第二話 少女の決意
テーブルかけ誕生秘話です。秘話ってほどでもないですが
テーブルかけは夢見ていた。
暖かい家族の輪。人と人との繋がり。その中にいつか自分も入ることを。
高名な絹織り職人によって作り上げられたテーブルかけは、市場に出されてから様々な国を旅してきた。人から人へ、家庭から家庭へ。ときに山を越え、海を渡り、色んな人々の手に渡って使われ続けてきた。
そのどこへ行っても、暖かい食卓の真ん中にテーブルかけはいた。
ご飯を食べるときは、誰もが幸せだった。兄弟や親子、夫婦、友達、いろんな繋がりがあって、ときには喧嘩もしていたけれど、いつもみんなテーブルかけがいる食卓に集まってご飯を食べていた。その団欒の中に身を置いていると、テーブルかけは優しい気持ちになれた。
私もあんな風に、誰かと笑い合えたらいいな……。いつしかそんな願望を持つようになっていた。
転機が訪れたのは、日本のとある家庭に買われてからだった。
そこでもテーブルかけは大事に扱われていた。
絹織りの繊細なテーブルかけを、その家の少年はいつも丁寧に洗ってくれた。傷まないように手洗いで、染みを作れば丁寧に濡れタオルで叩いて落として。ほつれを見つけた時は、修繕の後すら分からないほどきれいに直してくれた。
無口でぶっきらぼうな少年の優しさを、テーブルかけは誰よりも感じていた。
その家は少年と母親代わりの叔母の二人暮らしで、毎日のご飯は母と少年が共同で作っていた。母の仕事が忙しい日は少年が学校の帰りに材料を買ってきて台所に立ち、少年が遅くなる日は母が早起きをして鍋を振っていた。二人とも、お互いが作ってくれたご飯をいつも美味しそうに食べていた。生活の時間が合わず、顔を合わすことは少なかったが、二人の間には本当の親子と変わらない確かな繋がりがあることをテーブルかけは感じていた。
そして、だからこそ思った。
いつも一人で食卓に着く、この二人のそばにいてあげたいと。誰かと一緒に食べるご飯がとても美味しいことを、教えてあげたいと。
そんな想いが天に届いたのか、テーブルかけはある日、人間へと姿を変えた。容姿は家の少年と同い年くらいの少女となり、自分の足で立ち、思うように動き、今まで出すことが出来なかった言葉も出せるようになった。まるでずっと昔からそうだったように、人間としての知識や思考も頭の中に入っていた。
神様からの贈り物だとテーブルかけは思った。これで少年や母と話し、触れ合うことが出来る。そう思ったら、堪らなく嬉しくなった。
その日、少年は自室にて就寝した後だったので、部屋を暖かくして仕事から帰ってくる母を出迎えた。
初め、テーブルかけを見た母はとても驚いたが、事情を話すとすぐに打ち解けてくれた。その日、初めて一緒に着いた食卓で、テーブルかけに向かって笑いながらこう言ってくれた。
「これから私のことは、お母さんって呼びなさい。私はあなたを……そうね、テーブルかけだから、てっちゃんって呼ぶわ」
その言葉に、テーブルかけは胸が熱くなった。「お母さん……」と何度も口の中で繰り返し呟き、その甘美な響きに浸った。
自分の求めていたものがひとつ、手に入った瞬間だった。
翌朝にテーブルかけは少年にも紹介された。少年は母ほど簡単には納得してくれなかった。何度も頬をつねって夢ではないかと確認したり、からかってるのではないかと母やテーブルかけに詰め寄ったり。なんだかんだと思うところはあったようだけれど、結局は少年もテーブルかけがこの家に住むことを容認してくれた。母が強引に納得させた為でもある。
少年はテーブルかけに対してよそよそしかったけれど、それでもよかった。テーブルかけは少年の本当の心根を知っているから。
いつか彼とも屈託なく笑い合える日がくるといいなとテーブルかけは願っている。
煮汁はほとんど無くなった。頃合いだ。テーブルかけは鍋にかけた火を止めた。
鍋の中からひとかけ、煮汁がたっぷり染み込んだ豚肩肉の角切りを菜箸でつまんで口に運んでみる。柔らかくなった肉は軽く噛んだだけでほろっとほぐれた。熱々の煮汁と肉汁がじゅわっと溢れだし、柔らかな甘味と旨味が口いっぱいに広がった。
「あっ、熱っ! はふはふ……うんっ、おいしい! よしよし、豚の角煮も完成です」
出来上がった角煮を皿に盛り付けて、先に作っていたおかずと共に食卓に並べる。ほうれん草のごまあえ、きびなご唐揚げの南蛮漬け、ひきわり納豆、たけのこのしぐれ煮。豆腐と白菜の味噌汁も温め直した。
これでよし、完璧だ! テーブルかけは並べた料理を前に満足げに頷いた。
人としての知識を得たのと同様に、テーブルかけの頭には様々な料理のレシピが入っていた。和食に洋食、中華にフレンチ、ありとあらゆる料理を本もなにも見ずに作ることが出来る。
食卓を飾るには都合のいい力で、テーブルかけはこれも神様からの贈り物だと感じていた。
作った料理を食べた母は、「エンゲル係数を上げる価値がある味だわ」と言ってくれた。難しい単語があったので意味はよく判らなかったが、褒めてくれたことは判った。
それからテーブルかけは、稲葉家のキッチンを任されるようになっていた。
家族が喜んでくれるご飯を作る。彼が――今まで渡ってきた家庭でキッチンに立っていた人達が――いつもそうしていたように。毎日のおかずを考えることが楽しくて仕方なかった。
「さあ、時間もちょうどいいですし、晩ご飯にしますか」
居間を出て、テーブルかけは学校から帰ってずっと自室に篭っている彼を呼びにいった。
「良人くーん、ご飯出来ましたよー」
部屋の扉を叩くと、彼――稲葉良人はゆっくりと部屋から出てきた。にこにこ笑顔で待ち構えるテーブルかけと目を合わさないように顔を伏せたまま、小さく会釈して居間へと向かう。その後ろにテーブルかけも続いた。
「今日のご飯は和食にしてみました。角煮がとっても柔らかくておいしいですから、ぜひ味わってください」
「ああ、いただきます」
淡々とした挨拶をして、良人はご飯を食べ始める。
いつもながら反応は薄い。黙々と箸を動かし、ご飯を野菜を魚をとバランスよく口に運んでいく。
だけど所々、口元が小さく緩むのを正面で見ているテーブルかけは見逃さなかった。口には出さないけれど、心の中ではちゃんとおいしいと思ってくれているようだ。
特に角煮は気に入ってくれたらしい。三回連続で口に入れた。必死に隠そうとしている良人に悪いので、テーブルかけも言葉には出さずに心の中だけで喜んでおく。
あれ、明日のお弁当にも入れてあげようかな……。
「……なあ、テーブルかけ」
ふと良人から話しかけてきた。
滅多に無いことなので、明日、良人が学校に持っていく弁当のおかずの配置をぼんやりと考えていたテーブルかけは驚いてしまう。
「えっ? は、はい、なんでしょう?」
「……この角煮、明日の弁当にも入れてくれないか?」
皿の中から半分だけを取ってご飯の上に置き、残りが入った皿をテーブルかけに差し出してくる。
本当に気に入ったらしい。テーブルかけは思わず笑い、頷いた。
「はいっ、いいですよ。沢山作ってますから、それは全部食べても大丈夫ですよ」
「そ、そうか」
そういうと良人は照れ臭そうに頬を掻き、角煮をまた一口食べた。
幸せそうに顔を綻ばせる。けれどそれは一瞬だけ。すぐにハッとしてまた顔を伏せてしまった。見えなくても、その顔は真っ赤になっているのが判った。
あんなに下を向いてちゃ、食べにくいだろうに。
見られていないのをいいことに、テーブルかけは満面の笑みを遠慮なく良人に向けていた。
「そうだ。おかわりは玉子で綴じて角煮丼にしませんか? きっとおいしいですよ」
「それいいな。頼む」
素直に頷く良人。テーブルかけは丼のつゆを作りに台所へ向かった。
えっと、玉ねぎを刻んで、タレは煮汁をベースにして……あっ、三つ葉はあったかな? 万能ネギを山盛りのせてもいいな。良人くんはどっちが好きだろう?
レシピを考えるのが楽しくて仕方なかった。とびきりおいしいのを作って、さっき見せてくれた笑顔をまた見せてもらおう。そんな悪戯心も手伝って、色んな工夫が次々に頭に浮かんだ。すでに角煮丼専門店が開けそうなくらいはアレンジが思い付いている。
「んー、やっぱりオーソドックスに、薬味は三つ葉と紅しょうがにしましょう。他のアレンジはまた今度で」
結局は無難なところに思考を落ち着かせ、鼻唄混じりに材料を刻むテーブルかけ。小鍋でつゆを煮立たせて、刻んだ玉葱がしんなりしたら溶き卵を垂らす。とろり半熟になったところでほかほかのご飯にかけて、三つ葉と紅しょうがを添えて完成。
香り立つ湯気が鼻孔をくすぐり、テーブルかけを笑顔にする。
よしよし上出来。これでまた良人くんの笑顔が見れる。彼は嫌がるだろうけど、しっかりとこの目に焼き付けてあげるんだ。
テーブルかけは口元がにやけるのを堪えながら丼を運んでいった。
「お待たせしました! 角煮丼ですよー」
「おう、サンキュ」
テーブルかけが持ってきたどんぶりを受けとり、良人は箸でかっこんだ。がつがつと半分ほどを一気に平らげ、丼を一旦降ろして息を着いた時、良人は幸せそうな笑顔を浮かべていた。
やった! テーブルかけは良人に気付かれないように食卓の下でグッと手を握った。
いつか叶えたい、笑顔で溢れる食卓への第一歩だ。明日はもっと喜ばせてあげよう、とテーブルかけは決意を新たに今から朝昼晩の献立を考え始めた。




