんのところに帰ってあげましょう。きっと心配なさっていますよ」

「そうよね…、急ぎましょうか」


ローズマリーとアルの間に良い空気が流れたところで、ちょうどよくシドの言葉が入り、四人で例のウィルがやっているという八百屋に行くこととなった。










暫く、ローズマリーとシド、キースとアルフレットと二人組になって、話しながら道を歩いていたのだが。

先ほどからチラチラとローズマリーとシドの口からウィルの名前が出てくる。

ウィルとこの間野原に遊びに行っただとか、ウィルがまだあきらめていないだとか。


そもそも、ウィルと言うのは誰なのだ?


アルフレットは知らぬ者がローズマリーと仲良くしていると想像したら、なんだか、少しイラっときて、気になる。


いや、決してこれはローズマリーに気があるとかではない。

ローズマリーがもしかしたら、また、何か悪だくみを考えていて、その仲間を見つけることができるかもしれないと気にしているだけだ。

またこうやって言い聞かせて、アルフレットは自分を保とうとした。


「ローズマリー…」

「はい?如何なさいましたか?」


後ろを振り向いて、アルフレットに視線を合わせてくれたローズマリー。

その姿を見てハッとした。

違う。

ウィルとは誰だ?なんて、聞こうとはしていない。

断じて違う。


「先ほどから話題に上がっている……ウィルとは、誰なのだ?」


断じてちがーーーう!こんなことが聞きたかったのではない!

一人で心の中で葛藤しながら結局自分の口は軽いようで、思ったことを口にしてしまっていた。


「ウィル、ですか?」

「えっとね~!ウィルは、この街一番の八百屋さんの跡取り息子で、マリー様にべた惚れ中で、何度も告白して玉砕しているのに、いまだ諦めずにアタックし続けている大馬鹿者のことだよ」

「何を言っているの、キース。確かに、ウィルには何度か想いを伝えていただいたけれど、すべてお断りして今ではわかって下さっているわ」

「やっぱ、男をわかってないな~、マリー様は」

「キースまで、どういう意味ですの?」


キースとローズマリーが言い合っているのを聞きながら、アルフレットは考え込んでいた。

ローズマリーにべた惚れで、ローズマリーを今でも諦めていない。なのに、彼女はわかりましたと返事をしない。


「その、ウィルと言う男は良い男ではないのか?」


ウィルの性格が気になったアルフレットは、言い合いをしている二人ではなくて、隣のシドに聞いてみた。


「いや?普通に良い奴だと思うぜ、俺は。おっきな八百屋の跡取り息子で、金に困るこたぁないだろうし、正義感の強い奴でまがったことは嫌い。女、老人にはやさしく、商売仲間からの信頼も厚い」

「……そんないい男なのに、何故彼女は色好い返事をしないのだ?」


アルフレットにとって、純粋な疑問だった。

既に国王アルフレットとの婚姻は解消され、また、一平民としてこの城下街に落とされたのだ。次の結婚相手を見つけても、正直誰も何とも思わないだろう。

どうしてそんな良い男と結婚をしないのだろうか。


「お前がそれを聞く?」

「は?」


シドにジト目で見られながら、アルフレットは眉を寄せた。


「知りたかったら、本人に聞けよ。すぐにわかるさ」

「……聞けるわけがないだろう」


聞けるわけがないのだ。

なぜ、再婚を考えないのか。などとは……

と考えているアルフレットに突如、爆弾が落とされた。


「でもですよ?なんで、マリー様は未だに再婚を考えてないんですか?どんだけ王様好きなんです?」


爆弾を落としたのはキースだった。

前を歩くキースとローズマリーをつい凝視してしまう。

今、キースは何と言ったか。

隣のシドは額を抑えて、何をやってんだと愚痴をこぼす。


「それは決まっているじゃない!何年たっても、この気持ちだけは変わらないわ!変えたくないもの……、たとえ必要とされてなかったとしても……あの人の妻であった時間はとても幸せだったから」

「あーはいはい。やっぱ聞くんじゃなかったです。俺にはわかんないですよ、あんなことされても未だに好きだなんて……って、あれ?」


あれ?と疑問を持ってから数秒、キースは足を止めて、ゆっくりと後ろを振り返り全身黒ずくめの男をじっと見つめた。

そして、やっと自分の発言がいかに間違っていたのかをここでわかってしまったのだ。

完全にやってしまった。


「?どうかしたの?キース」


固まったキースに対し、心配そうに声をかけたローズマリーだが、その声にも反応できなくなっている程キースの頭の中は今、混乱をしていた。

それと同じくらい、アルフレットの頭の中も台風が訪れていた。


「おせぇよ、キース」


シドも頭を抱え、この後の状況がどうなるのかと、自分はどう対応しようかと頭を混乱させ、唯一この状況で普通なのがローズマリーだけと言う何とも情けない状況ができていた。


「ねぇ、キース?シド?もう、どうしちゃったのよ」


アルフレットを見て固まったキースと、その二人を見て頭を抱えるシド。2人に手を振って声をかけても反応をしないとわかったローズマリーは、もう一人、今日初めて会った男に照準を変えた。


「アル?貴方もどうされたの?みんな固まっちゃって」


アルフレットはずっとローズマリーを見ていたのだから、ローズマリーが目の前に来ることも目で追っていた。

第三者になったような気分で、ああ、彼女が近づいてきている。と思っていたのだが、声をかけられたらそれが自分に対してなのだと気づき、再び慌てた。


「あ、ああ~……いや、その……えっと、そう!ローズマリーは、どうしてまだ国王のことが好きなんて言えるんだ?」


ちがーーーーう!こんなことが聞きたいんじゃない!!

混乱した頭で、それをわかっていながら、混乱しているからこそ、口からそんな墓穴を掘るようなことを自分で言ってしまったのだ。

悔やんでも悔やみきれないが、聞いてしまったからにはしょうがない。


「え///そ、それは……秘密よ?シドとキースのお客様…と言うかお友達のようだから教えるけれど……彼は今の私を作ってくれた、私に勇気をくれた大切な人なのよ」


暗闇でもわかるほど頬を赤く染めたローズマリーにもう何も言えなくなった。

そして、ローズマリーは固まっている男2人を置いて歩き出そうとしたので、アルフレットも彼女から三人分程離れたところで隣に並んだ。

彼女は前を見ながら、やさしく、温かく笑った。


「この街の人はたまに、国王陛下のことを誤解していることがあるの。女人におぼれた愚かな王様だって。そう言う人もいるわ。けれど、私は違うとわかっているの。陛下はとてもやさしくて、国民の生活のために努力される方だから、ご褒美にリディア様と言う愛する方ができたのよ。神様があの方にご褒美をくださったの。……そのご褒美が私でなかったことが残念だけれど」


本当に残念そうに目を伏せたローズマリーにアルフレットは、胸が苦しくなる一方だった。


知らなかった。

本当に、何も知らなかった。


ローズマリーが自分を好いていてくれていたなど、幼いころから一緒にいるのに、何も知らなかった。


「国王陛下が今のあなたを作ってくれたと言ったが、彼は何をしたんだ?」


知りたかった。自分が何をして、彼女を作ったのかを。

彼女のことを知ったら…、少しだけ真実に近づける気がした。




街は未だに賑わっていた。

通りの店明かりと月明かりを頼りに、アルフレットとローズマリーは歩いた。

二人の距離はちょっとだけ、近づいていて、アルフレットはローズマリーの話を聞きながら、昔の出来事を思い出していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ