第7話 ヴォンジュ
すみません、
前回投稿した「城下街と前王妃」とタイトル変更して投稿します。
少し文章の手直しもしております。
大変失礼いたしました。
次話が「城下街と前王妃」となります。
城から抜け出したアルフレットは、いつも通り、黒い衣装に身を包み、目元まで顔を隠しながら、貴族たちの暮らしている地域を何食わぬ顔で抜け、平民たちの暮らすほうへと向かう。
あんまりに黒いと危険人物に見えると言われたこともあるのだが、またその容姿が謎を醸し出しているからいいとも評価されることもあり、結局黒い衣装に身に着けることにした。
その途中、ヴォレル家を遠目で確認することも忘れない。
アルフレットは相変わらず人であふれかえるヴォレル家をみて、心苦しくなる。
国単位でこの対応をしようなると、資金はどこから出るのか、だれが担当するのか、どのように対応するのかと、高官たちと会議をして説得しなければならなかった。また、その会議で重臣たちの反対が出れば話が進まなくなり、話が白紙に戻ったこともある。そのため予想外に準備に長い時間がかかってしまっている。
その間、このヴォレル家にはもう少しだけ頑張ってもらわなければならず、こちらから金品を支給しようものなら、アルフレットの意志で行った行為であろうとも、ヴォレル家は再び国庫に手を出した。などと言われかねず、結局金があるアルフレットでも手が出せない状態になっている。
故に、アルフレットは傭兵として働き始めた。
自分で稼いだお金で資金を与えればいいのだと思いついたのだ。
キースに「その腕があるなら、いろんな仕事が来る」といわれたために、一度挑戦してみたのだが、これがかなり気性にあっていたようで、最初はほんの少しやるつもりだったのだが、今は国王としての仕事と同じくらいやっている気がしている。
アルフレットが儲けたお金は、どこにも使えないので、シドの手によってヴォレル家に届けられることとなっている。
シドが横領しないとは限らないが、でも、そんな男ではないと信じている。
今日も、お茶会や終わらない執務を放り出してキースとシドとともに三人で傭兵の仕事をすることになっている。
内容は簡単で、倉庫の見張り番の仕事だ。
二人と待ち合わせしているのは、町の繁華街にある小さな居酒屋で、いつもそこで集合してから仕事にかかる。
ヴォンジュと呼ばれるその店の前に立ち、アルフレットは店の扉をゆっくりと開いた。
「邪魔をする」
そう告げながら店の中へと足を踏み入れると、すぐにカウンターに座るキースとシドを見つけた。
ヴォンジュの店内は、外開きの扉を開けると、縦長に続くカウンターが見える。右側には50歳くらいの無口な男がカラカラと音を立てながらカクテルを作っている。
カウンターを挟んで左側に10人ほど座れる椅子があり、キースたちは他に客がいないのをいいことに堂々と席の真ん中に腰かけていた。
「よ!アル!」
片手をでこちらに手招きをしながら、キースはアルフレットに挨拶をした。
アルフレットもそれに従い、扉側に座っていたシドの隣に腰を下ろした。
「すまない、少し遅くなったか」
「大丈夫だ。時間ぴったりくらいだからな」
「そーそ、大丈夫だって。忙しいんでしょ?本業が」
「話が長引いてしまってな」
苦笑しながらそう答えたアルフレットだが、すでに彼らに自分の正体を明かしていた。
というより、あのヴォレル家へと行った日にばれたというのが正解か。
あの日、アルフレットは侯爵家であるヴォレル家の夫人シャルロットに頭を下げられ、それだけでなく、丁寧な姿勢での質疑応答を見てしまったキースとシドが不思議に思わないわけがなかった。
あの場で追及しようなどという無粋な行為を彼らはしなかったが、それでも告げたほうがいいとどこか感じ取ったアルフレットが、その後、場所を移し、三人になったところで自分の身分を告げたのだった。
シドはヴォレル家に昔、大きな恩があったらしい。そのため、国王に対する恨みがないわけではなかった。
だから、あの日アルフレットは当然のごとくシドからの一発の拳を受けた。
「なんで……あんたは、今更こんなことしてるんだよっ!!おせぇんだよ!ご当主様はお前のせいで殺されたんだ!なんで、なんで…」
シドはあの時、アルフレットの胸倉を勢いよくつかみながら、顔を鬼にして…、それでも泣いていた。
「すまなかったという言葉は今更言っても意味がないことはわかっている。故に、余は真実を知り、正し、バルベリーニが伝えたかったことを叶えたかった夢を、余が、必ず実現させる」
そのためにここに来たのだ。
そうアルフレットはシドに告げた。
アルフレットの言葉だけで赦せたわけではないし、いや、この先も赦せないだろうけれど、シドはバルベリーニの昔言った言葉を思い出し、ぎゅっとこらえた。
『シドよ、憎しみは憎しみしか生まれず、愛には愛が生まれる。お前のような利口な者を捨てた父が憎いかもしれないが…憎しみでは何も解決しないのだ。憎しみを持つくらいならば、いっそ愛情を与えてやればいい。そうすれば、愛情がかえってくるからな』
バルベリーニはシドにそう告げていた。
父に捨てられて、ヴォレル家の孤児院で育ったシドは昔、それはそれは、荒れていた子供だったそうな。
そんな子供を親身になって、親代わりとして育ててくれたのがヴォレル家の当主バルベリーニとその妻シャルロットだった。
だから、その二人の言葉は絶対なのだ。
「憎しみには憎しみしか生まれない。愛には愛が生まれる。そう、ご当主様は仰せになった。俺はその言葉を信じている……。だから、お前のことを憎むのではなく、別の見方をしてみようと思う」
成り行きを見守っていたキースも少しほっとした様子で、シドを見た後にアルフレットの肩に手を回した。
「俺たちはさ、バルベリーニ様のことをすっごく信じてたし、今も信じているんだ。あの方は国庫の浪費はしていないよ。それ以外の不正はしていたかもしれないけれど……、殺されるほどのことはしていない。アルがそれを再調査して、真実をつかんでくれるというなら俺はあんたに協力するよ。平民だろうと、貴族だろうと、王様だろうとそんなものは関係ない。あんたが、真実を見てくれるのであれば、ね」
「…ああ。必ず、必ず見つけ出して見せよう。真実を。だから、手伝ってくれるか、キース、シド」
「もちろん。ね、シド」
「ご当主様のためだからな」
それから、三人はいろいろなことを語り合った。ヴォレル家のこと、国のこと、酒が入ってくると、話の内容はずれていったが、その日以来、三人は信じられないほど仲が良くなっていた。
「どうしたの?アル~?」
「ん?何が?」
「表情がにやけてるよ~?何考えてたの??」
またしても無意識だった。アルフレットは城でカルダンやバルトに言われたことを思い出した。
「なぁ、私はそんなに顔に出るか?」
「え?…ああ、感情がってこと?まぁ、出る方なんじゃない?」
「キースに比べりゃ、確かにアルは表情に出てる方だと思うぞ」
キースは基本笑顔を絶やさない。笑顔の種類はいくつかあるものの、それを見分けるのも大変だ。
アルフレットもやっと最近毎日会うようになって怒っているときと、そうでないときの差に気づいたくらいだ。
「アルは正直だから、しょうがないんじゃない?そ・れ・よ・り!何を考えてそんなニヤニヤしてたのさぁ!あ、女の子のこと考えてたの?もぅ、エッチ~」
「黙れ、キース。お前じゃないからそんなこと考えていない」
シドにそう言いきられ、頭を叩かれたキースは、お前は堅物だなぁとシドにつつき返していた。だが、その後にムッツリすけべ?と言ったキースに対し、シドは容赦ない鉄槌を下していた。大きなたんこぶが頭の上にできたキースは涙目になりながら、けど笑みを絶やさずにアルフレットにそう言えば。と話を切り出した。
「アルには奥さんいるもんね~」
「……ああ」
「なにその微妙な反応…、もしかして飽きた?」
「なっ!そんなことない!ただ、少し……」
「少し、何さ?」
本当は「少し」なんて言うつもりはなかった。アルフレットは口を閉ざして、キースの質問に答えないことにすることとした。
「アル、今思ってること言っちゃった方が楽だぜ?俺たちはお前の奥さんに会うことなんてないし、そもそもあんたが会いに来てくれなきゃ俺たち会えないんだからさ、同業よりも言えること多いと思うぜ?」
シドまでも食いついてきて、でも、誰かに相談したいと思ったことも確かで……。
「この話をしたら、一歩間違うと国が混乱しかねないぞ」
二人にしか聞こえないように小さく言った。店主に聞かれても困る。
「確かに……お前の立場じゃしょうがないよなぁ……。任せておけ!この話が外部に漏れることはない!俺たち口は堅いから、ね~シド?」
「キースは知らんが、俺は口が堅いぞ」
「ひでぇって、シド」
二人が軽く言い合いを始めたのだが、アルの話を聞くということで、あとでやりあうらしい。
静かにアルフレットを見つめてくる二人に、結局折れたアルフレットは話すことにした。
店主も気を利かせてくれたのか、裏の片づけをしてくるとか言って、席を外してくれた。こういうことがあるから、この店は良いとシドは言った。
「最近、リディアが……その、別に悪くはないのだが…いや、本当に悪くないのだ、リディアは。だが……ちょっと、違うというか。面倒だというか。しつこいというか」
「ほう…?なんか、ただの惚気話に発展しそうな勢いなんだけど、なんだい?」
キースはちょっとめんどくさそうな表情になりながら、でもちょっと楽しそうに話を聞こうとする。
「最近、ヴォレル家を見習い、民たちへの国での支援を考えて資金の調達や役所の設立などをしていたのだが…………」
そう、資金をどこで調達するのかと、まぁそんな話になるわけで。
そう言えば後宮の予算削減の意見が出ていたし、そこから捻出すれば、民からの王妃の株も上がるはず。
「だから、リディアに話してみたんだ。後宮の費用を削減させてほしいんだと。そしたら、色よい返事ももらえたし、削減を実行したのだけれど……」
実行したのはいいが、それ以後、リディアがあれがほしい。これがほしいと、側妃であったとき並にアルフレット直接ねだるようになってきたのだ。
実行してすぐこれが発生してしまったため、さすがのアルフレットも頭を抱えた。いや、良いて言ったじゃん。みたいな、やけになりつつある。
「何度も説明したんだ、民のために節約をしようと。その時は理解してくれるみたいなんだけど、寝ると忘れてしまうようで……次の日も、その次の日も同じ相手に同じ話をしなくてはならなくてな……。頭がいたくなってきた…」
カウンターに額を勢いよく突きつけたアルフレットは、いつもよりバカな男に見える。
シドとキースは一度顔を見合わせた後に、カルダンとバルトが城でしたように「はぁ」と大きなため息をつく。
「あのさ、アル」
「な、なんだ?」
呆れた声音を出したキース。その声に合わせて、シドがアルフレットの肩に手をポンとやさしく置いた。
「あんたさ~、悪女に騙されたんじゃない?」
「あく、じょ…?」
きょとんとした表情でキースとシドを見たアルフレットに、二人は再び大げさなほど大きなため息をついた。
「王妃様、相当な悪女だよ。一応聞いてみるけど、側妃だった頃もさ、いろいろ貢いだでしょ?」
「貢いだなんて、そんなことは……」
「え、もしかして無意識?たとえば、今度夜会行くからドレス買ってとか、あの宝石をつければ貴方にふさわしいくなれるのに…とか。あなたの愛情を知りたいの。私に似合う髪飾り、選んでくれないかしら?とか言われたことなぁい?これ、女たちが良く貢がせるために使う手だよ」
キースに挙げられた言葉は、そう。一度彼女の口からきいたことがある。どれも聞いたことのある言葉だ。
アルフレットは何も言えなくなった。
つまり、自分はリディアに意図的に貢がされたということなのか。
「ドンピシャかよ、アル」
「……もう、本当にダメ男だね~」
完全に呆れきった二人に、アルフレットも背を丸め、再び額をカウンターに押し付け、手で頭を抱え込んだ。
「な~んで、そんな女に捕まっちゃうかなぁ。とにかく、貢がせるタイプの女ってことは、最悪だね。貢がれなくなればだんだんと離れて行っちゃうよ?」
「なっ…」
「でも、王様としては、女にうつつを抜かして国庫を浪費するとか、ばからしい話だからね?」
「ああ。うつつを抜かした愚かな王と、これからも語り継がれるだろうさ」
手厳しい二人の意見に、アルフレットはもうどうしていいのか分からなかった。
昔の自分なら、リディアを悪く言うな。
とか、リディアの良さがわからないのか。
と、相手を嘲笑ったかもしれないが、今の自分にはそれが出来なかった。
民の生活を知り、その貢ぐという行為がどれほどばからしいかわかったからだろう。
貢ぐ金があるのならば、少しでも救える民を増やすべきである。
アルフレットはそう考えるようになっていたのだから。
「とにかく、それは根気強く断るしかないね」
「遠く、城下街から俺たちは応援しててやるからな、アル」
うれしくない。全然うれしくない。
手伝えよ、って言いたくなる気持ちをぐっと強く堪え、アルフレットはため息をついた。
「なんとか断っていくさ…。そう、私が資金を調達しなけりゃならないんだ。そのためならなんだって頑張ってやる」
「おう!その意気だ、アル!」
「そうだよ!大丈夫、アルならできる!!」
なんだか、うまいこと乗せられている気がしてきたが、しょうがない。
もう、そう思い込むことが大切なのだと自分に言い聞かせた。
「さてと、まぁ一応話を聞いたというところで~…。そろそろ仕事行くよ、二人とも」
「そうだな。今日もがっぽり儲けようか」
「ああ」
三人ともそれぞれ机の上にコインを置いていき、腰の剣を触りながら店を後にする。
これから、夜間までの倉庫警備だ。
とにかく、気分だけは入れ替えようとアルフレットは大きく外の息を吸って、先を歩き出したシドとキースの後を追うことにした。