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偽り通す代償

いつも覗いて下さっている方、本当に感謝です。

始めて来られた方、ここまでお読みいただき有難うございます。


年齢設定はずらす場合があります。

誤字脱字等ご指摘いただけると助かります。


尚、見難いとご指摘受けましたので、今回より改行率を上げました。

順次これに添って10話以前も改行率を上げます

(10.05全話完了→もう少し上げるかもです。)

内容には全く変化はありません。


かなり痛いお話ですが、お読みくださった後に気持ちで良いので、

感想や評価ボタンなど頂けたら嬉しいのです。

酷評も受け付けてます。

また相互評価希望の方はご連絡ください。

 

 蛇の道には蛇を。

 だがそれを理解しない者は多い、いやむしろそれが正常だろう。

 そして失敗すれば、我が身を噛む毒蛇になる事を忘れてはいけない。










「すまなかった」

 謝られている感じがしない、ぞっとするほど冷たい声。聞き慣れていない者には背筋に寒気が走るような感覚を与える。幼馴染の為、それを味わう事はアレードには殆どなかったが、詫びをいうなんて珍しい、そう思いながら答えを返す。

「いや、誤解を生む様な事をしたのはこっちだから」

 アレードに謝った男は、同じく渋い緑色の制服に身を包んでいた。二人の胸にはいびつな形をした七つの角を持つ星が一つ。階級は二人とも同じ少将だという事がわかる。

 だがその袖に付いたリボンの色が、アレードは明るい青であり、もう一人の男は紫だった。二人とも制服が着崩れている。長いリボンをなびかせ、舞う様に二人から殴り倒されて、同じ制服の男達が呻きながら、面白いようにごろごろ転がっていた。

 アレードは自分のブレザーの襟を引っ張って正し、乱れていた黄金髪を褐色の細い指で掻き上げる。

「ここもハズレ?」

「いや、お前の家のゴミ、らしい」

「家のゴミって……?」

 言葉少なに二本の指で挟んでアレードに渡された一枚の紙。

 一度はくたくたに丸められたと見えて、ボロボロだったが、そこには書きかけの文章や魔方陣のような図柄が描かれていた。

 皺を広げてアレードは首を傾げた。

「俺はホテル住まいで、家ないし。それも本物なら、こんな貴重な物、捨てるわけがないだろう?」

 そう言い返された男は、足元で転げていた警官の一人の胸を掴んで起こした。呻く男に一発拳を叩きこむと、

「おい、もう一度言え」

「ううううううぅ……シラー少将……」

 恨めしげに彼を睨む警官。

 アレードの幼馴染、シラーと呼ばれた男は、白の髪に、紫色の目をしていた。

 紫と言っても紫水晶瞳(アメジストアイズ)ではない。いや、一歩間違えれば紫水晶瞳以上にその色に見え兼ねない…だが紫水晶瞳よりも紅赤色が強い瞳。

 赤、ないし青が強い紫色の瞳を紫水晶瞳(アメジストアイズ)と区別するために、便宜的に天使界では紫系瞳(ラベンダーアイズ)と呼ぶ。

 アレードとシラーは同じ幼少学校、中級警察学校を経て、飛び級のタイミングもほぼ同じ、同期で警察に勤めた。シラーの方が年齢は一つ下で、銀天使の血筋にあるとも聞くが、彼の髪は銀ではなく雪のように白い。

 髪の艶があり、年寄りのそれでないのはすぐわかるが、パッと見、ジジィかと思う……などと本人に言おうものなら半殺しだ。言葉少なで、顔色を変えた所などアレードは見た事がない。

 目の色のせいかもしれないが一時期の甥っ子(レイル)に似ていると思った。無論、甥っ子の方が数百倍可愛いが。

「……言え」

 怒気を込めたわけでもない、吐息の様なシラーの脅迫。その響きの恐ろしさに言われた警官はヒイィッと哀れな声を出しながら、

「わ、我々はアレード少将が内反を企んでいるという情報をもとに、色々調べていた所、それが自宅のゴミから出てきたんです」

「それで何故兄を確保した?」

「同居されているようなので、そちらからまず突けと大佐がーーーー! ずみませんー命令に従っただけで、許してくださィーーーー」

「教授はどこにいる?」

「ひいいいいいっ! 一時はココに居ましたが、その後は知りません!」

「少将、あ、あの。貴方の兄教授も同じような紙を隠し持っていました」

「何だと?」

 隣に倒れていた警官が付け加えた言葉に、二人はすごい剣幕で発言者を見やった。また殴られるのではないかと慌てた警官は、

「わ、我々は下っ端です。連行する際、同行しましたが、それ以降は通常業務に……」

「わかってきた。もういい、シラー」

「これぐらいで吐くヤツらは今後要らん…な」

「いやいや、お前怖いから。とりあえず、これはもらっていく」

 アレードは紙切れを手にクルリと踵を返す。



 ここはシラーの所属するパープルリボン、麻薬犯罪課を担当する者の隊舎の一つだ。

 先程からシラーと共に、パープルリボンの隊舎を三軒、襲っている。特別演習と名目付けて。

 幹部とは言え、自分とアレード、たった二人に急襲されて、かき回されるようでは色々やりなおしだとシラーは頭を悩ませていた。

 見た目は何を考えているか不明だったが。

 無茶な理由で押し込んで、やっとマハイルを連れて行ったワケを、アレードは手にしていた。

「同居って…そうか。それにしても兄さん家のゴミの中に何でこんなものが? それも似たような物を所持って……」

 アレードはホテルか女性の家を渡り歩いている為、自宅がない。

 警察に書類を提出する時、不便だったので、兄の住所を仮に使わせてもらっている。

 それもレイルが紫水晶瞳(アメジストアイズ)なので、警官が住んでいる家となれば、狙われる事も減るだろうと言う目算もあった。

 ただそれが今回の面倒事に関わってしまったようだ。

「身分証のカラクリに似ている」

 シラーはクタクタな紙に書かれた図を見て、アレードに教えるように言った。続けて、

「お前には読めまい」

「自慢じゃないが読める奴がおかしい。で、身分証って言うと防御魔法か?」

「……こっちは個性的な発展だ」

「どれも同じにしか見えないが、俺には。シラー、やっぱりお前、ブルーリボンが向いてると思うぞ。しかし誰がこんなものを混ぜ込んだ?」

 誰でもない、犯人は……レイルだ。

 二週間籠っていた間、レイルはトイレや水を取りに部屋を出ていた。

 その時、何気なく手にしていた失敗した紙を台所のゴミ箱に捨てたのだ。それを他の物と一緒にメアリがゴミの日に破棄し、それを内偵中の警官が漁って調べた際、出てきたという話。



 だがレイルが分解して「見える」物を書いていた事をアレードは知らない。

 それが逮捕されるような危険な代物に似ているのだとレイルは思っていなかった。子供の遊びの域を出ない落書き、自分にとっては大切だったが。

 秘密を知る者にとっては重要な物に触れている感覚が、彼には欠如していた。

「お前、ハメられたか?」

「まあ、アヤシイ事を担当してるからね」

 それを知らない二人は、誰かがアレードをハメる為にゴミに混ぜたのだと判断した。実際の所、レイルが入れなくても捏造される可能性はあったのだ。アヤシイ事をアレードはつい最近もしてしまっていたのだから。



 アレードが担当する特殊犯罪課と言うのは、ないハズの犯罪を犯す者を捕まえる。

 ないハズの犯罪、例えば「玉」(ジュエル)と言う物は公に公開されていない。つまり誰かが狩られて死んでも、良い所ただの殺人犯としか裁けない。最悪、捕まえられない。

 その他にも呪い殺したりとか、ポルターガイストの様な事をストーカー的にやるとか、魔法を使っての犯罪は、特殊犯罪としてブルーリボンの仕事になる事が多い。

 特殊故に、犯人を追う際、条件を出して手下に犯罪者を使う事もある。そこまでは警察内部で他の係でも極秘に認められている。



 そして彼の所属する特殊犯罪課ブルーリボンと、シラー所属の麻薬犯罪課パープルリボンは基本、仲が悪い。何故なら特殊犯罪者と麻薬所持者は被る事が多い。そこでどちらが担当かと争ったり、足を引っ張りあったりする事が弊害になっていた。

 アレードとシラーは個人的につるんでいて、その二人が少将という高い立場に立った影響で、徐々にその弊害が改善されつつある。上層部もそれを見込んでの配置だ、が、古株連中は良い気はしない。二人が若く優秀なのも鼻につくのだろう。



 そんな中、アレードの部下が使っていた手下の動きが、最近おかしかった。それを咎める前にヤツは消え、資料が盗まれている事が発覚する。

 部下の失態に気付き、大きくなる前にアレードはフォローを出して、消えた手下を捕まえた。だが既に何枚かが紛失しており、その場凌ぎに誤魔化した。これがたぶん発端だと今のアレードにはわかる。

 内部監査官に気付かれる前に手に入れて戻すつもりが、異常なスピードで監査の対象になり、アレードの指示で故意に手下が資料を盗み出し、隠し持っているのではないかと言う疑惑が出たようだ。



 そしてこの件の内偵に指名されたのが、パープルリボンのガザール大佐だった事が、話をこじらせた。失った資料は既に彼が回収し、ついでに前々から目触りだったアレードが指示して手下に持って行かせたなどと、上に虚偽報告したのだ。

 そして大佐自身がマハイルが抑えられた数日後から、何故か行方不明になっている。

「紛失資料の回収は助かったが。嘘でも要らない報告はしてくれないとよかったな」

「今はルクア隊が勝手に動いている」

 それでもアレードへの逮捕状が出ず、自由に動ける所を見ると、報告に裏付けが薄いと撥ねられ、今も証拠固めに動いている事を指していた。

 シラーの言う所のルクア隊と言うのが、マハイルを拘束していると見る。 

「五日、か」

 もう兄の伝言なしの鳥が来てもう五日経つ。

 最初は悠長に構えていた。兄に簡単な事情聴取がかかっただけだろうと。

 だがマハイルがいつまで経っても戻ってこない。その上、警察に連れて行かれたのは定かだったが、消息が掴めなくなった事でアレードは慌てた。

 しかし対象者が自分な故に色々とガードが固く、時間がかかる割に殆ど調べがつかなかった。警察が手荒なのは、所属する自分が良く知っている。そろそろ所在を突き止めて解放しないと、マハイルの命が危ない頃と思われた。

 それ故、友の手も借りて強行手段に出た。

 大佐や中尉はシラーの直配下ではなかったが、自分の所属する隊の者だったから、冒頭のような謝罪になったのだ。

「確か、ルクアは気の長いヤツだ。五日ではまだ殺しはしないだろう」

「六日なら?」

 シラーの返事はなかった。パープルリボンでは、五日で気が長い方らしい。返事がない事に嫌な舌触りを感じながらアレードは質問を変える。

「ここから移動させるとしたら、シラーならどこに連れて行く?」

 遠くに雷鳴が響き、小雨が降る中、建物を出ると黒い生き物が二人を待っていた。

 ヌッっと闇の中に動き出したそれは、猫のような動きをしていたが、体格が猫ではない。豹、黒豹だ…その額に短い角がついていなければ。



 その瞳は遥かな空の色をうつしたかのような水色。瞳は飼い慣らされた動物のそれではなく、油断すれば主人であろうととも、飛びかかる猛き動物の意思が見え隠れしている。その筋肉はぴりぴりと緊張しているが、鋭い威厳にも似た堂々とした足取りは風格を漂わせる。逞しい四肢にも肩にも強い野生の力が秘められているのが一目で分かる。

「チャーチ、西か?」

 そう呼ばれた黒豹はシラーの隣に並ぶと、歩をそろえてしなやかに連れ添って歩き出す。彼の力で作られた使い魔、アレードの夜飛鳥の様なもの。連れ添い、術者を補佐、支持する生き物。

 長い黒の尻尾をシラーの問いに答えるように揺らす。

「今、南の……森の外れにある隊の「別荘」か」

 どうやらシラーとチャーチの間で会話が交わされているようだ。「別荘」は従来目撃者をかくまう施設で、場所や数は移動する為、探知しにくい。そしてシラーの言葉から拾った場所は、夜には警官でも近づきたくない場所に設置された物だった。



「魔獣が出る森じゃないか、時間的に出るかもしれないな。エポデが主なはずだ」

「小さいやつか」

「だからこそ狙いが付けにくく、集団で襲ってきたら大変な事になる」

「素早いのか?」

「リスとか鼠のそれだ。あのスピードで五匹飛び掛かられたら、たまらないな。まあ、あの森から出る事はないし、入らない方が良い時間帯以外はオトナシイのだけど。千ぐらいは最低でも個体が確認されている。夜、この時間は厳しいかも」

 そこまでシラーに話した所で、大きな黒い鳥が夜闇から絞り出したように飛んで現れる。鳥は小さく、アレードに鳴いて語った。

「何? おい、シラー、ガザール大佐が見つかった」

「ドコでだ?」

「廃屋で……残念ながら遺体だ。俺の担当する方の事件だな」

「狩られたのか?」

「詳しくはわからないが、たぶん。おい、マハイルの家に飛び、メアリに誰も入れない様に伝えろ。場合によっては「おじい」を動かせと」

 アレードは飛び乗って来た自分の夜飛鳥を、手元に留め置く事無く行かせる。

「それにしても何だってこんなものを兄さんが持っていたんだか」

 所持していたからこそ、拘留が長引いてるのだ。ただの事情聴取ではなく、詰問、そして拷問に変わっているだろう。

 手厳しいそれを喰らって、何故、まだ兄が入手ルートを黙っているのかアレードにはわからなかった。

「俺から貰ったと嘘でもつけばいいのに」

 察しの良い、頭の切れる兄なら、回りが欲しい答えを即座に判断できている。だが弟に擦り付けるなど出来ない不器用な兄だと知っていた。



 幼い頃から、必要以上にマハイルはアレードに優しかった。いろいろあってマハイルは、グリーン家に自分が要らない子であった事を知っており、兄として生まれた事を今も悔いている。

 どんな無茶を言っても子供の時から許してくれる兄が、アレードには歯痒かった。唯一、彼らが争ったのは、メアリの件だけ。その件でやっとアレードはマハイルを兄として認めるようになった。

「これは預かる」

「ああ、頼む。俺が持っていたらさらに難癖付けられないからな」

 考え込んでいたアレードの胸ポケットから、皺々の紙を横取りするシラー。チャーチが二人を見上げた。

「間に合えばいいが……アタリは付いた、ここまででいい。シラー、助かった。ありがとう」

「…………」

 何を今更ふざけた事を言っているんだ?

 そう言わんばかりにシラーはアレードを見た。彼の使い魔のチャーチも同じ目をしている。

「ありがとう、今度一杯奢る。穏便に片付けば、な。チャーチも。でもこの子、何食べるんだ?」

「………天使の肉」

「シラー……それ、他のやつに言うなよ。冗談に聞こえない」

 二人は翼を出す事なく、揚力を効かせ、地面から飛び立つ。雨脚が次第に早くなり、地面を濡らす。雷雲が焦燥感を掻きたてる。

 アレードの手配は少し期を逸していた。メアリとレイルは水晶に閉じ込められ、既に移動していた。









「え? それも?」

「ああ、硬い物は没収」

 レイルはボディチェックされ、ナイフ、ベルト、何故か入っていた鉛筆に、懐中時計を取られた。ナイフは仕方ないとして、出来ればお守りとして懐中時計は持っておきたかったのだが。

 耳の栓は事情を話すと、それに嘘がない事は調べ済だったのか、着用を許された。口に付けられた轡は外してもらい、手は前繋ぎにしてくれた。

 右掌の包帯下に何か隠していないか確かめられたが、その傷の酷さに逆に目を伏せられた。

 水晶内でかかった圧力の様なもので、少し頭が痛かったが、めまいはもうしない。一緒に連れてこられたハズの母親とは別室だった。

 レイルは長衣(ローブ)を着ていたので、ベルトを取られると、服の裾を引きずってしまう。その代わりに短めな紐をベルト代わりに巻いてくれた。

 ただ巻くだけでなく、後ろが引っ張れる形に結ばれていたので、レイルが逃走防止用にと言う意味もあったのだろうが。

「ありがとう」

 レイルが素直にそう言うと、警官の方も、

「酷い事をしてゴメンな。お父さんが素直に言ってくれればいいんだけど」

「父さん、何かしたの?」

「いや、君の叔父さんだと思うのだけど……」

 首を振ってそう言った所で、仲間に見咎められ、口を閉ざした。



 彼を見咎めた男は、黒髪に緑色の目をしている。綺麗過ぎる緑玉瞳(エメラルドアイズ)を見慣れているせいだろうか、酷く濁ったような色をしていた。

 一様に皆、疲れた顔に見える。全員が揃いの渋い緑の制服に、腕には紫のリボンを巻いている。

 叔父と祖父のは青なので、所属が違うのか……そう思いながらレイルは警官達と目が合わないように逸らし、室内を確認しようとしたが、すぐに目隠しをされて連れ出された。

 この建物の中は、どこかで感じた事のある圧迫感と無音を感じていた。

 無音であるのはレイルは耳栓を完全防音にしているからだけではない。外から遮断された感じ、ここはファーラの家のように対魔獣用の建物なのかもしれないとレイルは思った。



 目隠ししていたが、廊下らしき場所を歩かされている間に、フラッシュの様な光を何度か感じる。こんな所でカメラを取る訳も無かろう。友人を見送った時、曇っていた空が思い浮かび、雷鳴が轟いているのかもしれないとレイルは思った。









「言え! これを誰から貰った!」

 何度繰り返された質問だろう?

 もうマハイルには気力がなかった。

 幻覚剤などの投与がされていないのは幸か? 不幸か? と自分に問う。

 上級学校の教授と言うのは伊達ではない。その頭脳は大切にされている為、過剰な薬物投与で廃人は避けたいようだ。賠償問題に発展したら大変だからである。

 だが痛みを忘れたかったらぼーっとさせられていた方が良い。命に別状がないからと、爪を剥がれた。

 執拗に殴られ、足に痛みを与え続けられ、電流が流される。



 赤い天井を見上げる。

 赤い単色の壁に床、それだけに気も紛れず、滅入ってくる仕組みなのだろう。

 今日、と、言っても電気がずっと点けられ、彼の時間の観念はもう薄いのだが、数時間前から質問や拷問のされ方が激しくなった気がしている。そして右の小指を折られた時はどうしようもなく取り乱し、縛られたイスごと倒れて、恥も外聞もなく転げ回り、心が折れそうになった。

 何日も詰問や拷問されている間に、アレードから貰ったと言わせたいのは、雰囲気や彼らの口に上る会話でわかっている。

 それは息子が描きましたなどと、冗談でも口に出来ない状況に変わりがない。極力会話はしなかった。優しい警官もいたが、口を開けば言わないでいい事までいってしまう。




 もう限界は近かった。




 ルクア中尉は中肉中背、素朴な顔をした、正義感溢れる警官だ。気が長いとシラーが評した彼も、流石に苛立ちを隠せなかった。 

 思えば、最初は隊舎で行われた尋問だった。

 上級学校でゴミ箱から証拠品を見つけていたので、すぐに決着が付くかと思われたのだが。

 睡眠もろくに与えておらず、食事も水も最小限しか与えていない。その上で締め上げて、意識が朦朧として、普通の者なら嘘でも自白しそうな状態なのに、根性が座っているのかマハイルの口は堅かった。

 排泄も我慢させたが、上級学校の先生様( ・・・)なので、そういうプライドを傷つける攻め方は後々始末が悪いのでこの辺は程々としたが。



 二日目でアレード少将が嗅ぎ付けるかもと、隊舎からもここに移すように大佐から指示が出て移動して、マハイルを締め上げ続けたが、何も出てこなかった。

 さすが少将の兄だと陰でいう者もおり、隊員の方が疲労を重ね始める。

 ルクア中尉が人道的だったのはマハイルを助けた。回りの者が、薬の使用や、家族を使っての脅しを進言したが、あくまでマハイルの自白を待った。



 だが今、彼はそれを後悔していた。

 移動させた頃からガザール大佐と連絡が付かなくなり、今日の朝に遺体が発見されたと報告が入った。

 途端、アレード少将の顔が浮かんだ。何の証拠もないが、この件を探られたくないアレード少将が大佐をやったのだと思い込んだ。

 天使には少ない褐色の肌に豪華すぎる黄金色の髪、金がかかった青の瞳。嫌味なくらい整った彫りの深い目鼻立ち。それにそっくりな肌の色だけが違う男が、目の前に座っている。

 教授と言う商売道具を学校から貸与された形になっているので、顔は極力狙わない、頭脳が失われるような事はできない。

 それでも最大に拷問を加えているのに、膝の上に乗せた重石の痛みも、背中を殴る痛みも唸る程度で反応しなかった。とうの昔に剥がす爪は無くなっている。

 濃い消毒薬に付けてやると泡が立ち、その痛みにモガくが、別に彼らはそんな趣味はない。

 聞きたいのは叫び声ではなく、確かな証言だけだ。痛めつけた状態で、確かなもクソも無かろうが、報告の信憑性を増すためにはどうしても自白が必要だった。

 ワザとに強い拷問を加えた後、なだめ役の警官を入れて、聞き出そうとしたが、言葉すら発そうとしない。疲れて憔悴しきっているのに、傷つけていない優しい顔が余計に腹を煮え立たせる。



「家に踏み込むぞ」



 拷問と詰問を繰り返し、今まで禁じていた顔への攻撃も許可して半日。小指の骨を折った時はさすがにのた打ち回っていたが、自白には至らない。

 一向に動かないマハイルを見兼ね、自分の印で家宅捜索を実施した。捕まえたいのはあくまで不正を働いたであろうアレードであり、その兄からは証言が得たいだけだ。

 一般の者だったら取り乱し、泣き叫びそうな踏込も、妻のメアリは動じないどころかおかしな事を言った。逆に言葉で丸め込んで、証拠を発見し、攫うように息子と妻をここに連れてきたのだった。



「照会しましたが…」

 ノックの後にそう言いながら警官が一人入ってくる。マハイルには聞こえない小さな声で、

「教授の妻ですが、確かにラオ・デザークス閣下の娘様だったようで」

「本当だったのか! では何故称号がない?」

 上級学校の教授の妻であるだけでメアリは幸せだったからだ。

 肩書が、ではない、マハイルを愛しているから、それ以上も以下も望まなかった。彼が助教授ならそれでもよかったし、事務員ならそれでもよかったが、彼は教授だっただけの事。

 実家の父が警察の最高幹部で貴族など、まったく彼女にはどうでも良い事だった。

 結婚してからは貴族の生活から離れて、密かに生活してきた。

 名前もラオ・メアリ・ソウエルからメアリ・グリーンとしか名乗らず、ソウエルと言う貴族の後継長女にのみ与えられる称号も捨ててしまったほどに。



「わかりません。で、ど、どちらを連れてきますか?」

 彼女のスカートに隠れるわけでもなく、警官を一瞥していた紫水晶瞳(アメジストアイズ)の少年。そんな瞳を持っているからと言って、魔王の力を本当に持っているわけはない。おとぎ話の世界だと分別のある大人ならわかる。

 だが彼が纏う雰囲気、威圧感は異常だった。表情に乏しく、見る者を地獄に引きずり込む瞳。

 こんな息子でもマハイルにとっては大切にしているのだろう。彼を使って脅せば簡単に折れるだろう。

「息子の方にしろ」

 もしかするとアレードが内反を企んでいるのは、それは 義姉(メアリ)の父、大将ラオ・デザークスが裏で糸を引いていたのではないか。中尉の妄想が更に広がった。

 本当なら内偵を任された者としては、大きなヤマを当てた事になる。

「真実を晒して、大佐の無念を晴らさねば」

 彼が人道的で、実直な男であった事が、ここで禍になろうとしていた。








「連れてきました」

「面会だぞ、教授」

 レイルが部屋に入ると後ろで扉が閉まり、目隠しは取られる。

 中に警官は五人ほどいた。皆、紫のリボンを付けた制服の男だ。

 窓のない、照明で明るい全面赤の部屋の中心に、ぽつんと置かれたイスに座らせられ、硬く四肢を縛られた父親が居た。



 息を、のむ。



 顔は右頬が張れている程度、いつも着ている背広のズボンが擦り切れ、上着は着ていない。カッターシャツがヨレて多少裂けていたが、見た目の異常は少ない。

 破けにくい生地だからわかりにくいが、全身打撲しているのは容易に想像出来た。爪がはがれ、右手が腫れあがって指の動きがオカシイのはすぐに分かる。

 元々彫りの深いヒトだから、さらに深く見え、二週間部屋籠りしていた後の自分の顔と同じだった。違うのは彼にはヒゲがあることぐらいか。

「父さん」

 近寄らせてはもらえない。

 マハイルは息子の名を呼ぼうとはせず、口を僅かに動かしただけだった。



 黙ッテ、喋ルナ。泣クナ。



 三言。

 声には出さないが、読唇術を心得るレイルにははっきりと読み取れる。

 レイルは泣いて、酷い事をしないでと訴えたかったが、必死に耐えた。

 どうしてこんな事になっているのか、判断が付かない。駆け寄る事も、叫ぶ事も禁じられたレイルは、視線を無暗に彷徨わせる事しかできなかった。

 そして視線はマハイルの近くに転がる紙切れにまわった。

 そこにあったのは自分が書いた、図形と文字の書かれた紙。

 何故こんなところにあるのか?

 家に踏み込んで来た警察が、自分の部屋から鬼の首を取ったかのように勢い込んで中尉に差し出したのも、レイルの書いた、わけのわからない文字やらの紙だったはず。

 レイルはゾッとした。

 自分は何をしたのか、と。



「さあ、教授、教えてもらえませんか?」

 静かに、ただ静かに頭を下げて表情を隠したマハイルは首を振った。無駄に輝きを失わない黄金色の髪がキラキラと揺れた。

「お子さんの部屋から大量に見つかったんですよ? これを誰が持ってきたんです?」

「………」

「それとも複写したのですか?それも、こんなに?大量に!」

 ゴミ袋五つ、きっちり運ばれてきた資源ごみにレイルはどんどん青ざめていく。

 地下室に押し込まれて乱暴されていたファーラを見ていた時と同じ、無力な自分。それどころか今この事態を招いたのは、自分。

「言ってもらえないと息子さんの前で……」

 マハイルの血だらけの左小指が掴まれる。

 彼の心臓が跳ね、唇を噛みしめた。一度味わった痛みが、また襲う事が更なる恐怖を呼び起こす。

「苦しむ姿を見せたくないなら……」

 小さく、否定的に頭を振る。

「そうですか、残念です」


 !


 途端、嫌な、音がマハイルの体を駆け抜けた。

 レイルが完全防音している事を祈り、早くアレードが駆けつけてくれないか祈る。

 喉を押さえきれない絶叫が駆け上り、たかだか小指など言っていられない痛みが腕を支配し、脊髄を走り、彼の気力を奪う。その痛みは殴打や切り傷とも違い、抗い難い絶対的な痛みだった。

 二度目の方が痛みを知るだけに相当の恐怖と負荷であるのに、マハイルがイスを倒して転がる事なく、叫び声を押さえている事をルクアは見逃さない。



 耳を塞いでいる息子だと言うのに、それでなおも声を噛みつぶす父親。彼の為に痛みをこらえる姿は、それを弱みであると認めているものだった。本来は親として子を守る、当たり前の行為が、今は彼を自白に向けさせる突破口であるとルクアは思った。

「言わないなら、次は、息子に同じ痛みを受けてもらおうかな?」

 早くからこうすればよかった、そうすれば大佐は死ななかったかも。

 ルクアの後悔は本気に変わる。

「指、痛いだろうが、お父さんを恨むといい、少年」

「や、やめろ。息子には手を出すな」

 マハイルが痛みの余波に歪んだ顔で、月並みな台詞を投げる。

 青ざめたレイルは声を出さなかった。ただ引きずられるようにマハイルの目前に連れて行かれる。

「どうせ使えそうもない指だからいいか?」

 レイルの体が、中でも屈強そうな警官に抑えられる。無理にマハイルの前に突き出された両手。右手は指ごとに分けて包帯が巻かれていた。その指にルクアの手がかかる。

「折られてもいいみたいですね。さあ、一本ずつ潰して行こうか?」



 マハイルは迷う。

 レイルが書いたと言ったら彼がどんな目に合うかわからなかったが、今、目の前で指を持って行かせるより吐いた方が良いのか。

 覚えはないが、弟のアレードに貰ったと言えばいいのか。

 レイルは前者に賛成だった。父からの無言の静止を聞かず、

「俺が……」

「私が書いたんだ!」

 こんな嘘が長く通る訳はない。

 だがマハイルはレイルの声を打ち消す大声で吐き捨てた。

 ルクアの目が見開かれる。手がレイルの指から離れる。それを見てマハイルはホッとしつつ、

「それは全て、私が書いた」

「教授も共犯だったという事か」

 自分が罪から逃げたいために黙っていたのかと、ルクアは鼻で笑った。レイルは解放されて、マハイルの胸に飛び込んだ。手は結ばれていたので、抱き付く事は出来なかったが。

「では一筆、描いてもらおうか?」

 しかしそれはすぐに錆の出る嘘だ。

 迷うマハイルに、レイルが耳元で囁いたのに警官達は気付かない。

「白と黒のインクと細筆を。それからレイル、いつものように(・・・・・・ )手伝いを」

「はい」

 レイルは口を読み、答えた。

 今、レイルが名乗り出た所で信用されないだろう。描けと言われても掌の皮がなく引き攣っている今、筆はまともに持てない。

 警官達は言われた物を用意し、テーブルに紙、描かせるのだからとマハイルの指へ応急処置をした。

「私の手もだが、息子の手も解いてもらいたい」

「何故?」

「私は今、消耗していて魔法を使う余力がない。息子の力を借りたい。もし許可されないならココでは書けないが良いか?」

「描くには魔法がいるのか? 他の奴ではだめなのか?」

「そう簡単にいくものではない。いつも側にいる息子の方が良い」

「………わかった、縄を解け」

 嘘を並べて縄は解かれたが、この密室で警官の目を掻い潜り、逃亡するのは無理だった。

 解かれた右手にレイルは拝借した包帯とテープで、父の手と自分の手を出来るだけ指の谷間に合わせて固定する。腕も何周かテープを巻いた。

「痛いだろう、レイル」

「父さんこそ今やられたばかりで」

 レイルは耳の防音を若干解き、お互いの負傷を労わりあい、小声で会話する。

 そうしながら近くの机の上に置いてある自分が書いた図の横に、別の人が書いた絵が置かれているのを発見した。

 自分が書いていない図形だったが、系統は一緒な感じがした。

 それがアレードの手元から消えた資料のコピーだとはレイルは知らなかった。

 レイルは知りたいという欲求を満たす為に、ひたすら見入る。紫水晶瞳(アメジストアイズ)の中に、その図柄が焼きつくように。それを呼び込むように。

 自分以外にこういう物を描く者がいるのだという事が、彼をその紙切れに引きつけた。

「これは盾と矛じゃないか?」

 思わず呟いた言葉にルクアが反応する。

「何か言ったか? その手をどうするんだ……?」

 レイルがまだ図柄に見入っているのに、マハイルは気付かない。

 無反応なのはレイルの準備が出来たからだと彼は誤解した。

「こうやって描くんですよ」

 父の言葉にレイルはハッとして、目の前に、正確にはマハイルの前にだが、置かれた紙に集中する。



 それは字を習う時のように。



 まだ下肢は固定され座らせられたマハイルの横にレイルは立ち、黒いインクを付けた筆を取らせ、誰にも聞こえないように呟く。


「父さん、力を抜いて、手を添えて、心を添えて」


 最初はゆっくり滑り出す。


 マハイルは自分の腕を取られながら、幼いレイルに文字を教えた時の事を思い出す。

 包帯で結んだりはしていなかったし、立場が逆だったが、小さい頃に字をレイルに教えようとした時の事を。



「レイル、力を抜いて、手を添えて、心を添えて」



 当時、まだミミズの這ったような字しか書かないレイルに手を添え、その台詞を言ったのだ。

「上手だよ、レイル」

 そして褒め上げながらマハイルが繰り返すうちに、彼は不思議な感覚にとらわれた。自分が指導しているはずなのに、張り付いたように幼いレイルの手の動きに引っ張られていたのだ。

 次第にレイルが見た事もない絵のような字を描き出したのを鮮明に思い出す。

 幼児が書く手つきではないのに気づく。だが吸いつけられるようにマハイルも描く事に、のめり込みそうになる。それを怖ろしく思い、彼は手を外す。その手を外すのも凍りついたようにやっとの事だった。

 その後も、無我夢中で勝手に書き続ける息子が怖くなり、止めろと命じ、その腕を掴み、筆を遠くに投げ、彼を掻き抱いた。

 そうしなければ息子がどこかに行ってしまうように思った。



 マハイルはその後、同じような事をする暇もなく、お互い、全く忘れていた。

 が、今この瞬間、記憶が蘇る。当時レイルは今よりも言葉がなく、何も聞けなかった。

 何故忘れていたかはわからない、何かいけない物に触れた感覚が記憶を封印したのかもしれない。

「何を……」

 その時を取り戻すかのように何を描いていたのだと聞きたかったが、もうレイルは集中して聞いている感じがしない。ただ眼を爛々と輝かせ、不気味なまでの沈黙が父を黙らせた。

 記憶にある限り、幼いレイルの書いたモノに不思議さは感じても、今、レイルが書いているような物ではなかったようにマハイルは記憶している。

 どちらかと言うと穏やかで、優しい線だった。レイルの部屋で見た紙クズにも描かれたのもこんな線ではなく、包装紙にでも使えそうだと思う洗練された出来映えだった。



 だが今、レイルの描いている物は余りに禍々しさが漂っていた。細かく、張りつめた黒く染め上げた絹糸。繊細でありながら、濃く、ドロドロとしたうねりが湧き上がってくる。



 回りの警官達は見事な筆さばきに目を見張ってはいるが、その気持ち悪さを理解している者はいない。

 手を取られて、繋がっているから感じるのか、マハイルには良くわからなかった。もし椅子に足が括り付けられておらず、逃げられるなら即座にそうしていただろう。

 その文字だか図柄だかは完成させてはいけないものだと、マハイルの頭に警鐘が鳴り響く。しかし手はすでに自分の支配下になく、機械のアームのように筆を進める。



自動筆記(オートマティスム)



 小さくマハイルは呟く。

 自分ではない何かに憑依されて肉体を支配され、自分の意識とは無関係に書く事。飛ぶ事さえ難しいレイルほどではなかったが、マハイルも魔法を使うのは苦手だった。

 そんな苦手だった魔法の授業で知識だけは頭に入っていた。

「レイル、止めろ」

 彼はもう止まらない。耳に入れた栓を引き抜いて、ヘタな歌でも歌おうかと思ったが、メアリがそれはやめてと言った表情が焼き付いてマハイルには出来ない。

 紙を押さえていた左手で、レイルの腕を外したり押さえこもうとしたが、全く言う事を聞かない。だいたい自分が握っている筆なのに、取り外す事も出来ない。


 乗っ取られた。


 マハイルは確かにそう思った。


 

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