幻影の戦艦
1942年2月1日午前9時
ボルネオ島ブルネイ港
第1護衛隊はブルネイに帰港し、補給を受けていた。
軽巡洋艦那珂艦橋
「あの戦艦は何だったんだ。」
西村少将はバリクパパン沖海戦以来、同じ事を繰り返し呟いていた。
あのバリクパパン沖海戦の危機的状況を覆したのは、未確認戦艦による砲撃であった。しかしその戦艦は西村少将が見た事も無い形をしていた。
「見た目は大和とそっくりだが……」
西村少将は目を瞑りながら、未確認戦艦の全容を思い出していた。大和は昨年に竣工し連合艦隊旗艦として今は呉に停泊している。バリクパパン沖合いまで出て来る筈が無い。しかし艦橋の形は大和にそっくりであった。西村少将は大和を完成前に見た事のある、数少ない人物であった。
「噂に聞く、特務戦艦は実在するのかも知れないな。」
西村少将も大和級3・4番艦を建造中止にし、新型戦艦を建造したとの話は聞いていた。しかし噂として処理していたのだが、あの戦艦を見てからは噂が真実なのではないかと考えていた。
「少将、電文です。」
「すまない。」
伝令が電文を持って来た為に、西村少将の考えは現実問題へと強制的に戻された。
午前10時
シンガポール沖
超弩級多目的戦艦龍神艦橋
「全機帰還しました。」
「了解。」
伝令の言葉に、篠田艦長は大きく頷いた。
龍神は航空戦艦でもある為に、航空部隊を搭載している。
「艦長、何とか作戦は成功しましたね。」
川村砲術長が篠田艦長に話し掛けた。
「東南亜細亜は大丈夫として、問題は此処よ。」
篠田艦長はそう言うと、海図のセイロン島を指差した。
「確かにPOウェールズとレパルスは海軍航空隊が壊滅させましたが、まだ東洋艦隊はセイロン島に健在ですからね。」
「そう。未だに東洋艦隊は健在よ。けどABDA艦隊も健在よ。こっちは南遣艦隊で大丈夫だと思うわ。もし砲術長が言うなら、南遣艦隊の支援に行っても良いわよ。」
「そうですね。」
川村砲術長は篠田艦長の言葉に、海図を見つめた。
「ABDA艦隊がいるとしたら、やはりジャワ島ですね。ここに進撃するとセイロン島作戦に、1週間の遅れが出ます。しかし艦長と砲術長が決断されるなら、私達はそれに従います。」
背後からの声に篠田艦長と川村砲術長が振り向くとそこには、岸本渚航海長が笑顔を見せながら立っていた。その後ろには更に入江町子航空長と深田里香船務長・坂口花江機関長が立っていた。
「成る程、全員が従ってくれるのね。」
「見たいですね。」
篠田艦長と川村砲術長は顔を見合せ頷いた。
「ジャワ島へ向かうわよ。」
篠田艦長の言葉に、全員が大きく頷いた。
同時刻
大日本帝國帝都東京霞ヶ関総理官邸1階応接室
小澤治三郎連合艦隊司令長官は、山本五十六総理に呼ばれ帝都へとやって来た。総理官邸に到着して応接室へ案内されたが、当の総理が遅れており小澤司令長官はコーヒーを飲みながら待っていた。
「総理も大変だ。」
そう小澤司令長官は呟いた。
開戦以来、総理の仕事は増える一方である。だがそれも国家の存亡が掛かった戦争である為に、贅沢は言っていられなかった。
「遅れてすまない。」
山本総理は入ってくるなり、小澤司令長官に詫びた。
「東条さんもご一緒でしたか。」
小澤司令長官は山本総理の後ろから現れた、東条英機陸軍大臣に驚いた。
「実は今後の作戦の方針を議論していたんだよ。」
山本総理はソファーに座りながら口を開いた。
「今回の作戦に於いて重要なのは、ドイツだ。『ドイツがソ連に侵攻した』今が好機だ。」
「現状ドイツは大英帝国をUボートを主力に海軍と空軍の一部が封鎖しており、陸軍と空軍がソ連へ侵攻した。此れによりソ連は東部の陸軍を西部へ移動させた。」
「そこで我が陸軍の出番だ。山本総理と協議した結果、満州の関東軍は航空部隊と若干の守備部隊を残し、関東軍を加えた陸軍は総力を挙げて東南亜細亜を占領する。」
山本総理と東条陸軍大臣の言葉に、小澤司令長官は驚いた。陸軍が今までの方針であった対ソ連戦をひっくり返し、東南亜細亜占領に全力を挙げると言うのである。海軍と陸軍が協同で全力で東南亜細亜を占領するのである。陸軍が簡単に対ソ連戦をひっくり返すのには、理由があると小澤司令長官は考えた。
「それで最終的な目標があるのでは?」
「最終的な目標?」
小澤司令長官の言葉に、山本総理は首を傾げた。
「陸軍が対ソ連戦を急にひっくり返すのには何かしらの訳が有るはずです。それは何ですか?」
「さすがは連合艦隊司令長官。隠し事は出来ませんな。お察しの通り、最終的な目標はオーストラリアの占領です。」
「オーストラリア!?」
小澤司令長官は叫んだ。
「そうオーストラリアだ。大東亜共栄圏はオーストラリアを含めてこそ大成する。」
「オーストラリアを占領すれば大日本帝國陸軍の名は世界に轟く。これはまたとない絶好の機会だからな。」
山本総理と東条陸軍大臣は笑顔で語った。
「明日の御前会議で陛下の御承諾を頂ければ、正式に作戦を発動する。長官、賛成してくれるな。」
「賛成も何も、私は命令に従うだけです。例え連合艦隊の総力で真珠湾に突撃しろと言われても従うでしょう。」
山本総理の言葉に、小澤司令長官は真剣に答えた。
「了解した。これで決定だ。」
「決まりましたな。」
山本総理と東条陸軍大臣は握手を交わした。