秋霖
所々、段落が諸事情によりありません。後日修正致します。
ここんところ、ずっと雨続きだ。
私は、はぁとため息をついた。雨は嫌いだった。なんかジメジメするし、空が暗いからやる気がなくなってくる。机に頬杖をついて外を見る。
不覚にも綺麗だと思ったことがある校庭の木々も、紅葉してすぐに散ってしまった。それも、雨のせいだ。
「由紀ー、部活行こう!」
「・・・・・・行かない。」
「えぇっ! どうして?」
大げさに驚いてみせる莉緒。この子のこういうところは嫌いだった。どうせ本心ではなんの興味も持ってないくせに。
「めんどくさいから」
「ふぅ~ん・・・・・・わかった、斎藤にはうまく言っとくー」
斎藤とは私たちの部活の顧問。美術部の顧問は部員に甘い。どうせしばらくはコンクールとかもないし、適当な嘘でもごまかせる。
「うん、お願い。」
既に、他の子達と談笑しながら教室を出ようとしていた莉緒に言う。莉緒は、親指を立ててそれに応えた。
さて、人影がまばらになって静かになった教室で私は考える。この時間のバスはあと20分くらいしないと来ない。
私は荷物をまとめ、カバンから音楽プレーヤーとヘッドフォンを取り出す。それをそのまま耳に装着すると、適当な雑誌を読む。
音楽は何もかけてないし、雑誌だってもう何回も読んだものだ。
だから、これはただのポーズ。教室に残ってる生徒には、それなりに仲のいい子もいる。けれど、あくまでもそれなりに、だ。
話しかけないで欲しい。それを言葉以外で手っ取り早く伝えられる。なんで、部活にいかないのかとか、何の曲を聴いてるのとか、聞かれたことに答えるのは面倒だった。
めんどくさい。最近はそう思ってばっかりだ。それもこれも、結局は雨のせい。きっとそうだ。
「ただいまー」
「あら、お帰りなさい」
気のない私の言葉に、確かな言葉が返ってきた。声の主はわかっている。
「由紀、今日は早いのね。部活はどうしたの?」
声に若干責めるような響きを含ませながらも、優しげな笑顔を浮かべて言うのは、祖母の由希子。私の名前は、祖母の名前からもらったものだ。
「別に、おばあちゃんには関係ないでしょ。」
素っ気なく言うと、その笑顔が陰る。その悲しげな顔は、いつからかよく見るようになってしまった表情で、いつもはなんの気にもならなかった。
なのに、何故かその笑顔が心を震わせる。だから、だろうか。
「お茶、飲む?」
いつもなら、すぐにいらないと答えてしまうのに、
「うん」
そう、答えてしまったのは。
私の家は、元々は祖母の由希子のものだ。正確に言えば、祖母が嫁入りしたときに建てたもの。だから、すごく古い。由緒正しき日本家屋、とでも言えばいいだろうか。
前に聞いたときは、築30年とか言っていた。それでも、所々傷んではいるものの、家としては十分暮らせる。祖母の有希子が、祖父の亡き後も大切にしてきたからだ。
今日だって、帰ったとき祖母は片手に雑巾を持っていた。きっと、また掃除でもしてたんだろうと思う。
そして、私の家にはある特別な部屋があった。それは、祖母が建てるときに造ってもらった部屋――茶室。
祖母は、茶道をやっている。若い時からやっていて、退職してからは個人で教室なんかも開いている。
仕事を辞めてから、家で何もせずにぼうっとしてるよりはいいでしょう? 祖母はそう言っていた。
その茶室で、私は静かに祖母のお点前を見ていた。祖母の言うお茶は、ただのお茶じゃない。お点前から始まる、ほんとうの「お茶」だ。
こういうことは、本当に久しぶりだった。小さい頃は、仕事で忙しい母より、祖母のあとを追いかけていたから、お茶を習ってみたりもしていた。
けれど、そんな機会は年を重ねるごとに減っていった。それよりも優先すべきことがたくさんできたからだった。主にそれは友人関係だったけど。高校1年生になった今もそれは一緒だった。
だから、今も既に正座している足がジンジンしている。無言で痛みに耐えた。高校にもなって根を上げるのは、少し恥ずかしいような気がしたからだ。
そうしている間にも、祖母の手はなめらかに動く。茶巾、だったっけ・・・・・・茶碗を拭くための白い布で、茶碗が清められていく。
抹茶の粉と、お湯の入った茶碗をかき混ぜる、しゃかしゃか、という微かな音が静かな茶室に響き渡った。
「はい、どうぞ。」
祖母の手から、湯気の出ている茶碗を受け取る。陶器でできている高そうなそれは、熱々のお茶の温度を感じさせた。思わず取り落としそうになり、慌てて持ち直す。その様子を見た祖母が、笑っているのを気にしないようにして口を付ける。
熱い。正直、その気持ちしか浮かんでこなかった。ものすごく熱い液体が喉を通り過ぎていく。胃まで熱くなってきた。
何口か飲んで、ようやく慣れてきたのか、お茶の味らしきものを感じる。まぁ、苦いだけなんだけど・・・・・・。
「どうですか?」
「・・・・・・美味しいです。」
何故か自然に敬語になってしまった。その気恥かしさも相まって、もうそんなに残っていないお茶に慌てて口を付ける。茶碗で顔がうまく隠れればいいけど・・・・・・。
しんとした時間。ふいに祖母が言う。
「空気の入れ替えしようか」
私が頷くと、祖母は立ち上がり窓を開ける。茶室に合わせた障子付きの窓。
雨の音が大きくなる。叩きつけるように降っているわけではない。どちらかといえば、しとしと、そんな感じの雨だった。
その雨のせいで、葉の落ちて枝だけになった木々が、その枝の先から雫を際限なく滴らせている。表面はぬらぬらと光り、あまり綺麗な印象を与えない。その姿は、冬の到来がそう遠くないことを告げている。
冬は、嫌いだった。寒いのもあるけど、冬という季節はどうしようもなく、死を連想させる。静かな、雪で覆われた帰り道を一人で歩いていると時折、怖くなる。生の気配を感じないことが。
木で出来た窓枠に手を掛けて庭を見ている祖母。
「・・・・・・っ」
不意に、涙が零れそうになった。祖母の背中が、あまりにも小さくて、今にも消えてしまいそうだったから。
微かに息を呑んだ音が聞こえたのか、祖母が私を見る。何か言わなきゃ、そう思い口から出たのは
「お茶、たてても良い?」
祖母は嬉しそうに目を細め、頷いた。
お点前なんて、何年ぶりだろうか。
正直、覚えてるはずが無いと思っていた。でも、脳が考えるよりも先に、体が、手が動き出す。最初はぎこちない動きだったが、徐々に慣れていき、ずっと昔に習ったことをするすると繰り返していく。
祖母は、注意深く私の動きを見ていたけど、安心したのかその目はまた外の景色を見ている。
何を見ているんだろうか。何を考えているんだろうか。
愁いを湛えた瞳が、何を映しているのだろうか。
その思いを振り払うように、今目の前のことに集中する。
よし、お茶の量はこれくらいで、後はお湯。木で出来た杓……茶杓の八分目までのお湯をそっと注ぎこむ。
じっと見つめる祖母の視線を感じながら、優しく、それでいてしっかりとお湯を掻き混ぜていく。
「の」の字を書いて、茶筅を抜き、作法に則って祖母へお茶を出す。
果たして、それにゆっくりと口をつけた祖母は
「美味し……」
そっと呟くと、綻ぶような笑みを浮かべた。顔をくしゃくしゃにして、本当に幸せそうに。
私はその笑顔を見ながら、想う。
もっと、もっとこの顔を見せて欲しい、見ていたい、と。
「あら、」
祖母の言葉に、窓の外を見る。
「雪……」
「秋が終わるのね」
あれ程降り続いていた雨は雪へと変わっていた。
そして、また季節は巡り、冬がやってくる。
茶筅とは、竹で出来た、お茶を混ぜるための道具です。先が幾つにも分かれています。……わかりづらくて申し訳ありません……
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