第6話 民の声
あの後のヴォレル家での出来事はシャルロットが言った通り、アルフレットにとって良い結果となった。
自分の知らなかった生活、自分の奢った考えを知ることができた。
そして、改めて思う。
このような家が、国に裏切り行為を行うのかと。
城に戻ったアルフレットは、民たちから聞いた声を活かすために執務室へと行き、改善策を考えた。もちろん、机上の空論となってもダメだとわかっているので、毎日のように街へ降り、街にあった対策を考えるようになる。
初日、アルフレットと別れ悪党どもの調査を行っていたバルトは、悪党どもを早々に片付け、裏取りまでして、貴族の後ろ盾も無くした。たった3日のことだった。
あまりに素早い対応だった為に、アルフレットも驚いたものの、本来、やると決めた仕事は早く終わらせるのがバルトである。最近はアルフレットを支えるために動いていなかっただけで、実際の処理能力は、前宰相バルベリーニに劣らない。
それが理解できてしまったアルフレットは、なんだかとても申し訳ない気分になって、すまぬとバルトに謝罪をすると、彼は大慌てで言い募った。
「陛下、私は陛下に謝罪されるようなことはしておりません!そもそも私は古い友に『筋肉で出来た脳』と言われたほど、頭脳戦はできないのです。なので、こういう事には向いておらず……ですから、陛下は陛下の思うように私をお使いください。私は貴方の希望通りに動きましょう」
ここ最近、自分の不甲斐なさを日々感じているアルフレットは、このように思ってくれる部下がいることに、昔よりはるかに喜びやありがたみを感じていた。
「あぁ、そなたが力を余すことなく発揮できる場を作ってみせよう」
「ありがたきお言葉!」
バルトは大袈裟なくらい地面に右膝をつき、地面に着きそうなほど頭を下げる。だが、それが彼なりの忠誠の仕方なのだろうと、アルフレットは思っている。最初、この礼をされた時はどうしたものかと思ったが、今ではされないことに不安を感じる程だ。
「さて、そろそろカルダンとの約束の時…」
「執務中失礼致します!財務大臣カルダン・バン・ユーリア伯爵が拝謁の許可を願い出ております!」
カルダンとの約束の時間だ、と、そうちょうどアルフレットが言いかけたとき、扉の奥から衛兵の声が聞こえた。
「通せ」
扉から入ってきたカルダンは、アルフレットのもとまで来ると、先程のバルトの如く、地面に片膝をつき両手は立てている膝の上に乗せて頭を垂れる。
この形が、カルダンの家、ユーリア家の誇る、忠誠を表す姿勢なのだという。
この国は其々家ごとに忠誠を誓う形が存在する。ただしそれは、主と定めた人にしか見せないとても貴重なもので、たとえ王だとしても気に入られなければ見せてもらえないものになっている。
「待っていたぞ、カルダン」
「お待たせいたしまして、申し訳ありません。ご依頼いただいておりました、市民救済所の予算を立ててまいりました」
「ああ、待っていた。資料をこれへ」
「はっ!」
カルダンはアルフレットの指示通り、彼の御前へと向かう。アルフレットの前にあるつくへの売れに資料を広げ、必要な個所の説明をしていき、アルフレットの疑問にもすらすらとお応えていく。本当に優秀な臣下をもったものだと自然とアルフレットの頬は緩んだ。
「陛下?いかがなさいましたかな?」
「ん?何がだ?」
「とても、気持ちの緩んだ表情をなさっておいでですよ」
「……そ、そうか?」
「ええ、とても。そう思いませんか、バルト殿」
「私もそう思いますよ、カルダン殿」
控えていたバルトにまで言われたアルフレットは、だんだんと恥ずかしくなり顔が赤くなってくる。
「我らが王は何をお考えだったのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「…………」
カルダンに聞かれた質問に恥ずかしくなり答えられないアルフレットを見て、バルトとカルダン両名は、目を見合わせた後にはぁとため息をついた。
「よもや、このような大事な政務の最中にリディア王妃様のことをお考えになっていたなどとはお答えになりませんよね?陛下?」
「は?リディア?」
「「え??」」
間抜け面でカルダンの質問に答えたアルフレットに知らず臣下二人は同時に声を出していた。
「え、では失礼いたしますが、陛下は何をお考えになられていたのですか?」
意外な答えに呆けてしまったバルトだが、気持ちを入れ替えてアルフレットに質問すると、彼も持ち直したようで、真実を語った。
「いや……余は、良い臣下をもったと思っていただけなのだが…」
「それは、ありがたきお言葉でございます、陛下。そのお気持ちを間違って解釈してしまったこと、大変申し訳ございませんでした」
カルダンは改めて深々と頭を下げ、謝罪の意を示しつつ、国王に賜った言葉に逆にこちらがにやけそうだった。
「別に構わないさ。だが、疑問だ。そなたら、なぜ余が上の空だからとリディアに結び付いたのだ?」
「それは…陛下がリディア王妃様のお話をなさるときと同じ表情をなさっていたからでございますが…」
二人の臣下を見ながら心底不思議そうにそう問いかけたアルフレットに、なんと答えればいいものかとカルダンが思案しているところに、代わってバルトが答えた。
「は?そう、だったのか。余はそんなに表情に出やすい人間だったのか」
「まぁ…そうでございますな。幼き頃より、陛下は素直なお子様でございましたゆえ」
「以後気を付けることにしよう」
それを言ったのち、アルフレットは再び予算資料に目を通し、もう何の不備もないことを確認すると、カルダンにその方向で進めるようにと指示を出した。
カルダンもそれに応え、準備のために退出していった。
「さてと、今日の謁見予定は終わったな。バルト」
「はっ」
「では、城下へと行くことにしようか」
アルフレットの執務机のとなりに山積みとなっている資料が見えないわけではないのだが。いかないという選択肢はアルフレットにはなかった。最初に城下町に降りてから、最近はよっぽどのことがない限り通うことにしていた。特に今日は、キースと傭兵の仕事の約束があるために早く向かわなければならない。
どこか浮かれた気分でアルフレットは身支度を始めようと腰を浮かせたのだが。
「ですが、陛下。本日はリディア王妃様のお茶会が開かれる日ではございませんでしたかな?よろしいので?」
「……そうであった……まずい、忘れていた。だが、キースとも約束してしまったし……まぁ、茶会はいつでも参加できる。前はこんなに頻繁に参加していなかったのだし、良いではないか。少しくらい」
確かに昨日、リディアが執務室へときてお茶会へのお誘いがあった。それを参加すると返事してしまったものだが、だが、今のアルフレットにとって優先すべきはリディアではなく、民とのふれあいである。それこそ、王の務めであるとアルフレットは自分に言い聞かせ、自分の意見を正当化したうえで、リディアに断りの手紙を送ることにした。
そもそも、前王妃が開いていた茶会にはほとんど参加したことがない。大体、前王妃がアルフレットにお茶会について何かを言ってくるとしたら、「何日にお茶会をさせていただきたいのですが、中庭の使用を許してくださいますか」だとか、「お茶の席で誰々が参加いたします」という内容の手紙を朝、侍従から渡され、確認したときに自分が行ったほうがよさそうだと判断したものについてのみ、こちらから返答していたくらいだ。自分が行ったほうがいいと判断する内容の手紙に関してはあちらからお誘いの文がついていることもあったが、それ以外あちらから積極的に参加を促すことはなかった。
ゆえに、今のアルフレットは昔以上にお茶会への参加をしており、無駄だなと思うことがなくもなかった。
ただ、ひとえにリディアが望んだから参加しよう程度にしか思っておらず、近頃は、その程度の理由だけで民とのふれあいをなくすことは馬鹿らしく思えてきた。
今回はある意味ではいい機会だ。これを弾みに少しずつお茶会の数を減らしてもいいかもしれない。
そんなことを思いながら、アルフレットは手紙を作成し終えた。
「バルト、これをリディアに届けよ。だが、間違っても行先は言うなよ?」
「かしこまりました。では、行ってまいりますが、くれぐれもお一人で城下町へと行かれませんようにお願いいたしますよ、陛下」
「わかってる、わかってる。ほらリディアが返答を待っている。早く行ってくれ」
追い出すようにバルトを追い立て、執務室で一人になると、アルフレットは机の下に隠しておいた黒い衣服に身を包むと、そそくさと王家のみ伝わる隠し通路を使って王宮を抜け出した。
バルトには悪いが、今回は一人で行かせてもう。
アルフレットは一応机の上にバルトあての手紙を一言書いておいておいた。
『すまぬ、あとは頼む』
手紙を渡し終え、執務室へと戻ってきたバルトは手紙を見て、すぐにそれを散り散りに破り捨て、こぶしを握りしめた。
「あんのっ、ばっかやろうがぁああああああ!!!!」
王に対しては失礼な一言ではあるが、今回はしょうがない。
バルトの雄叫びが執務室に響き渡り外の廊下で執務室を警護していた者たちを怯えさせたものの、その一言以外は今まで何もなかったかのような振る舞いで、執務室から出てきて衛兵たちに王が休まれているゆえ、だれもこの部屋に通してはいけないとだけ伝え、再び執務室へと戻っていった。
あとで覚悟しておけ、くそガキが。
と心の中でそう思いながら、バルトは国王の帰りを静かに待つこととした。